日本には数えきれないほど多くの会社があります。その中には、新聞に載るような大企業や有名企業だけではなく、あまり知られていない中小企業・零細企業もたくさんあります。
中小・零細企業は、必ずしも大企業のように経営が安定しているとは限らず、少しの景気変動によって潰れてしまう会社も少なくありません。
突然会社が倒産して、賃金や退職金を支払ってもらえずお困りの労働者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。国が立て替えて払ってくれる制度を利用すれば、少しでも働いた分の賃金、残業代、退職金などを払ってもらうことができます。
今回は、会社が倒産した時の未払賃金・退職金の回収方法と、「未払賃金立替払制度」について、労働問題に強い弁護士が詳しく解説していきます。
目次
1. 倒産法による未払賃金の扱い
会社の経営状況が悪化して、これ以上の経営の継続ができなくなってツブれてしまうことを「倒産」といいます。
会社の倒産についての法律は、破産法などの、いわゆる「倒産法」によってルールが定められていますが、労働者として特に気になるのは、この倒産法で、未払いとなっている賃金(給与)がどのように取扱われているか、という点ではないでしょうか。
そこで「未払賃金立替払制度」の解説をする前に、初めに、倒産法における未払い賃金の取り扱いについて、弁護士が解説します。
1.1. 賃金をもらう権利は無くならない
会社の経営がうまくいっていなかったとしても、労働者が会社に対して持っていた債権債務は無くなりません。
労働者の賃金や退職金に関する債権(労働債権)も、経営状況の悪化によって直ちに無くなることはなく、労働者のもとに残ります。
したがって、「会社経営が苦しいから。」「会社の状況を理解して我慢してほしい。」と言われても、給料を請求する権利自体は、労働者に残り続けています。
1.2. 倒産しても優先的に支払ってもらえる
会社の倒産手続には、法律上、①破産手続、②民事再生手続、③会社更生手続の3つがあります。通常、倒産手続が開始されると、会社に対する債権を行使することはできなくなります。
ただし、未払いの賃金や退職金の一部は、以下のルールに従って、他の債権よりも優先的に労働者へ支払われます。
- 破産手続の場合
:破産手続開始前の直近3か月分の未払賃金(退職金) - 民事再生手続、会社更生手続の場合
:未払賃金(退職金)の全額
一方、上記の3つの法律上の倒産手続を利用せず、当事者間の合意による任意整理をする場合には、たとえ労働者の給与(賃金)といえども、優先権が与えられません。
1.3. 債権の届出が必要
上記の3つの倒産手続を利用して優先的に未払賃金(退職金)の支払いを受けるためには、管財人等に対して、労働債権を持っていることを届け出る必要があります。
会社が倒産をしてしまう場合には、労働者がどれだけの給与債権を持っているかを確認する必要があるからです。
2. 倒産で賃金を支払ってもらえないケースとは?
以上の解説をご覧いただければわかるとおり、労働者の賃金(給与)は、倒産手続の中でも、特に保護されています。
というのも、賃金は、労働者の生活を支えるためになくてはならないものであって、会社の経営状況が悪化したからといって賃金がなくなっては、生活ができなくなってしまうからです。
しかし、残念ながら、倒産、破産の手続が行われたときに、労働者が救済を受けられなくなってしまうおそれのあるケースもあります。
そして、このように会社が破産、倒産してしまうことによって労働者が十分な給与の支払いを受けることができなくなってしまった事態に備え、一定の条件を満たすことによって、「未払賃金立替払制度」という公的制度を利用し、労働債権を回収できるのです。
2.1. 他に優先する債権があるケース
倒産法は、会社が倒産してしまったときに、各債権者の利害を調整するための法律です。
条文には、給料、退職金、残業代などといった労働債権以外にも、税金についての債権や抵当権付の債権など、優先的に支払われるべき債権が多数定められています。
したがって、給与、退職金など以外にも優先すべき債権があって、会社の資産が潤沢ではないような場合に、労働者が十分な給与の支払いを受けることができないケースがあります。
2.2. 会社の財産に限りがあるケース
加えて、会社の財産には限りがあります。とりわけ、倒産を余儀なくされた会社は資金繰りに困っていることがほとんどですから、社内の固定資産等を清算したとしても、全ての債務を弁済できるとは限りません。
労働債権に優先する債権が存在すれば、未払賃金(給与、退職金など)を取りっぱぐれてしまう可能性も十分にあります。
2.3. 他の債権者にとられるケース
さきほど、倒産の手続の中で債権の支払を受けるためには、債権の届出が必要であると解説しました。
早めに届出をして債権のあることを主張しておかなければ、債権の存在が認識されず、救済を受けられない可能性もあります。
3. 未払賃金立替払制度とは?
