未払賃金立替制度は、会社が倒産し、路頭に迷う労働者の救済のための制度。
雇用主が倒産すれば解雇となり、職を失います。給料が払われなくても請求相手がもはや存在しないのではあきらめるしかありません。このような場面で、労働者を救済するため、国が未払いの給料の一部を立て替えてるのが、未払賃金立替制度です。
中小零細企業は、大企業ほど経営が安定しているとも限りません。少しの景気変動で、倒産してしまう会社もあります。大企業といえど、信用を失って倒産することも珍しくありません。未払賃金立替制度を利用すれば、給料、残業代、退職金を全てではないですが補填してもらうことができます。
今回は、未払賃金立替制度について労働問題に強い弁護士が解説します。
- 勤務先の倒産が迫っているとき、未払賃金立替制度の要件を早めに確認する
- 対象となる労働者、対象となる賃金の範囲、期間について条件がある
- 事実上の倒産や非正規社員など、特殊なケースでも立替払いで保護される
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未払賃金立替制度とは
未払賃金立替制度とは、倒産した会社に代わり、国が、未払いとなった給料の一部を立て替えてくれる公的制度です。倒産して、会社の資産では給料を十分払えない場合に備え、労働者保護のために用意された制度です。賃金の支払の確保等に関する法律に基づき、独立行政法人労働者健康安全機構が運営します。
未払賃金立替制度を利用すれば、労働者は、最大で給料の8割の立替払いを受けられます。ただし、労働者の年齢によって次の上限があり、未払い給料の全額が補填されるわけではありません。
退職日の年齢 | 支払賃金総額の限度額 | 立替払上限額 |
---|---|---|
45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
30歳以上、45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
まずは基本的な知識を解説します。
倒産すると解雇され、給料も未払いとなる
会社が倒産すると、労働者の権利は十分に保護されません。少なくとも、雇用主となる法人が消滅すれば、労働契約はなくなり解雇されます。そして、将来の給料をもらう権利はなくなり、過去の給料の未払いについては権利を失うわけではないものの請求相手がいなくなってしまいます。
倒産手続で債権届出をすれば、残った資産から分配を受けられますし、給料をはじめとした労働債権は、特に優先して扱われます。とはいえ、倒産する会社に十分な返済余力があるわけもなく、他にも未払い債権が多くあります。不動産など資産があっても、抵当権が付いていることがほとんどです。
「倒産を理由とした解雇」の解説
未払賃金の立替はいつもらえる?
未払賃金立替制度によれば、後述の利用条件を満たし、請求手続きを踏めば、未払い給料の8割を得ることができます。
給料がもらえず不安な労働者が最も気になるのが「未払賃金の立替がいつもらえるか」という点でしょう。提出した書類の審査において要件を充足すると判断されれば、労働者の指定する金融機関へ、30日以内に支払いがなされます。振込がされる際は労働者に通知が届くので、1ヶ月経過しても連絡のないときは進捗を確認してください。
未払い給料を取りはぐれないよう、倒産の危機の迫った場面ではスピーディな対応を要します。
「給料未払いの相談先」「未払いの給料を請求する方法」の解説
未払賃金立替制度を利用できる条件6つ
未払賃金立替制度の利用には、次の6つの条件をすべて満たす必要があります。
勤務先が倒産の危機になってから慌てないよう、日頃から知識を確認し、条件を満たしたらすぐに未払賃金立替制度を利用できるように準備しておきましょう。
労災保険適用事業場であり1年以上事業が継続されていること
まず、労災保険が適用される事業場であり、1年以上、事業活動が継続されていたことが要件となります。これは、未払賃金立替制度を利用する方の「勤務先」に関する要件です。
