会社で働くなかで、誓約書を提出する機会に遭遇することがあります。入社や退社、昇進時など、重要なタイミングで、誓約書へのサインを求められるでしょう。会社から強く言われ、よく意味がわからず誓約書を書いてしまう人も少なくありません。デメリットしかない誓約書に、サインを強要されるケースもあります。
一度誓約書を書いてしまうと、破るのは後ろめたい気持ちでしょう。「誓約書を守らなかった場合どうなるのか」と不安に思うのも無理はありません。誓約書は、会社との約束事であり、署名すれば法的効力を生じるのが基本。破ると、今後の働き方に影響することがありますが、しかし、違法な内容や、強要された誓約書の効力は、無効なケースもあります。
今回は、誓約書を守らなかった場合に起こることを、労働問題に強い弁護士が解説します。誓約書の法的効力の有無が、破ったときの処分などに影響します。
- 誓約書の法的効力は、内容や方法に違法があるときには無効となる
- 無効な誓約書なら、守らなかった場合にも会社から責任追及されることはない
- 会社から提案された誓約書が違法なら、署名してはならず、必ず拒否する
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誓約書とは
誓約書とは、「誓約したこと」を証明する書面です。「誓約」という通り、意思表示のうち「誓い」「約束」を内容とします。
誓約書は、一方の当事者が作成し、他方の当事者に差し入れる形で作ります。法的には、一方の当事者のみが義務を負うため「片務契約」と呼びます。両当事者が署名して意思表示する「合意書」「示談書」「覚書」「契約書」とは違います。
より広くは(労使だけでなく)夫婦のルールを誓約書で取り決めるケースもあります。
通常、会社と労働者の約束は、雇用契約書や就業規則に定めます。誓約書は、これら労使の合意と別に、オプションの役割を果たします。例えば、次の内容を、会社が労働者に守らせる目的で、誓約書が利用されるケースがあります。
【入社時】
- 他社の選考を辞退させる
- 服務規律を守り、誠実に勤務させる
- 入社時に正確な個人情報を提出させる
【退職時】
- 貸与品を返還させる
- 在職時に知った秘密を漏えいしない
- 退職後の一定期間、競業をしない
【昇進・昇格時】
- より一層の忠誠を誓わせる
- 地位に基づいて知った企業秘密を漏えいしない
- 転勤、出向などの異動命令に従わせる
【トラブル発生時】
- トラブルの沈静化に尽力させる
- 隠し事をしていないと保証させる
- 同種、類似の不正をさせない
※ 「会社が誓約書を書かせる場面」参照
会社が誓約書を結びたがるのは、労働契約だけでは生じない義務を負わせたいからです。また、法律や契約で既に負っている義務であっても、誓約書で確認することで明確化する目的もあります。義務を強く意識させ、問題を起こさせないようにしようという意図もあります。
そのため、労使間の誓約書は、その性質上、トラブルの原因となりやすいものです。会社が文案を作成して、労働者に書かせるという流れが多いためです。文案が労働者に不利な内容だったり、強要して書かせたりといった争いが起こりやすいのです。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
会社が誓約書を書かせる場面
次に、会社がどのようなタイミングで誓約書を書かせるのか、解説します。
会社が誓約書を書かせようとするのは、「誓約した」ことを証拠に残して、後のトラブルを防止するためです。口約束のみでは、言った言わないの争いになり、問題が解決できませんから、会社が誓約書を書かせる場面とは、労使トラブルが起きやすいタイミングだといえます。
入社時の誓約書
入社時は、多くの会社が必ず誓約書を書かせます。問題ある労働者を入社させないことが主な目的です。採用の自由は会社にあり、不適格と判断した人を入社させないことができます。
採用時の情報が正確で、入社後も期待通りに活躍する人でなければなりません。この点を保証させるべく、誓約書を労働者に書かせるのです。他にも、就労ルールを遵守させるため、次のような誓約書が利用されています。
- 秘密保持誓約書
営業秘密やノウハウを開示、漏えいせず、目的外に利用させない - SNS利用誓約書
炎上トラブルにつながりやすいSNSの適正利用を誓約させる - マイカー通勤誓約書
自動車での通勤を認める際、法令遵守、保険加入などを誓約させる - パソコン利用誓約書
貸与物を利用する際のルールを誓約させる - BYOD誓約書
自身の端末を利用する場合(BYOD)の適正利用を誓約させる
「採用の自由」の解説
退職時の誓約書
退職時は、全ての労働関係を清算するタイミングです。この際に、問題を残していないことを誓約させる意味があり、誓約書を書かされることが多いです。退職後の秘密保持、競業避止義務は、会社の関心の強い部分です。この2点の盛り込まれた誓約書にサインするときは、労働者にとって不利な内容ではないかどうか、特に注意を要します。
「退職後の競業避止義務」の解説
昇進・昇格時の誓約書
昇進、昇格すると責任が重くなり、その分権限も拡充されます。重要な情報に触れる機会も多く、1つのミスが会社に与える影響も大きくなるので、より一層の貢献を求めるために誓約書を作成されることがよくある機会の一つです。
