労働者として会社に雇用されている場合、自宅から会社までの通勤にかかる「交通費」は、会社が出してくれる、という雇用契約が多いのではないでしょうか。
しかし、労働法の専門的な考え方ですと、これは当然のことではありません。むしろ、法律上は、労働者が会社に来るまでの交通費は、労働者が負担するのが原則で、しっかり契約で決めておかなければ、会社に負担してもらうことすらできません。
「会社が交通費を負担する。」という契約内容となっていたとき、会社に対して労働者が交通費を請求するためには、会社の定める書式にしたがって、最寄り駅や通勤経路を申請するやり方が一般的です。
今回は、つい魔がさして、交通費を多めに申請してしまったり、通勤経路を水増しして請求してしまったりした場合に、横領となるのか、懲戒処分となるのかについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
目次
1. 交通費は必ず会社が負担してくれる?
サラリーマンの場合、通勤交通費、通勤定期などを会社が負担してくれることは、ごく一般的な風習となっています。
しかし、労働法の専門的な考え方によれば、「労働」は「持参債務」、つまり、職場まで労働者が、自力できて働くことが原則とされており、交通費は、契約で定めがない限り、労働者負担となります。
そのため、あなたの会社で、会社が交通費を負担してくれるのかどうかは、就業規則や雇用契約書の記載を確認し、入社前にしっかりチェックしておかなければなりません。
また、交通費は自己負担が原則であることから、労働者と会社(使用者)との間の雇用契約で定めておけば、次のような扱いも、必ずしも違法とはなりません。
- 交通費は、全額労働者の負担とすること
- 会社が労働者に支給する交通費について、一定の上限額を設けること
- 会社が、会社の近辺に住む労働者に対して、金銭面での優遇をすること
2. 交通費横領の3つの手口
会社が労働者に対して、通勤交通費を支給してくれる、という雇用契約の内容の場合には、労働者は、最寄り駅、会社までの通勤経路、通勤交通費の金額を申請し、給与とともに交通費を受け取るというやり方が通常です。
そのため、労働者が、申請を間違ったり、故意に会社をだまそうとしたりする場合には、会社から本来よりも多めに交通費をだまし取る、というケースも少なくありません。
2.1. 不合理な経路を申請する
労働者は会社に対して、「合理的な経路」で交通費の申請をする必要があるというルールの会社がほとんどです。
「合理的な経路」とは、最短経路、もしくは、最安の交通費で通勤できる経路のことをいうとすることが一般的でしょう。「最短経路が乗り換えが多すぎる」といった場合、ある程度柔軟にお話合いに応じてくれる会社もあります。
とはいえ、不必要に、不自然に、長すぎる経路や遠回りの経路を申請し、交通費を騙し取ることは、今回解説する問題のある交通費横領にあたります。
2.2. 住所を偽る
住所を偽ることによって交通費を横領する手口もあります。実際住んでいる住所よりも遠くの住所に住んでいることにして、遠距離の交通費を支払ってもらう、というわけです。
例えば、「実際は恋人の家に同棲しているが、実家に住んでいることにする。」、「会社の近くに引っ越したのに、住所変更の申請をしない。」といった方法です。
また、この手口は、「住所変更を忘れていた。」という、労働者の過失による場合であっても、交通費をもらいすぎてしまうことにつながるため、注意が必要です。
2.3. 徒歩で交通費を稼ぐ
自宅が会社の近くであったり、乗り換え駅が近くにあったりする場合には、その間を徒歩や自転車で通勤する、という労働者もいることでしょう。
徒歩や自転車で通勤することは、健康にはよいことですが、そのとおりに会社に申請をしておかないと、交通費を横領したり、だましとったりすることにつながりかねません。
というのも、徒歩や自転車で実際には移動した経路について、電車代をもらっている場合には、労働者は交通費をもらいすぎていることになるからです。
3. 交通費を多くもらうことの責任
労働者が、会社から交通費を多くもらいすぎた場合には、責任追及を受けるおそれがあります。
労使関係(雇用関係)において、「法的な責任」というとき、3つの観点から考える必要があります。つまり「民事上の責任」、「刑事上の責任」、「雇用関係上の責任」の3つです。
それぞれ、民法、刑法、雇用契約(雇用契約書、就業規則)に定められていますので、弁護士が順に解説していきます。
3.1. 交通費横領は犯罪?