事業開始が1年以上前でも、実際に活動を継続していなければこの条件を満たしません。この要件からして設立直後に倒産した会社に勤務していた場合、未払賃金立替制度を利用できません。ベンチャーやスタートアップに勤務するなら将来性に注意すべきです。
「ベンチャー企業の残業の実情」の解説
会社が倒産したこと
次に、未払賃金立替制度は、倒産によって困窮する労働者を救済する制度なので、「会社が倒産したこと」が必須の条件となります。ただし、ここでいう「倒産」は、法的な倒産手続でなくてもよく、事実上の倒産状態であるなら制度を利用することができます。
法律上の倒産とは
立替払制度の対象となる法律上の倒産は、次の場合のことを指します(賃金支払確保法7条、同法施行令2条1項1号〜3号)。
- 破産手続開始の決定を受けた場合
- 特別清算開始の命令を受けた場合
- 再生手続開始の決定があった場合
- 更生手続開始の決定があった場合
会社が破産をすれば事業活動が停止するため、給料が払われず、労働者を救済する必要性が高いのは明らかですが、それだけでなく、民事再生手続きのように事業活動が継続していてもなお、法律上の倒産に含まれ、未払賃金立替制度を利用できる場面があります。したがって、営業が続いていたとしても、給与が未払いとなっているなら立替払いをしてもらえるケースもあります。
ただ、これら法的な手続きが取られているかどうかは労働者側ではすぐには知れないこともあります。事業が継続しているなら、まずは弁護士や労働基準監督署に相談し、未払い賃金の請求をすることから始めるべきです。
事実上の倒産とは
立替払制度の対象となる倒産には、事実上の倒産も含まれます。事実上の倒産とは、破産などの法的手続きを経ていなくても、事業活動に著しい支障を生じたことにより賃金を支払えない状態になったことについて、労働基準監督署の認定があった場合のことを指します(賃金支払確保法7条、同法施行令2条1項4号)。具体的には、事業活動が停止し、再開する見込みがなく、賃金支払い能力がない状態になったことをいいます(同法施行規則8条)。
事実上の倒産について労働基準監督署の認定を受けられるのは「中小企業」のみとされています。立替払の対象となる中小企業事業主の範囲は、中小企業法の定める中小企業者の範囲と共通し、業種と資本金または使用する労働者数によって次のように定められます。
業種分類 | 資本金額又は労働者数 |
---|---|
一般産業 (卸売、サービス、小売業を除く) | 資本金3億円以下 又は労働者300人以下 |
卸売業 | 資本金1億円以下 又は労働者100人以下 |
サービス業 | 資本金5,000万円以下 又は労働者100人以下 |
小売業 | 資本金5,000万円以下 又は労働者50人以下 |
なお、公正を期すため、事実上の倒産については労働基準監督署の確認を得なければなりません。事実上の倒産時の手続きは「必要書類を入手する」で後述します。
労働基準法上の「労働者」であること
次に、未払賃金立替制度の利用には、労働基準法9条の「労働者」に該当することを要します。これは制度を利用する側が満たすべき要件です。「労働者」かどうかは、会社の指揮命令下で業務に従事しているかが判断基準となります。
例えば、業務委託契約をする個人事業主、フリーランスは「労働者」ではなく、報酬に未払いがあったとしても立替制度を利用することができません。
倒産手続申立ての6か月前から2年以内に退職したこと
次に、未払賃金立替制度の対象となるには、労働者が、一定の時期に会社を退職していることが条件となります。具体的には、倒産手続の申立て等がされた日の6か月前の日から2年以内に退職している必要があります。
つまり、立替払い制度で保護されるには、倒産に近い時期に退職している必要があるというわけです。なお、退職の理由は問いません。
退職日の6か月前から立替払請求日前日までに支払期日が到来したこと
次に、退職日の6ヶ月前から立替払請求日前日までに、給料の支払期日が到来する必要があります。未払賃金立替制度の保護は、倒産間近に給料をもらえると期待している人に限られており、倒産間近に支払期日が到来している必要があるわけです。
倒産手続の開始決定日等の翌日から2年以内に請求すること