労働者の賃金債権が、会社が倒産をしてしまったケースでも手厚く保護され、しかし、一方で十分な支払を受けることができないケースについても紹介しました。
そこで、倒産してしまい、会社の資産によっては給与全額を十分支払うことができない場合に備えて用意されている「未払賃金立替払制度」について、弁護士が解説します。
3.1. 制度の概要と法律
未払賃金立替払制度とは、倒産してしまった会社に代わって、国が労働者に未払いの賃金や退職金を支払ってくれる公的制度のことです。
立替払い事業は、賃金の支払の確保等に関する法律(賃確法)及びその施行規則・施行令に基づいて行われます。
3.2. 最大8割の立替払いを受けられる
賃確法施行令4条1項によれば、労働者は、最大で未払いの賃金(退職金)総額の8割まで立替払いを受けることができます。
ただし、請求する労働者の年齢ごとに以下のような金額の上限が定められています。
- 30歳未満
:88万円 - 30歳以上45歳未満
:176万円 - 45歳以上
:296万円
したがって、労働者の収入と年齢によっては、未払いの賃金、退職金などの全額を支払ってもらうことはできない場合があります。
4. 未払賃金立替払制度を利用する7つの条件
労働者が未払賃金立替払制度を利用するためには、次の7つの条件を全て満たす必要があります。
いざ、勤務している会社が倒産の危機にさらされたときにあわてぬよう、日頃から、未払賃金立替払制度を利用することができるかどうか、検討しておきましょう。
4.1. 労災保険適用事業場での事業継続
労災保険が適用される事業場で、1年以上事業活動が継続されていたことが必要です。事業の開始が1年以上前でも、実際に事業活動をしていなければ条件を満たしません。
したがって、起業直後のベンチャー等は、倒産する可能性の高い状態にあるのはやまやまですが、未払賃金立替払制度を利用することはできません。
4.2. 会社が倒産したこと
立替払制度は会社が倒産して収入に困っている労働者を救済するための制度です。そのため、会社が倒産したことは必須の条件になります。
ただし、例外もあります。法的な倒産手続でなかったとしても、事実上の倒産状態にあり、労基署の確認を得られる場合には、未払賃金立替払制度を利用することができます。
4.3. 労基準が定める労働者であること
立替払制度を利用するためには、労働基準法が適用される労働者に該当することが必要です。
例えば、業務委託を受けている個人事業主などは、労基法の労働者ではないため、未払賃金立替払制度を利用することができません。会社(使用者)の指揮命令下で業務に従事しているといえるかどうかが基準になります。
4.4. 倒産手続申立ての6か月前から2年以内に退職したこと
立替払制度の対象となる労働者は会社から退職していることが条件になっています。
退職方法は問いませんが、倒産手続の申立て等がされた日の6か月前の日から2年以内に退職している必要があります。
この期間計算の考え方は複雑であるため、立替払の申請のタイミングを逃さないよう、お早目に労働問題に強い弁護士に法律相談ください。
4.5. 賃金が未払いであること
立替払いを受けるためには、当然のことながら、賃金や退職金が未払いであることが必要です。
4.6. 退職日の6か月前から立替払請求日前日までに支払期日が到来したこと
未払賃金立替払制度で保護されるのは、倒産間近に賃金や退職金を支払ってもらえるという期待がある労働者に限られます。
立替払制度を利用するためには、この期間内に現実に賃金等の支払期日が来ていることが必要です。
4.7. 倒産手続の開始決定日等の翌日から2年以内に請求すること
未払賃金立替払制度の利用は、倒産手続に間近い期間に限られます。
賃金や退職金が支払われず困っている労働者の生活を支えるために設けられた制度だからです。
5. 制度利用のポイント
未払賃金立替払制度を有効に活用するためにも、制度を利用するときに労働者の方が知っておいてほしいポイントを、弁護士がまとめました。
5.1. パート・アルバイトも利用できる
未払賃金立替払制度を利用できる「労働者」は、労働基準法の適用を受ける労働者であれば、必ずしも「正社員」だけに限られません。労働者の手厚い保護というと「正社員しか保護されないのではないか。」と勘違いされる方も入らっしゃるかも知れません。
しかし、労働基準法が定める労働者とは、「会社(使用者)の指揮命令下で業務に従事している」という基準を満たす全ての労働者です。
この基準に該当すれば、パートタイマーやアルバイトであっても労働法が適用されるため、正社員ではなくても③労働者性の条件を満たす可能性があります。
更に、会社と正式な雇用契約を結んでいない取締役等の会社役員であっても、経営に直接関与しない従業員兼務役員の方は労働基準法上の労働者に該当し、立替払制度を利用できる場合があります。
5.2. 賞与や経費は含まれない
立替払制度の利用にあたって注意しなければならないのは、「立替払いの対象に賞与や経費が含まれない」ということです。
賃確法に定められている「未払賃金」とは、月給など、一定の期間ごとに一定額で支払われる「定期賃金」を意味しており、交通費や備品購入に関する会社経費、通常の賃金とは区別された賞与(ボーナス)を立替払いしてもらうことはできません。
ただし、年間にもらえる金額が決まっており、これを分割した金額の一部を「賞与」という名目でもらっていたような場合には、未払い賃金として「賞与」を支払ってもらうことができるケースもあります。
5.3. 倒産手続の申立ては不要?
