仕事中に事故が起こってケガを負ったときや、過労が原因で病気になったとき、多くの労働者の方は、「労災」の申請をするでしょう。
しかし、通勤中に発生した事故によるケガについては、「勤務中に負ったケガではないから、労災はもらえない」と思って、「労災」の申請はできないと思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
通勤災害をよく理解するためには、「通勤」という用語から一般的に考えられるよりも、より労働法の専門的な判断が必要となり、その要件は複雑です。そこで、具体例をもとに、通勤災害が労災認定されるための要件を説明します。
今回は、通勤中に発生したケガや病気の治療に対して、請求することができる「通勤労災」について、弁護士が解説いたします。
目次
1. 通勤災害とは?
「労災」とは、労働者が、業務中や通勤中に、その業務や通勤に起因する理由で負傷したり死亡してしまったりする場合に得られる保険給付のことです。
労災には、業務中の事故である「業務災害」に対する保険給付である「業務労災」と、通勤途中の事故である「通勤災害」に対する給付である「通勤労災」の2つの種類があります。
「通勤災害」に当たると、治療費の本人負担額が200円となり、仕事を休業せざる負えなくなった場合は、「休業給付」は、欠勤4日目以降、賃金の80%の支給を受けることができます。
2. どういった場合に「通勤災害」にあたる?
「通勤災害」はその名の通り、「通勤」中に発生したケガや死亡事故のことを指します。ここでは、「通勤災害」と認定されるための要件を解説します。
「出勤しようとして、アパートの共有スペースで転んだという場合」や、「会社からまっすぐ自宅に帰る途中の道で、ひったくりに襲われた場合」、それによって発生する負傷や障害は「通勤災害」にあたります。
しかし、ただ単に「出退勤中に発生した事故によって負傷や障害を受けた」というだけでは「通勤災害」に当たるとは言えません。
「通勤災害」は労働と直接関係のある移動についてのみ給付を認める制度であるため、負傷や障害が、労災保険によって保護に値する「通勤」中に行われる必要があります。
例えば、「大きな寄り道をして家に帰る場合」や、「友人と飲み会をした後に家に帰る場合」など、業務に関係のない行為が「通勤」中に挟まれた場合などは、それ以降に発生した事故による負傷や障害に対しては給付を受けることができないと考えられています
具体的な「通勤災害」の要件について、以下で解説します。
2.1. 業務関連性
労働者の移動が「通勤」にあたるためには、その移動が業務に関連する移動である必要があります。
就業場所と住居を移動していたとしても、就業場所に仕事をする目的以外で立ち寄った場合、例えば「就業場所に付属する施設でのゲーム大会などに参加する帰り道」などは、業務に関連する移動にはあたらないとして、「通勤」には当たらないとされています。
2.2. 通勤災害に認定される3つの移動
「通勤災害」であると認定されるためには、次の3つの類型の移動のうちのいずれかにあてはまる必要があるとされています。
(1) 住居と就業場所との間の往復
通勤にあたるもっとも典型的な場合は、「住居と就業の場所との間の往復」です。
住居とは、労働者の生活の本拠となっている場所のことを言います。単身赴任をし、そこから就業場所に通っている場合は、単身赴任先が住居となります。
(2) 就業場所からほかの就業場所への移動
もっとも、これ以外の移動が「通勤」に当たらないとすると、非常に困る人が出てきます。
例えば、午前と午後で、別々の会社に勤めていて、午前の会社から午後の会社に直接移動する人について、会社間の移動が「通勤」に当たらないとすると、この2つの会社に勤めている人に対する保護が非常に弱くなってしまいます。
そのため、「就業場所からほかの就業場所への移動」も、「通勤」に含まれるとされています。
(3) 赴任先の家と家族が住む家への移動
また、やむを得ない理由により単身赴任をしている片親が、週末のみ家族の下に戻るという場合、その帰宅が「通勤」に当たらないとすると、やむを得ず単身赴任という形で家族の下を離れている人に対する保護が非常に弱くなってしまいます。
そのため、やむを得ない理由により単身赴任をしている人が、赴任先の家と家族が住む家へと帰宅する間の移動も「通勤」に含まれるとされています。
(4) そのほかの移動
「通勤災害」として保護される、「通勤」は(2)(3)で例外的に保護される2パターンを除いて、自宅と就業場所の間の移動のみが「通勤」に当たるとされています。