最後に、倒産手続の開始決定日等の翌日から2年以内に請求することが条件となります。これは、立替払いの請求に関する要件です。立替制度が利用できるのは、倒産手続に間近い期間に請求した場合に限られるということです。
給料や退職金が払われずに困窮する労働者を助けるには緊急を要します。むしろ、しばらく経っても生活に困らないなら制度を利用する必要はありません。期限があることから、倒産をきっかけに即日解雇されても放置は禁物で、できる限り早く申請に着手すべきです。
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未払賃金立替制度による請求の方法
次に、未払賃金立替制度を利用する方法について解説します。
未払い賃金の額を確認する
まず、未払いとなっている給料や残業代、退職金などがいくらあるのかを確認してください。給料明細や実際に振り込まれた金額を確認するほか、会社の総務や人事、破産管財人などに確認し、正確に計算するようにします。
計算方法や根拠に自信がないときは、損しないよう弁護士に相談ください。特に、残業代の計算については複雑な考慮を要する場合があります。
「残業代の計算方法」の解説
必要書類を入手する
次に、立替払いの請求に必要な書類を入手します。準備すべき必要書類は、次の2つです。
- 証明書または確認通知書
- 立替払請求書
証明書または確認通知書を受領する
証明書または確認通知書によって、勤務先が「倒産」の要件を満たすことを証明することができます。必要書類を入手する方法は、法律上の倒産手続きの申立てがあるかどうかで異なります。
- 法律上の倒産手続が申し立てられている場合
倒産手続をする裁判所や管財人に申請し、立替制度の利用条件を満たしている「証明書」の交付を受けます。未払賃金額など、証明してもらうことができなかった事項がある場合は、各地域の労働基準監督署(労基署)に申請し、別途「確認通知書」を交付してもらいます。 - 倒産手続の申立てがない場合(事実上の倒産の場合)
各地域の労基署に申請を行い、立替制度の利用条件を満たしているという「確認通知書」の交付を受けます。
立替払請求書を作成する
次に、立替払請求書を作成します。立替払請求書・退職所得申告書の書式を独立行政法人労働者健康安全機構のサイトよりダウンロードし、必要な欄に氏名、性別、生年月日や住所、振込先として指定する金融機関の口座などの情報を記入します。
下記の記載例を参考にして進めてください。
立替払いを請求する
未払賃金立替制度の請求は、運営する独立行政法人労働者健康安全機構に行います。請求時には、請求書に、振込先を指定して記載します。あわせて、前章で入手した証明書、確認通知書を添付する必要があります。
請求にあたっては、要件を満たすことを証明しなければなりません。「倒産する会社で勤務したこと」「給料の未払額」などを証明すべく、次の資料を添付します。
- 労働条件を示す資料
労働条件通知書、雇用契約書、就業規則、賃金規程、退職金規程など - 給料の未払いを示す資料
給料明細、給料口座の通帳など - 倒産する会社で勤務していたことを示す資料
タイムカード、業務日報、出勤簿など
機構の審査を受ける
未払賃金立替制度の利用のためには、機構の審査を通過する必要があります。
ペーパーカンパニーによる虚偽申請、給料の水増しなど、不正請求も跡を絶ちません。悪用を防ぐため、審査は厳格に行われ、証拠がそろっていないと、立替払いをしてもらえないおそれもあります。ケースによっては破産管財人や会社に対する資料開示の要求、元社員のヒアリングが実施されることもあります。
提出資料などに不安があるとき、ぜひ一度弁護士に相談ください。倒産にまつわるトラブルも、弁護士に相談することができます。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
立替払金の支払いを受ける
審査で提出された資料が基準を満たすと認定された場合、労働者の銀行口座に、30日を限度として支払いが実行されます。支払いが行われる時点で、労働者には通知が来るので、もし1ヶ月が過ぎても何の連絡もなければ、その進行状況について確認を行う必要があります。
