通勤災害は、通勤中に起こった事故やケガのことです。通勤災害の認定を得られれば、労災保険による補償を受け取ることができます。
しかし、全ての通勤中の出来事が、通勤災害と認定されるとは限りません。通勤災害が認められるには要件があり、残念ながら、通勤災害にならないケースもあります。特に、通勤ルートを外れた後の事故が、通勤災害となるかどうかは、大きな争いとなります。通勤経路の逸脱や中断があった場合、通勤災害とは認められないおそれがあるので、注意が必要です。
今回は、通勤災害が認定されないケースについて、逸脱・中断についての具体的な事例を紹介しながら、詳しく解説していきます。
- 通勤災害と認定されれば、通勤途上の事故について労災保険で補償される
- 通勤災害の認定を受けるには、通勤途上の災害でなければならない
- 通勤経路から逸脱・中断があった場合、通勤災害と認められない可能性がある
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通勤災害が認められる要件
通勤災害とは、通勤中の事故やケガのことです。「通災」「通勤労災」などと呼ばれることもあります。広義の労災の一種で、通勤中に発生した事故や災害による損害は、通勤災害の認定を得られれば、労災保険による補償を受けることができます。
通勤災害の具体例は、例えば次のケースです。
- 出勤中にマンションの共有スペースで転倒した
- 最寄り駅のホームから転落してケガをした
- 通勤中に落下物に当たって負傷した
- 出社する前に交通事故に遭った
労災保険は、業務中や通勤中に発生した事故・災害による損害を補償する制度です。
通勤災害は、業務と関連する移動についての安全を補償する制度なので、寄り道や私用といった業務と無関係な移動があると、その間の負傷は保護されません。そのため、労災保険法は、通勤災害の条件について厳しく定めています。
通勤途上の負傷であること
通勤災害は、通勤中の負傷である必要があるところ、労災保険法7条2項は、通勤について次のように限定的な定義を定めています。
労災保険法7条2項(抜粋)
前項第三号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
労災保険法(e-Gov法令検索)
「通勤」であるといえるには、自宅から就業場所、あるいは事業主が指定した就業先との間を、合理的な経路及び方法で往復している必要があります。そして、通勤途上の出来事でなければ、通勤災害であるとは認定されません。以下に、詳しく解説します。
業務に関連する移動であること
「通勤」であるといえるには、業務に関連した移動でなければなりません。業務に関連した移動とされるのは、例えば次のケースです。
- 住居と就業場所との間の往復
家とオフィスの往復の移動は「通勤」の典型例です。住居とは生活の本拠(自宅)を指しますが、単身赴任や一人暮らしの場合は、住民票上の住所より生活実態(実際に寝起きしている場所)を優先します。 - 就業場所から他の就業場所への移動
就業場所が複数あるとき、その間の移動も「通勤」です。例えば、午前・午後で別事業所で勤務するケースで、自宅に帰らず事業所間を移動する場合も「通勤」となり、通勤災害が適用されます。 - 赴任先と住居との間の移動
住居間の移動でも、例外的に「通勤」となることがあります。例えば、単身赴任で、週末のみ家族の住む自宅に戻る場合、赴任先の住居と自宅の往復も「通勤」です。会社の都合で単身赴任している人を、手厚く保護すべきだからです。
「会社に届け出た経路と違うとき」の解説
合理的な経路及び方法で行うこと
通勤災害の適用される「通勤」とされるには、「合理的な経路及び方法」で行う必要があります。合理的な経路は、必ずしも最短経路に限りませんが、最短であったり、効率的であったりなど、合理的な理由付けのできるルートでなければなりません。この合理的なルートから外れたり、無関係な場所に立ち寄ったりした場合、通勤災害とは認定されないおそれがあります。
合理的な経路及び方法であるかどうかは、次のように判断します。
【合理的であると認められる例】
- 最短経路
- 電車の遅延によって迂回した経路
- 事故による行き止まりで遠回りしたルート
- 雨に濡れない移動手段を活用した移動
- 乗り換えの少ない便利な経路
【合理的であると認められない例】
- 私用や寄り道で無関係な場所に立ち寄った場合
- 公共交通機関ではない割高な方法による移動
- 正当な理由のない遠回り
理由や必要性もなく、より合理的な経路があるにもかかわらず、あえて通勤経路を外れれば、その移動中の事故については通勤災害とは認定されません。業務に関連しない移動や、あえて危険を省みない移動を、通勤災害によって保護する必要はないからです。
「通勤災害が認定されるまでの手続き」の解説
業務の性質を有するものではないこと
その移動が、業務の性質を有する場合、「通勤」に該当しません。ただし、業務の性質を有する移動中の事故や災害は、労災(業務災害)として救済される可能性があります。業務の性質を有する移動とは、例えば、出張中の移動のケースなどが該当します。
「出張中のケガは労災になる?」の解説
通勤に起因すること