そのため、「学校帰りのバイトの学生が、学校から直接仕事場所に出勤する場合」は、「通勤」には含まれないとされています。
なお、業務中の移動中の事故は「通勤災害」ではなく「業務災害」に当たります。
2.3. 合理的な経路及び方法
「通勤労災」の対象となる「通勤」であるといえるためには、その経路及び方法が合理的なものである必要があります。
合理的な経路とは、住居と会社の間の最短経路だけに限られず、必要かつ合理的な経路であれば、「通勤災害」と認定されます。例えば、次のようなものも、合理的な経路に含まれます。
- 遅延や事故などで遠回りする場合
- 小さな子供を保育所に預けるために近くの保育所に寄る場合
- 普段は自転車で出退勤をしているが、雨が降ったからバスに乗って移動したという場合
しかしながら、特に理由も必要性もなく、より合理的な経路があるにもかかわらずあえて他の道を通った場合などでは、合理的な経路、方法に含まれず、「通勤災害」と認定されないケースもあります。
合理的な経路と認められない例としては、例えば次のようなものです。
- 特に理由がないのに遠回りの経路で出退勤する場合
- わざと危険な場所を通って出勤・退勤する場合
- 車の免許を持ってないのに、車で出退勤を行った場合
2.4. 中断・逸脱にあたらないこと
「中断」とは、通勤の経路上で通勤とは関係のない行為を行うことで、「逸脱」とは、通勤の途中や就業や通勤と関係ない目的で合理的な経路をそれることを言います。
「中断」、「逸脱」がある場合には、それ以降の移動は「通勤」とはならないため、その途上での負傷、死亡などは、「通勤災害」とならず、労災認定を受けることができません。
(1) 中断・逸脱のケース
一般的に、通勤経路の途中で、「短時間休憩をとる」ことや「経路上の店で飲み物を買う」ことなどは「中断」「逸脱」には当たりません。
これに対して、「レストランや居酒屋に入って飲食をする」場合には「中断」「逸脱」にあたります。
(2) 中断・逸脱の例外
「中断」「逸脱」に当たる行為をした後は、それ以降の行為は「通勤」には当たらないのが原則です。
しかし例外的に、「中断」「逸脱」に当たる行為が、「日常生活上必要な行為」にあたる場合は、「逸脱」「中断」に当たる行為終了後、合理的な経路に戻った後は「通勤」に当たると解されます。
日常生活上必要な行為(労働者災害補償保険法施行規則8条)
- 日用品の購入その他これに準ずる行為
- 職業訓練、学校教育法第一条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
- 選挙権行使その他これに準ずる行為
- 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
- 要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに同居し、かつ扶養している孫、祖父母および兄弟姉妹の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る)
なお、「日常生活上必要な行為」をし、合理的な経路に戻った後の負傷や障害に対して給付がなされるにすぎないから、「日常生活上必要な行為」をしている間に発生した事故、例えば「コンビニで買い物中に発生した事故」などは、「通勤」中の事故には当たりません。
2.5. 業務の性質を有しないこと
その行為が、一見通勤途中で行われるものである場合でも、業務中に行われたものである場合、「通勤災害」とならず、「業務災害」にあたり、比較的緩やかな要件の下で補償を受けることができます。
たとえば、「会社から直接なされる送迎バスでの移動中の事故」や、「出張先からの移動中の事故」などは、「業務災害」に当たります。
2.6. 通勤起因性
「通勤災害」として給付を受けるためには、負傷や障害が通常通勤に伴う危険が具体化したものである必要があります。
「交通事故」や、「階段を踏み外した場合」などは、通勤起因性が通常認められますが、「泥酔して階段から落ちた場合」などは通勤起因性が認められない場合があります。
3. まとめ
今回は、どのような場合に「通勤災害」の認定を受けることができるかについて、弁護士が解説しました。
労災の認定は、会社が協力的である場合には会社が代わりに申請してくれますが、必ずしも会社が協力してくれるケースばかりではありません。
また、労働基準監督署に「通勤災害」だと認定してもらうためには、多くの証拠や書類が必要な場合もあります。
通勤中に負傷してしまった労働者の方は、お気軽に、労働問題に強い弁護士に法律相談ください。