未払賃金立替制度を利用する際の注意点
最後に、未払賃金立替制度を有効に活用するためのポイントを解説します。
確実な支払いを受けられないと、生活に支障をきたしてしまいます。制度を有意義に活用するためにも、注意点をよく理解してください。
対象となる賃金や金額には範囲がある
対象となる未払賃金は、一定の期間ごとに一定額で払われる「定期賃金」に限られます。
【対象となる賃金】
- 基本給
- 手当
- 残業代
- 退職金
【対象とならない金銭】
- 賞与(※ただし年俸制など、賞与が固定額の場合は、対象となる賃金に含む)
- 立替経費
ボーナスや経費は、会社に請求できる金銭であっても立替払いの対象には含みません。最低限の保護として、定期に払われるはずだった給料を補填するのが制度趣旨だからです。また、前述の通り、立替払いされる未払い賃金は最大で8割までであり、労働者の年齢によって次の上限があります。
退職日の年齢 | 支払賃金総額の限度額 | 立替払上限額 |
---|---|---|
45歳以上 | 370万円 | 296万円 |
30歳以上、45歳未満 | 220万円 | 176万円 |
30歳未満 | 110万円 | 88万円 |
立替払いの請求には2年の期限がある
立替払いの請求には、2年の期限があります。期限の起算点は「倒産した日の翌日」であり、法律上の倒産の場合には裁判所の破産手続開始等の決定日または命令日の翌日から起算して2年以内となります。事実上の倒産の場合は、労働基準監督署長による倒産の認定日の翌日から起算して2年以内です。
立替え払いされた金額には税金がかかる
立替払いされた金額に対しては、税金がかかります。具体的には、立替払い金は退職所得とされるため、所得税が課税されます。退職所得の場合には、退職所得控除があるため、金額が低額ならば非課税となる可能性があります。税額は、次の計算式によって算出されます。
【退職所得の計算方法】
- (収入金額(源泉徴収される前の金額) - 退職所得控除額) × 1/2 = 退職所得の金額
【退職所得控除額の計算方法】
勤務年数(=A) | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円×A (80万円に満たない場合には、80万円) |
20年超 | 800万円+70万円×(A-20年) |
非正規社員も利用できる
未払賃金立替制度を利用できるのは、労働基準法9条の「労働者」です。雇用されているなら、正社員だけに限らず、契約社員やパート、アルバイトなど、非正規社員もまた制度を利用できます。手厚い保護は、正社員のみと誤解しがちなので、注意してください。
雇用契約を結ばない役員も「使用人兼務役員」として保護される場合があります。個人事業主扱いをされていても、実質が雇用ならば立替制度を利用できる可能性があります。
不正受給には罰則がある
未払賃金立替制度の不正請求には、罰則があります。不正をした労働者には、立替金の返還、制裁金の納付が命じられます(賃金支払確保法8条1項)。また、嘘をついて立替払いを受けた場合は、詐欺罪(刑法246条)として「10年以下の懲役」が科されます。
故意の不正はもちろん、適正な手続きをとり、意図せず違反しないようご注意ください。
まとめ
今回は、未払賃金立替制度による労働者の保護について解説しました。
未払賃金立替制度は、労働者保護のためメリットしかありません。ただし、公正な利用を確保するためにも厳密な要件を守らなければならず、申請から審査などの手続きには時間がかかります。勤務先が倒産したら少しでも給料を回収できるよう、利用方法を理解しておいてください。
倒産手続きのなかで、給料を回収するのも、早期の対処が不可欠です。勤務先が倒産しそうなとき、対応が遅れて後悔しないよう、速やかに弁護士へ相談ください。
- 勤務先の倒産が迫っているとき、未払賃金立替制度の要件を早めに確認する
- 対象となる労働者、対象となる賃金の範囲、期間について条件がある
- 事実上の倒産や非正規社員など、特殊なケースでも立替払いで保護される
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