通勤途上の事故や災害でも、通勤を原因とする負傷でなければ、通勤災害にはなりません。通勤災害と認定されるには、通常、通勤に伴う危険が現実化したものと認められる必要があります。通勤の危険とはいえなかったり、特殊な危険であったりする場合、保護に値しないからです。
通勤に起因する危険であるかどうかは、次のように判断します。
【通勤に起因する危険である】
- 通勤中の路上で交通事故に巻き込まれた
- 駅のホームで電車に巻き込まれた
- 階段から落ちた
【通勤に起因する危険ではない】
- 泥酔していて転倒した
- 自然災害による落下物に当たった
通勤災害に該当するかどうか、判断に迷う場合には、弁護士のアドバイスをお聞きください。
「労災について弁護士に相談すべき理由」の解説
通勤災害が認定されない逸脱・中断の例
次に、通勤災害が認定されない「逸脱」と「中断」について解説します。
通勤の途中で、経路の逸脱・中断がある場合、その間の負傷について通勤災害とは認定されません。まっすぐ帰宅する日ばかりでなく、通勤の途中で業務と無関係な移動をすることもあるでしょうが、この場合、通勤災害による保護が受けられないので注意を要します。労災保険法7条3項にも、次のように定めがあります。
労災保険法7条3項(抜粋)
労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第三号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。
労災保険法(e-Gov法令検索)
通勤災害が認定されないと、労災保険の適用外となり、治療費や休業補償などが、労働者の自己負担となってしまうリスクがあります。労災保険は、業務に起因する災害について幅広く保護される制度なので、認定されないことによる労働者の負担は、非常に大きいです。
通勤経路の逸脱・中断とは
通勤経路の逸脱、移動の中断について、次のように説明することができます。
- 通勤経路の逸脱
労働者が、通勤の途中に、就業や通勤とは関係のない目的で、合理的な通勤経路を大きく外れて別の場所に向かう行動。 - 移動の中断
通勤の途中で、一時的に通勤を止めて、別の目的を果たすための行動。
これらの行動は、いずれも労働者の私的な理由に基づくもので、「通勤」ではなくなり、通勤災害とは認定されなくなります。逸脱と中断の違いは、通勤経路を外れるのが「逸脱」、通勤経路から外れなくても、途中で業務に無関係な行為をするのが「中断」と区別されます。
逸脱や中断があると、それ以降は「通勤」ではなくなります。そのため、それ以降の移動の際に事故や災害に遭って負傷しても、通勤災害とは認定されません。
「労災の条件と手続き」の解説
通勤の目的から外れると、通勤災害にならない
通勤の本来の目的は、住居と職場を往復することであり、その限りにおいて業務のための移動といえます。そのため、途中で仕事と無関係な行動をすると、通勤でなくなり、通勤災害が認められなくなります。個人的な理由で経路変更したり、途中で中断して別の場所に立ち寄ったりするとき、たとえ短時間の寄り道でも、通勤災害が認められなくなるおそれがあります。
仕事と関係ない行動があると、通勤災害にならない
通勤中に「仕事とは関係のない行動」が含まれると、その際に発生した事故やケガは、通勤災害とは認められません。通勤経路を外れていなくても、仕事とは関係のない私的な行為があって、それが原因となって負傷したなら、通勤災害の対象外となるからです。
逸脱・中断にあたる具体的な事例
通勤災害にならない逸脱、中断にあたる具体的な事例は、次のようなものです。
- 通勤途中にスーパーに立ち寄って買い物した場合
- 職場から家に帰る途中で友人の家に寄った場合
- 帰宅の途中でレストランで食事をしてから帰る場合
- 終業後に飲みに行く場合
- 自宅とは正反対にある友人宅に遊びに行った場合
- 退勤した後でショッピングに行く場合
- レジャーや娯楽のために寄り道する場合
なお、次章「逸脱・中断があっても通勤災害が認定されるケース」の通り、一見すると逸脱、中断にあたるとしても、例外的に、通勤災害が認定されるケースもあります。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
逸脱・中断があっても通勤災害が認定されるケース
次に、逸脱や中断があっても通勤災害が認定されるケースと、その判断基準を解説します。逸脱や中断となる行為があると、それ以降の移動は「通勤」でなく、通勤災害は認定されません。しかし、逸脱・中断があっても通勤災害が認定される例外的なケースがあります。
再び合理的な通勤経路に戻った場合
通勤途中に、一時的に経路を外れたり中断したりしても、その後に合理的な通勤経路に戻った場合、再び「通勤」であると認められる可能性があります。例えば、通勤途中に買い物のためにスーパーに立ち寄ったが、その後に再び自宅に向かった場合、その立ち寄り区間を除いた部分については、通勤災害の対象となると考えられます。
やむを得ない逸脱や中断である場合
私的な用事でも、緊急性が高く、やむを得ない状況での逸脱や中断なら、逸脱・中断の間を除いて、通勤災害として認定されることがあります。
例えば、家族の病気やケガで、急遽病院に立ち寄ることになった場合や、介護を要する親の世話のために経路を外れる場合がこれにあたります。また、天候や災害、交通機関のトラブルなどによる経路変更も、例外的に認められるケースの一つです。