立替払制度を利用するための条件の中に、「②会社が倒産したこと」という条件があります。
しかし、ここでいう「倒産」は、法律上の倒産手続が申し立てられている場合だけを意味しているわけではありません。
冒頭にご紹介した3つの倒産手続の申立てがない場合でも、会社が債務の支払いをできなくなり、「事実上倒産した」ということができれば、「②会社が倒産したこと」という条件は満たされます。
6. 未払賃金立替払いの請求方法
未払賃金立替払制度は国の制度ですが、立替払事業を実際に運営しているのは独立行政法人「労働者健康福祉機構」という組織です。
したがって、未払賃金立替払制度によって救済を受けたい労働者は、立替払いの請求をこの機構に対して行うことになります。
6.1. 審査を通過する必要がある
機構に未払賃金(退職金)を立替払いしてもらうためには、申請を行って、機構の審査を通過する必要があります。
6.2. 請求に必要な書類
立替払いを請求する際には、請求書に振込先の指定口座を記載して、立替払制度の利用条件を満たしていることの「証明書」と、未払賃金額等に関する「確認通知書」を添付する必要があります。
6.3. 必要書類の入手方法
上記の必要書類の入手方法は、法律上の倒産手続の申立てがあるかどうかで異なります。
- 法律上の倒産手続が申し立てられている場合
:倒産手続を行っている裁判所や管財人に申請を行い、立替払制度の利用条件を満たしているという「証明書」を交付してもらいます。未払賃金額など、証明してもらうことができなかった事項がある場合には、各地域の労働基準監督署(労基署)に申請を行い、別途、「確認通知書」を交付してもらいます。 - 倒産手続の申立てがない場合(事実上の倒産の場合)
:各地域の労基署に申請を行い、立替払制度の利用条件を満たしているという「確認通知書」を交付してもらいます。
7. 立替払いを確実に受けるためには?
最後に、未払賃金立替払制度を利用して、倒産してしまった会社に雇われていた労働者が確実に救済を受けることができるよう、注意しておくべきポイントを弁護士がまとめました。
7.1. 裏付け証拠が必要
「未払賃金立替払制度」を利用するためには、賃金や退職金が未払いであることを裏付ける証拠を集めておく必要があります。
この制度は、機構の審査に通りさえすれば簡単にお金を受け取ることができるため、ペーパーカンパニーを利用した虚偽申請や、金額の水増しなど、不正な請求をして制度を悪用する労働者や会社も少なくありません。
そのため、機構の審査はかなり厳しく、きちんとした証拠が揃っていなければ立替払いをしてもらえない可能性もあります。
請求するにあたっては、会社にも協力してもらい、「労働したこと」や「給与が未払いであること」を証明するための次のような裏付け資料を入手しましょう。
- 雇用契約書、労働条件通知書
- 就業規則、賃金規程、退職金規程
- 給与明細
- タイムカード、業務日報、出勤簿
- 賃金台帳
- 給与口座の出入金記録
確実に立替払いによる救済を受けるためには、どのような証拠を集めればよいかは、労働問題に強い弁護士に相談するのがオススメです。
7.2. 不正請求に対するペナルティ
「未払賃金立替払制度」を悪用した不正請求にはペナルティも用意されています。
賃確法8条1項は、不正を行った労働者に対して立替金の返還や制裁金の納付を命じる場合があることを規定しています。
賃確法8条1項/su_label]
偽りその他不正の行為により前条の規定による未払賃金に係る債務の弁済を受けた者がある場合には、政府は、その者に対し、弁済を受けた金額の全部又は一部を返還することを命ずることができ、また、当該偽りその他不正の行為により弁済を受けた金額に相当する額以下の金額を納付することを命ずることができる。
故意に不正請求をするのは論外ですが、きちんとした手続を怠れば意図せずペナルティを課される可能性もあるので、注意が必要です。
7.3. 申請遅れに注意!!
立替払制度を利用できる労働者は、「④倒産手続申立ての6か月前から2年以内に退職した」労働者であると解説しました。
ここで注意したいのは、倒産手続申立てのあった日から6か月以上前に退職した場合、この制度を利用できなくなるということです。
ありがちなケースとして、会社から即日解雇され、状況を放置していたら6か月以上経ってしまった、ということがあります。
法律上の倒産手続が申し立てられていない場合でも、労基署に申請して「確認通知書」を受け取ることはできるので、解雇された場合には、なるべく早く弁護士に依頼して立替払いの請求手続を進めていきましょう。
8. まとめ
今回は、会社が倒産した時の未払賃金・退職金の回収方法と、「未払賃金立替払制度」による労働者の保護、利用方法、メリットなどについて、弁護士が解説しました。
会社が倒産し、賃金や退職金を支払ってもらえず、お悩みの労働者の方の法律相談は少なくありません。
倒産手続の中で労働債権を回収するため、未払賃金立替払制度を利用して救済を受けるためには早期の対処が不可欠です。
お勤めの会社が倒産してしまい、未払いの賃金(給与、退職金、残業代など)が残っている方は、対処が遅れて後悔しないためにも、労働問題に強い弁護士にお早めに法律相談ください。