雇用契約書は、正社員にとっても重要な書類です。正社員は、社内で重要な役割を果たし、その責任は重大です。したがって、正社員こそ、雇用契約書によって契約内容を明らかにし、トラブルを未然に防ぎ、安心して働ける環境を整える必要があります。
しかし実際は、正社員でも雇用契約書が交わされないケースが少なくありません。労働契約は口約束でも成立しますが、雇用契約書がないと「言った言わない」の水掛け論になり、労動者の権利が守られず、労使トラブルに発展してしまう危険があります。
今回は、正社員に雇用契約書が必要な理由や、雇用契約書が交付されていない場合に正社員としてどのように対応すべきか、労働問題に強い弁護士が解説します。
- たとえ正社員であっても、雇用契約書の作成は法的な義務ではない
- 長期雇用を前提とし、責任の重大な正社員こそ、雇用契約書の作成が重要
- 正社員なのに雇用契約書が交付されないなら、労働条件を書面で確認する
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雇用契約書とは
はじめに、労働基準法における雇用契約書の扱いと、その注意点について解説します。
雇用契約書とは、会社と労働者の間で取り決めた契約内容を文書化したものであり、「どのような労働条件で働き、いくらの給与を受け取るのか」といった重要事項を記載した大切な書類です。
しかし、現実には、この大切な雇用契約書を作成しない会社も少なくありません。法律上、雇用契約書の作成が義務付けられているわけではないため、作成しないこと自体は違法ではありませんが、労働者にとって不利な状況であると言わざるを得ません。
雇用契約書は法的な義務ではない
雇用契約書を作成する際、会社が雛形を示し、労働者が署名・押印する流れが一般的です。つまり、雇用契約書は企業主導で作成されるものであり、会社が示さない限り、労働者が勝手に作ることはできません。しかし、法律上、雇用契約書の作成は義務ではありません。そのため、法的には「作成するかどうかは会社の判断に委ねられる」ことになります。
一方、労働基準法は、入社時に労働条件を明示する義務を会社に課しています(労働基準法15条)。この義務は、労働条件通知書で果たされる場合が多く、雇用契約書が必須とはいえません。
労働基準法15条(労働条件の明示)
1. 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2. 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3. 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
なお、会社が労働条件の明示を怠ると、30万円以下の罰金が科される可能性があります(労働基準法120条)。したがって、雇用契約書も労働条件通知書もいずれも存在しないなら違法です。雇用契約は口頭でも成立するため、書面が存在しなくても契約自体は有効ですが、トラブル防止のためには書面化が望ましいです。
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正社員の雇用契約書に関する実際の状況
「雇用契約書の作成は法的義務ではない」と説明しました。実態としても、正社員であっても、労働条件通知書だけで契約を済ませる会社は少なくありません。
しかし、雇用契約書を作成しないと、労使間で契約上の権利や義務が争いになったとき、書面化された取り決めが存在せず、トラブルの解決が難しくなってしまいます。一方で、契約社員やアルバイトのような有期契約では、雇用契約書を作成する会社が多いです。これは、契約期間や給与がトラブルの原因になりやすく、書面がないと会社に不利になるからです。
それなら、より重要な立場にある正社員こそ、雇用契約書を作る方が望ましいはずです。正社員の場合は特に、長期間にわたる雇用関係で、契約内容が変わる可能性があるため、雇用契約書を作成しておくことが非常に重要です。
なお、労働条件通知書は、労働条件を会社が一方的に明示するための書類であり、雇用契約書と役割が異なります。
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正社員こそトラブル回避のために雇用契約書を必ず作るべき
法的義務ではないものの、労務トラブルを未然に防ぐためには、雇用契約書の作成が非常に重要です。雇用契約書の主な内容は、次の2点です。
- 会社が労働者に対して、約束した給料を支払う義務
- 労働者が会社に対して、労務を提供する義務
雇用契約書を作成することで、労使双方が、記載された内容に基づいて義務を負い、権利を保障されます。権利義務は双方向に生じますが、特に、労働者にとっては「給与を受け取る権利」が最重要であり、その金額や支払条件を明確に定めた雇用契約書は、労動者が権利を主張するための強力な証拠になります。雇用契約書があることで、約束された給料の支払いが確実に保障され、未払いトラブルが発生するリスクを低減させることができます。
正社員は特に、雇用契約書の作成が、更に重要となります。
長期雇用が前提となる正社員ほど、労働条件は変動しやすく、雇用契約書が省略されやすい傾向にあります。また、試用期間中には雇用契約書がもらえず、本採用になってからしか交付されないケースもあります。しかし実際は、正社員の責任は重く、労使トラブルが起こりやすいもの。正社員こそ、紛争防止のために、雇用契約書を作る必要性は、非正規社員に比べても高いといえます。
