会社を退職するとき、様々な手続きが必要となって混乱しがちです。なかでも労働者からよく質問があるのが、退職する時の交通費の返金についてです。
退職時にトラブルを起こすと、スムーズに退職できない危険があります。紛争が拡大すれば、転職にも影響するおそれがあります。
退職まで出社しないと交通費が減らされてしまう?
もらった定期代は、途中で退職したら返金すべき?
必要な返金をしないと、後から責任追及され、損してしまうリスクがあります。この点について、労働法には交通費の返金に関する決まりはなく、会社の就業規則などのルールによってケースバイケースで適切に対応しなければなりません。特に、長めの定期代をもらい、途中で退職するときには、もらいすぎにならないよう注意を要します。
今回は、会社を退職するとき不安な、交通費の返金について労働問題に強い弁護士が解説します。
退職する時、交通費は返金しなければならない?
まず、退職する際に「労働者が交通費を返金しなければならないかどうか」について解説します。ケースに応じた適切な対処法を理解してください。
結論からいうと、労働法の観点からいえば、通勤交通費を払うのは会社の義務ではありません。つまり、法律上は、交通費は必ず払わなければならないわけではありません。多くの会社では、出社して働くモチベーションを上げるために、労働契約において交通費を支払うことを約束しているに過ぎず、法律上の義務ではないのです。したがって、通勤交通費は「法律」ではなく「契約」に基づいて支払われるもの。そのため、「退職時に返金を要するかどうか」についても、労働契約の内容によって判断する必要があります。
社内の統一的なルールを定め、労働契約の内容となる重要な書類が、就業規則です。就業規則は、10人以上の社員を使用する事業場では労働基準監督署に届け出る義務があるため、存在しないなら違法です(労働基準法89条)。その他に、労働協約があるなら就業規則に優先しますので、あわせて確認が必要です。
これらの書類がないときや、個人的に特別な約束をしているときは雇用契約書に書かれたルールに従います。まとめると、労働に関するルールの優先順位は「法令>労働協約>就業規則>雇用契約書」の順番となります。
そして、企業内でよくある通勤交通費のルールには、次のようなパターンがあります。
出勤日数に応じて通勤手当が決められているケース
まず、出勤日数に応じて通勤手当が決められ、給料と共に払われるケースです。この場合には、出勤していない日の交通費をもらうことはできません。退職月は日割り計算されて、最終の給料と一緒にかかった交通費が振り込まれることとなります。
なお、最終の給料は、円満退職でないと会社が支払いを拒絶し、トラブルに発展する例もあります。最終給与のみを手渡しにするなど、不当な扱いを受けた場合は、次の解説もご覧ください。
「最後の給料を手渡しとすることの違法性」の解説
出勤日数によらず通勤手当が一律のケース
これに対し、出勤日数によらず、一律の通勤手当を払うルールとなっている会社もあります。このケースでは、月途中の退職でも、満額の交通費をもらうことができます。ただし、就業規則に「月途中の退社の場合には通勤手当は割合的に払う」などの定めがあれば、それに従います。
出勤日数に関係なく固定額の手当となっているのに、退職を理由に減らされたなら違法です。退職するからといって、一方的に労働条件の不利益変更をするのは許されないからです。
「退職時の減給への対処法」の解説
交通費を預り金として事前にもらっているケース
ここまでは、まだ交通費をもらっていない方の例でした。
しかし、なかには交通費を既に預り金などの形で事前に受け取っていて、「退職時には返金しなければならないのではないか」とお悩みの方もいます。交通費、経費に使う名目で、預り金を前渡しされているなら、退職時には返還する必要があります。預り金から清算していくというとき、余ったものは返すことがルールになっていると考えられるからです。
「退職したらやることの順番」の解説
有給休暇を消化中の交通費は、返金しなければならない?
有給休暇は、労働基準法に定められた労働者の正当な権利です。そのため、退職前に消化したからといって不利益に扱われることはありません。有給休暇は「有給」、つまり給料が払われるわけですから、退職前に有給消化したとしても、給料が減ることはありません。
通勤手当が一律に決められているのに、有給休暇をとった日数分だけ減らされてしまうなら、それは有給休暇をとったことによる不利益があったと言えますから、違法になる可能性があります。これに対して、就業規則に「有給休暇は交通費を支給しない」などの定めがあるなら、その分の通勤手当はもらえませんし、もし交通費を先に払ってもらっていた会社では返金の必要があります。
なお、有給休暇時の給料の扱いについても、就業規則のルールを確認してください。損しないよう、退職する前に、有給休暇は必ず消化しておきましょう。
「有給休暇を取得する方法」の解説
退職する時、定期代は返さなければならない?
定期券で通勤している人は珍しくありません。しかし、通勤定期の期間内に、どうしても退職せざるを得なくなってしまうケースもあります。このとき、退職時に定期代を返さなければならないかどうかについても、会社のルールによって決められます。
会社の場所によっては、退職後も定期券が使えれば、便利なこともあるでしょう。しかし、目先の利益にとらわれて、定期券代をごまかすのはおすすめできません。
多くの公共交通機関では、1ヶ月単位で、定期代を払い戻してくれます。そのため、会社のルールで払い戻しが必要となっているなら、指示にしたがって払い戻しをし、定期代の一部を返金すべきです。就業規則などにまったく決まりなく、数カ月分の定期代を渡され、まとめて購入していたときには、退職する時の返金は必要なしと考えてよいでしょう。
定期代や交通費といった額としては小さな問題でも、大きなトラブルに繋がる前に、まずは弁護士の無料相談を活用して疑問を解消しておきましょう。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
交通費のほかに、退職時に返還すべきもの
会社を退職するときは、交通費以外にも、労働者から会社へ返還すべきものがあります。忘れず返しておかなければ、退職時のトラブルの原因となります。
会社から損害賠償請求や不当な要求を受けたり、「やめさせない」といった嫌がらせされたりしないよう、次のリストを参考に、漏れのないように検討してください。
- 健康保険証
家族分も忘れずに返却しましょう。 - 貸与されたPC、スマホ、USBなど
なかにあるデータも、会社に所有権があります。 - セキュリティカード
- 制服、作業着
- 社員証、バッジなど
- 名刺
あなたの名刺は会社のもの、業務で交換した他社の名刺も、返還が必要です。 - 業務上の書類、マニュアルなど
重要な機密は、外部に漏えいすると、秘密保持義務違反のおそれがあります。
また、逆に労働者が、会社から受けとるべきものには、あなたの将来にとって大切な資料があります。失業手当を受け取るために、雇用保険被保険者証、離職票は必ず受け取りましょう。あわせて、源泉徴収票、(預けていたときは)年金手帳の返還を受けることも重要です。
仕事をバックレると、返却物や私物のやりとりができなくなってしまいます。弁護士に退職代行を依頼したり、弁護士を窓口にして退職手続きを進めたりする方法が有効です。
「仕事をバックレるリスク」の解説
まとめ
今回は、退職時の通勤交通費の扱いについて、返金が必要かどうか、定期代のときは返すべきかなどといった問題を解説しました。
通勤交通費は少額であることが多く、小さな問題だとして軽視されがちです。しかし、その金額以上に、退職時には互いに感情的になって、労使間で大きなトラブルとなることが少なくありません。後から、交通費の不正受給・横領だと言いがかりを付けられないよう、慎重に対応してください。
【退職とは】
【退職時の注意点】
【退職できないとき】
【退職金について】