まず、交通費横領をしてしまった労働者にとって、最も重い責任が「刑事上の責任」です。
具体的には、「会社をだまして、交通費をだましとった。」という場合には、刑法上の「詐欺罪」にあたります。また、「業務上の地位を利用して、金銭を得た。」という場合には、刑法上の「業務上横領罪」にあたります。
会社の従業員でなければ交通費申請をして交通費をもらうことはできないことから、「業務上横領罪」という重い犯罪として処罰されます。
たかが交通費、少額の得、と甘い考えでいると、犯罪となって「前科」となってしまうおそれがあります。
3.2. 交通費横領は懲戒処分?
次に、会社内の問題行為について、会社が労働者に対して下す制裁(ペナルティ)が、「懲戒処分」です。「懲戒処分」は、企業秩序を乱す行為に対して、会社が下す処分のことです。
そして、交通費をだまして嘘の申請をし、余分に受け取るという行為が、会社の秩序を乱していることは明らかです。少額とはいえ、許しておいて全労働者が行えば、経営に影響しかねません。
交通費の横領については、けん責、戒告、減給など、退職を前提としない軽度の懲戒処分とするケースが多いのではないでしょうか。
しかし、横領した交通費の金額が多額であったり、注意を受けたにもかかわらず継続的に行っていたりといった悪質なケースでは、懲戒解雇、諭旨解雇など重度の懲戒処分が許されるケースもあります。
3.3. 労働者のその他の責任
懲戒処分や刑事罰など、交通費を騙し取ったり、横領したりした労働者の責任は当然のこと、それ以外にも、実際にだまし取った交通費は、会社に返還しなければなりません。
この交通費の返還は、民事上の返還義務であり、法律の専門用語では「不当利得の返還請求権」といいます。
つまり、本来よりももらいすぎた交通費は、故意であろうと過失であろうと、会社の計算間違いであろうと、結局は労働者から会社へ返還しなければならないわけです。
4. 再チェックでバレる交通費の間違い
会社は、労働者から交通費の申請があったときは、インターネット上の路線検索などを利用して、その申請が正しいかどうか、チェックをすることが一般的です。
しかし、さきほど解説した、交通費横領の手口からもわかるとおり、最初に申請をしたときに一度チェックしただけでは防げない交通費横領の手口もあります。
例えば、「引越ししたことを隠して、旧住所のまま交通費をだまし取る方法」、「申請をした後、一部の経路を徒歩や自転車通勤とする方法」の場合、最初の申請のときに会社が見破ることはできません。
しかし、会社側が、経費削減などの理由で、労働者の交通費申請を再チェックし、より安い経路への切り替えを指示したり、わざとだまし取った交通費の横領を発見したりするケースも少なくありません。
交通費横領は、今回の解説で説明しているとおり、企業秩序を乱すため懲戒処分の対象となったり、最悪のケースでは刑事罰が科せられたりする可能性もある、重大な違反行為です。
5. まとめ
今回は、労働者が会社から交通費をもらうときの注意点、特に、交通費の横領、騙し取り行為の、労働者側の責任について、弁護士が解説しました。
交通費を実際よりももらいすぎてしまうことは違法であり、故意に放置し続けた場合には、犯罪にもなりかねない危険な行為です。
交通費をもらいすぎてしまったときは、すぐに会社に申告をしたほうがよいでしょう。自身の行為の違法性に疑問がある労働者の方は、労働問題に強い弁護士に、お気軽に法律相談ください。