なお、労働基準法13条は、労基法に違反する契約を無効とし、その部分については法律で定める基準によることを定めています。
労働基準法13条(この法律違反の契約)
この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。
労働基準法(e-Gov法令検索)
また、就業規則に違反する雇用契約書は、労働契約法12条によって無効となり、その部分について就業規則の基準に従うこととなっています。
労働契約法12条(就業規則違反の労働契約)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
労働契約法(e-Gov法令検索)
そのため、雇用契約書が法律や就業規則に反していないか、十分に確認することが必要です。違法な契約を強いられた場合には、労働者は保護されなければなりません。その場合、法律に基づく適正な残業代の支払いを求めるなど、自身の権利を主張することが重要です。悪質な場合は、会社に対して罰則が適用されるかどうかも検討しておくべきです。
労働者にとって、自身の権利を確実なものとするために、雇用契約書を締結するメリットはとても大きいものといえるのです。
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正社員が雇用契約書を作成する方法
次に、正社員の雇用契約書の作成方法について、労働者の立場で解説します。
雇用契約書は、会社がひな形を示すのが通常ですが、労働者も決して、受け身であるばかりではいけません。示された契約書に違法な点がないか、よく検討してください。
記載事項を確認する
まず、雇用契約書を詳細に確認し、情報が正確かどうか、吟味してください。
口約束でも契約は成立しますが、その条件を文書で明示したのが雇用契約書です。口頭の約束と異なった内容が書いてあると、後から争うのが難しくなってしまいます。そのため、労働者自身の期待や、必要とする条件を満たしているか、必ず確認してください。
雇用契約書で示される情報は、給料、労働時間や福利厚生など、労働者の関心ある事項が多いはずです。「どのような内容を記載すべきか」について法律上のルールがあります。
次の絶対的記載事項を書面で明示する必要があります(労働基準法施行規則5条)。
- 労働契約の期間
- 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準
- 就業の場所、従事すべき業務
- 始業及び終業の時刻
- 所定労働時間を超える労働の有無
- 休憩時間、休日、休暇
- 交代制で就業させる場合の取り決め
- 賃金の決定、計算及び支払の方法、締切り及び支払の時期
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
相対的記載事項もまた、制度として設ける場合は記載しておく必要があります。
- 退職手当の定めが適用される労働者の範囲
- 退職手当の決定、計算及び支払の方法、支払時期
- 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与、精勤手当、奨励加給、能率手当に関する事項
- 最低賃金額に関する事項
- 労働者に負担させる食費、作業用品など
- 安全衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰及び制裁に関する事項
- 休職に関する事項
なお、パートやアルバイトなど短時間労働者の場合、次の事項も明示しなければなりません(パートタイム・有期雇用労働法6条)。
- 昇給の有無
- 退職手当の有無
- 賞与の有無
- 雇用管理についての相談窓口
就業規則に記載された労働条件はそちらによるものとし、雇用契約書には具体的な条件まで記載しない例もあります。
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違法性がないか検討する
正社員といえど、法律知識は会社に比べて欠ける方も多いでしょう。雇用契約書が専門用語で書かれていて、法的な表現が理解できないなら、質問し、説明を求めるようにしてください。条項の表現など、細部が問題となって権利実現のハードルとなることもあります。違法性の検討には労働法の専門知識を要することも多く、弁護士に相談するのが有益です。
なお、雇用契約書は、労働条件通知書と兼用することができます。その場合「労働条件通知書兼雇用契約書」といった名称の書面を作成するのも違法ではありません。
条項の修正を要望する
会社から示された雇用契約書の案文は、労働者に不利な内容なこともあります。その場合、条項の修正を要望し、会社と交渉すべきです。自身の希望が反映されず、応募当初の条件と異なっているなら、遠慮してはいけません。正社員として入社すれば、無期雇用となるのが原則ですから、我慢していては退職まで後悔が残ってしまいます。
雇用契約書は法的な文書ですが、修正案はわかりやすい表現で目的を簡潔に伝えれば足ります。できる限り、労使の権利と義務のバランスがとれるよう、要求しすぎにも注意してください。
なお、修正に応じてもらえず、違法な契約書のままであったり、希望する労働条件とかけ離れていたりする場合には、そのままサインをしてはならず拒否しなければなりません。そして、そのような会社は、入社すべきでないブラック企業だといえます。
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雇用契約書に署名する