トラブル発生時の誓約書
トラブルが発生したとき、会社として、解決と、再発防止に努める必要があります。トラブルを起こした当事者は、始末書などとは別に、誓約書を書かされる例が多いです。沈静化に失敗し、更に大きなダメージを受ける事態を防いだり、労働者に責任の一部を負わせたりするためです。
「始末書の拒否」の解説
誓約書の法的効力
次に、誓約書の法的効力について解説します。
署名した誓約書には法的効力がある
誓約書の効力について様々な説明がなされます。
これは「法的効力」という用語が、それぞれ違った意味で使われるからです。ある書面の効力について語るにあたり「法的効力」とは、次の意味で使われます。
- 法律上の権利義務が発生するかどうか
- 証拠として価値があるかどうか
誓約書は、いずれの意味においても法的効力があるといってよいでしょう。「守らなければならない」と心理的なプレッシャーを与える約束に過ぎない書面ではありません。
誓約書は、一方当事者が差し出すものですが、受領されることにより、作成者には義務が生じます。そして、誓約書は、その内容となる誓約を証明する、証拠としての価値が十分にあります。なお、次章の通り、無効な誓約書も存在するので、法的効力の判断基準を理解する必要があります。
誓約書が有効か、無効かの判断基準
誓約書に署名をすれば、原則として、約束した通りの義務が生じます。この意味で、有効な誓約書ならば、必ず守らなければなりません。
しかし一方で、誓約書の法的効力が否定される場合があります。そして、無効な誓約書ならば、仮に作成してしまっても守る必要はありません。
誓約書が無効となるのは、例えば次のケースです。
この基準に従い、違法、無効な誓約書を書かされると、労働者としても不満が大きいことでしょうが、本人の署名または押印があると、真正に成立したものと推定されてしまいます(民訴法228条4項)。誓約書の書かせ方、つまり、方法に違法があると主張し、誓約書の法的効力を争うならば、会社の問題ある書かせ方について、証拠を準備する必要があります。「脅された」「騙された」と主張するなら、誓約書を書かせた際の会議の録音などが、重要な証拠となります。
「パワハラの録音」の解説
誓約書を守らなかった場合どうなる?
次に、誓約書を守らなかった場合にどうなるのかを解説します。
納得しないまま誓約書にサインしてしまったとき、破ろうと考える人もいるでしょうが、リスクあることなので慎重に検討してください。誓約書を守らなかった場合に発生する事態は、誓約書が有効か、無効かによって異なります。
無効な誓約書なら守らなくてもよい
無効な誓約書は、法的効力を生じません。なので、誓約書に書かれた内容でも、特に守る必要はありません。その結果、誓約書を破ったとしても、会社から責任追及を受けることはありません。
無効な誓約書とは、例えば次のケースです。
- 誓約書によって負う義務の内容が確定できないケース
ヤマダ電機事件(東京地裁平成20年11月18日判決)は、退職後1年間の「同業種(同業者)」への転職を禁じた誓約書について、範囲が文言上明らかではないとし、同種の家電量販店に限定されると狭く解釈しました。 - 誓約書の内容が違法なケース
違法な内容、労働者の権利を侵害する内容を定める場合。- 未払い残業代の請求を禁止する
- 最低賃金法違反
- 労働した分の給料を放棄させる
- 5年経過しても無期転換を認めない
- 不当に高額な違約金を定める
- 誓約書の書かせ方が違法なケース
自由な意思で承諾していない限り、誓約書が有効となることはありません。
誓約書の法的効力について、特に注意が必要なのが、秘密保持義務、競業避止義務を定めるものです。この点は、次のように整理できます。
- 在職中
誓約書を作成しなくても、労働契約から当然に、秘密保持義務、競業避止義務を負う。 - 退職後、誓約書を作成した場合
誓約書が有効ならば、秘密保持義務、競業避止義務を負う。ただし、競業避止義務は、時間的、場所的範囲、代償措置の有無などにより無効となる可能性がある。 - 退職後、誓約書が未作成(もしくは無効)の場合
一定の秘密保持義務は負う。また、不正競争防止法の「営業秘密」の規律は、誓約書がなくても負う。退職後の競業避止義務は負わない。
労働者個人の判断で、一方的に誓約を破るのはお勧めできません。トラブルが無用に拡大すれば、解決にも時間と費用の負担が増してしまいます。
強硬な会社が裁判してくる事態に発展する前に、弁護士に相談し、着実に対処すべきです。
「裁判で勝つ方法」の解説
有効な誓約書を守らなかった場合、責任追及を受ける
誓約書が有効な場合には、法的効力が生じます。そして、労働者は、誓約書に約束した通りの義務を、会社に対して負います。その結果、有効な誓約書を守らなかった場合、会社から責任追及を受けるおそれがあります。
有効な誓約書とは、例えば次のケースです。
- 法律上守るべき義務を確認的に定めるケース
誓約書を書かなくても労働者が守るべき法律上の義務を、確認的に定めるケースは適法であり、その誓約書は有効です。例えば、会社の服務規程を遵守し、企業秩序を維持する、在職中の秘密保持義務など、働く上で守るべき最低限のルールがこれに該当します。 - 例外的に、労働者の権利制限が可能なケース