やむを得ない事由について、労災保険法施行規則は次のように定めています。
労働者災害補償保険法施行規則8条
法第7条第3項の厚生労働省令で定める行為は、次のとおりとする。
一 日用品の購入その他これに準ずる行為
二 職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であつて職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
三 選挙権の行使その他これに準ずる行為
四 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為
五 要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹並びに配偶者の父母の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る。)
労働者災害補償保険法施行規則(e-Gov法令検索)
上記の通り、日用品の買い物、選挙権の行使、通院や介護といった保護の必要性の高いものが列挙されています。これらの行為は、実際にも通勤の途中に済まされることが多いです。
ただし、この場合にも、逸脱や中断は、最小限のものでなければなりません。
逸脱や中断が軽微な場合
逸脱や中断があっても、その範囲が軽微ならば、全体としては合理的な経路及び方法であると評価できる場合があります。毎日全く同じ道で帰ってはいなかったとしても、少しの寄り道や経路変更なら、通勤の逸脱や中断であるとはいえないからです。
判断基準として、時間的にも地理的にも、通勤の目的からどれだけ離れているかがポイントとなり、逸脱・中断かどうかは、通勤経路を外れた程度や、私的行為などに要した時間によって判断されます。例えば、通常の通勤経路でなくても、少し外れただけなら「逸脱」になりません。通勤経路上で私的な行為をしても、忘れ物を取りに戻った、自販機で飲み物を買った、熱中症になりそうで休憩したなど、ごく短時間なら「中断」になりません。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
通勤災害が認められないケースの対処法
以上の通り、逸脱や中断がある場合など、通勤中に事故やケガが発生したにもかかわらず、通勤災害という認定を受けることができないケースがあります。労働者として、通勤災害が認められないケースにどのように対処すべきか、最後に解説します。
通勤経路に迅速に復帰する
中断や逸脱があっても、「逸脱・中断があっても通勤災害が認定されるケース」の通り、やむを得ないものであって、元の通勤経路に復帰するならば、その後は通勤災害の対象としてもらえる可能性があります。したがって、どうしても私用をこなさなければならない場合にも、終わったらすぐに合理的な通勤ルートに戻ることで、逸脱・中断の影響を最小限に抑えることが重要です。
また、やむを得ない逸脱や中断であることを証拠に残しておいてください。例えば、病院の領収書や交通機関の遅延証明書などがあれば、通勤災害の申請の際に添付しましょう。
労働基準監督署への申請や再審査請求の方法
通勤災害として、労災保険の対象となるかどうかは、労働基準監督署が判断するのであって、会社の決めるものではありません。そのため、会社が非協力的だったとしても、労働基準監督署に申請をして、通勤災害についての判断を得ましょう。また、通勤災害の認定が受けられなかった場合にも、不服があるなら、審査請求、再審査請求といった方法で争うことができます。
「労災認定に異議申し立てする方法」の解説
弁護士に相談する
通勤災害が認定されなかった場合、労働法を熟知した弁護士に相談するのが有効です。
労働問題の経験が豊富な弁護士なら、労災保険の制度にも詳しく、通勤災害の申請手続きや、審査請求・再審査請求についても、法的な知識に基づくサポートを受けることができます。
「裁判で勝つ方法」の解説
まとめ
今回は、通勤災害が認められないケースについて解説しました。通勤災害は、労働者保護のための重要な制度ですが、認定されるには要件があります。
通勤経路の逸脱や中断があった場合、会社の行き帰りの事故やケガだとしても、通勤災害とは認定されないおそれがあります。私的な理由でのルート変更や寄り道は、通勤災害の対象外となってしまう可能性が高く、注意が必要です。なお、やむを得ない事情による逸脱や、再び通勤経路に戻った場合には、通勤災害が認められるケースもあります。
通勤災害であると認められるかどうか、判断するのは労働基準監督署であって、会社ではありません。会社が通勤災害の申請に非協力的でも、あきらめず申請しましょう。このとき、合理的な通勤経路で移動したことの証拠を残しておくことが大切です。
通勤災害の認定に不安があるとき、労働法に詳しい弁護士に相談してください。
- 通勤災害と認定されれば、通勤途上の事故について労災保険で補償される
- 通勤災害の認定を受けるには、通勤途上の災害でなければならない
- 通勤経路から逸脱・中断があった場合、通勤災害と認められない可能性がある
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