雇用契約書の内容に納得できたら、末尾に署名し、押印しましょう。
署名する行為は、労働条件について労使双方が合意に達したことを意味します。署名した後に「納得していなかった」と争うのは難しいため、慎重に対応しましょう。なお、サイン後でも入社を辞退したり、退職したりすることは可能です。
雇用契約書は、入社後の労働条件を定めるものなので、必ず入社前に交わす必要があります。
署名押印した雇用契約書は、原本または写しを必ず受け取り、保管してください。必要なときに、手元で確認ができないと、せっかく書面化した意味がありません。労働者が雇用契約書を保管していれば、紛争解決に必要な情報を入手し、会社の悪質な改ざんを防ぐことができます。
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正社員なのに雇用契約書がない時の対処法
最後に、正社員でありながら雇用契約書が交付されていない場合、労働者として自身の権利を守るために、以下の対処法を検討しておいてください。
会社に雇用契約書の作成を依頼する
まずは、会社に対して雇用契約書を作成し、交付するよう求めましょう。
雇用契約書を交付する習慣のない企業だったとしても、労動者から正式に依頼すれば対応してもらえるケースは少なくありません。雇用契約書がある方が、会社にとっても給与や労働条件についてのトラブルを防ぎやすいことを伝えて依頼するのが効果的です。
労働条件を確認する
雇用契約書がない正社員にも、労働契約は成立しているので、その労働条件を確認すべきです。雇用契約書が存在しないとき、次の資料によって自分の労働条件を確認することができます。
- 募集要項
- 採用面接時の社長の発言
- 採用選考過程における人事担当者の発言やメール
- 労働条件通知書
書面やメールなどの証拠で確認ができないときは、上司や人事担当者に連絡しましょう。雇用契約書がなくても、会社の把握する労働条件を説明させるのが有益です。このとき、労働条件に関する質問や回答はメモにとり、面談時の録音をするなどして証拠化しておきましょう。
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代わりの証拠を準備する
雇用契約書がない場合、労働条件を証明する証拠がなくなってしまいます。すると、会社が、法律に違反したり、約束した義務を履行しなかったりしたとき、請求するための武器がなくなってしまうことを意味します。
雇用契約書がない場合でも、労働条件に不満があるなら、会社と交渉しなければなりません。このとき、代わりの証拠として、労働条件通知書が役立ちます。メールやメッセージを記録したり、面談や会話を録音したり、証言者を集めたりする努力も有効です。また、会社に書面で労働条件を確認するよう依頼したり、面談を求め、その録音を残したりといった方法によって、雇用契約書に代わる証拠を確保することができます。
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労働基準法を確認する
労働基準法は、雇用契約書が用意されているかどうかにかかわらず適用されます。そして、労働基準法を下回る労働条件は無効です。そのため、不当な条件を押し付けられていないか、労働基準法を確認してください。
なお、労働基準法は、労働条件の明示を義務付けており、違反する会社には罰則が適用されることもあります。そのため、雇用契約書が交付されないとき、労働基準監督署に相談することができます。
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弁護士に相談して法的対応を検討する
最後に、労働条件の違法性が深刻なら、労働法を専門とする弁護士に相談ください。
雇用契約書の問題点を読み解くには、高度の専門性を要することがあります。弁護士から適切なアドバイスを受けることが、労働者の権利を守るサポートとなります。会社が雇用契約書の交付を拒否したり、違法な労働条件を押し付けてきたりする場合は、労働法に詳しい弁護士に相談し、法的対応を検討しましょう。
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まとめ
今回は、正社員の雇用契約書の重要性について解説しました。
雇用契約書の作成は、法的な義務ではないため、会社によっては、労働条件通知書で代用し、雇用契約書を作らないことがあります。正社員のように長期雇用が前提であると、契約の途中で労働条件が変更されるケースもあり、手間を理由に雇用契約書が省略されてしまうこともあります。しかし、法的な義務でないとしても、雇用契約書は労使トラブルを防ぐ重要な役割があります。長期間の勤務を予定する正社員こそ、リスクを減らすため、雇用契約書を作る必要性は高いです。
入社した会社が雇用契約書を作ってくれないとき、労動者から強く交付を求めるのが大切です。そして、契約書の形式でなくとも、労働条件を証拠に残す努力をすることが、自身の権利を守る手段となります。労働条件に不安や疑問を感じたら、ぜひ弁護士に相談してください。
- たとえ正社員であっても、雇用契約書の作成は法的な義務ではない
- 長期雇用を前提とし、責任の重大な正社員こそ、雇用契約書の作成が重要
- 正社員なのに雇用契約書が交付されないなら、労働条件を書面で確認する
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