労働者を保護すべく定められた権利も、無制限に許されるのではなく、会社の利益との調整から、一定の制限が可能なケースもあります。例えば、退職後の競業避止義務についても、企業の損失が大きく、必要最小限の範囲に限定し、かつ、代償措置がとられるなどの配慮があれば有効です。
有効な誓約書に基づき、会社のする責任追及は、次章の通り、解雇や、損害賠償請求です。
解雇される
誓約書が有効な場合、その内容は、労働契約上のルールとなります。そのため、これに違反した労働者は、問題行為を行ったこととなります。
誓約書上の義務に違反すると、企業秩序を乱すこととなり、懲戒処分の対象となります。また、悪質な場合には、解雇される危険もあります。
例えば、次の裁判例は、誓約書違反を理由とした懲戒解雇が有効だと判断しました。
誓約書の競業禁止に違反し、在職中に他企業の株主、代表取締役になったのを理由に、懲戒解雇された事案。
裁判所は「原告の事業と競合し、原告の利益と相反する事業活動に従事し、投資、支援したものと認められ、本件競業避止義務に違反したものというべき」と判断し、懲戒解雇を有効なものと認め、解雇予告手当の請求も認めませんでした。
ただし、解雇は厳しく制限されており、解雇権濫用法理によって、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない場合には、違法な不当解雇として無効になります(労働契約法16条)。
したがって、誓約書違反の事実があるとしても、まずは注意指導したり、懲戒処分にしたりといった軽度の責任追及から始めるべき場合が多く、直ちに解雇されてしまった場合には、不当解雇だと主張して争うべきです。
「懲戒解雇を争うときのポイント」「解雇の意味と法的ルール」の解説
損害賠償請求される
誓約書が有効だと、その義務に違反して会社に損失を与えたら、損害賠償請求される危険があります。誓約書に書かれた義務は、労働契約の内容となります。そのため、違反すると、労働契約上の義務違反となり、債務不履行となるからです。ただし、それでもなお、請求された損害が高額すぎないか、慎重に検討してください。
「会社から損害賠償請求された時の対応」の解説
違法な誓約書へのサインは拒否すべき
最後に、違法な誓約書へのサインを拒否すべきことを解説します。
有効な誓約書を守らなかった場合、責任追及のリスクがあると解説しました。逆に、無効なら守らなくてもよいものの、争いを広げないためにもサインを拒否すべきです。
誓約書の断り方
誓約書が違法だと気付いたら、すぐにサインを拒否しましょう。違法な誓約書を提案する会社ほど、無理やりにでも結ばせようとしてきます。しかし、プレッシャーに負けて、不満のあるまま作成してはなりません。
違法な誓約書なら、会社の指示に従う必要はありません。また、誓約書の作成に応じなかったのに対し、不利益を課すのも違法です。脅されたり、甘い言葉をかけ誘惑されたりしても、従ってはいけません。その場で断りづらいときは、家族などを理由に、一旦持ち帰る方法がお勧めです。
誓約書を公正証書にする
どうしても誓約書を作成すべき場合や、労働者側にとってもメリットのある誓約書を作成するケースでは、その誓約書を公正証書にするという方法も有益です。
公正証書は、公証役場で作成する公的書類で、証拠として高い価値を持ちます。公証人のチェックを受けるため、違法な内容で結ばされる危険も減ります。なお、公正証書に記載された債務は、判決なしに強制執行できるため、内容はよく吟味しなければなりません。
弁護士に相談する
社内の人間関係から、断りづらいという方もいるでしょう。入社するため、やむを得ず誓約書を書いたという労働者も少なくありません。
その内容が不利な場合、誓約書を書いた後でも、従わず、争うべきケースもあります。既に誓約書にサインをし、トラブルに発展してしまった場合は、すぐ弁護士に相談してください。未払い残業代や不当解雇など、その他の労働問題も合わせて、総合的にサポートできます。
「労働問題の種類と解決策」の解説
まとめ
今回は、会社における誓約書の効力と、誓約書を守らなかった場合どうなるかを解説しました。
誓約書にサインすれば、書かれた事実を認め、記載された義務を負うのが原則です。不満があったとしても、署名した事実が覆ることはありません。一度した誓約を、なかったことにするのは相当ハードルの高いもの。提示された誓約書が不合理なら、サインしない姿勢が大切です。
一方で、不本意にも署名してしまったら、誓約書に法的効力があるか検討してください。有効な誓約書なら責任追及の根拠となるものの、違法、無効な誓約書を守る必要はありません。内容が違法な場合はもちろん、強要など、書かせ方が違法なときも無効の可能性があります。
誓約書を破った責任を追及されそうなとき、交渉による解決がお勧めです。会社からの連絡を無視するのでなく、ぜひ一度弁護士に相談してください。
- 誓約書の法的効力は、内容や方法に違法があるときには無効となる
- 無効な誓約書なら、守らなかった場合にも会社から責任追及されることはない
- 会社から提案された誓約書が違法なら、署名してはならず、必ず拒否する
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