離職理由が会社都合、自己都合のいずれかによって、受け取れる失業保険の額は大きく異なります。有利な「会社都合」という判断を得るのに成功すれば、失業保険を増額することができます。労働者の保護を要する一定の場合が「会社都合」に該当しますが、そのなかに、長時間の残業が続いたことを理由に退職したケースが含まれます。
雇用契約においては一定の残業が予定されています。そのため「残業が嫌で退職した」という離職の全てが会社都合になるわけではありません。36協定が結ばれ、雇用契約上の業務命令権があり、残業代が払われる適切な残業命令には、労働者は従う必要があります。「会社都合」の退職と判断されるのは、通常の想定を超えた長時間の残業が続くケースです。
今回は、残業を理由とした退職が「会社都合」と評価され、失業保険を増額できる要件について解説します。
「会社都合」と認められる長時間残業とは
「会社都合退職」の典型は、解雇です。ただ、解雇でなくても、会社の行為を原因として退職を余儀なくされるケースは多くあります。その場合に、労働者を保護する観点から、失業保険については手厚い扱いを受けることができます。
長時間の残業を強要されたのに適切な残業代が払われないと、労働者は金銭的な不利益を受けます。残業代が払われていても、心身の健康を壊し、うつ病や適応障害などの精神疾患にかかってしまうなど、健康面で深刻な不利益を受けます。そのため、長時間の残業を理由にした退職のケースでは、会社都合の失業保険を受け取れるようにすることで労働者を救済する必要があります。
「会社都合」の退職と認められる長時間残業は、次のケースです。
離職の直前6か月間のうちに
- いずれか連続する3か月で、45時間
- いずれか1か月で、100時間
- いずれか連続する2か月以上の期間の時間外労働を平均して、1か月で80時間を超える時間
の時間外労働が行われたため離職した者
事業主が危険若しくは健康障害の生ずるおそれがある旨を行政機関から指摘されたにもかかわらず、事業所において当該危険若しくは健康障害を防止するために必要な措置を講じなかったため離職した者
これらの基準は、下記の36協定の上限(限度時間)とも類似しています。つまり、36協定で定められた上限を越えるほどに残業をした結果、そのことが理由で退職したなら、会社都合退職の扱いを受けられる可能性が高いわけです。
なお、月80時間の残業は、通称「過労死ライン」と呼ばれます。月80時間を越える残業の結果、労働者が死亡してしまったとき、業務が原因の過労死であると認定されるという意味です。
過労死の原因が長時間労働にあったとしても、その症状や原因が目に見えないため判断が難しいものです。この点を救済するため、月80時間を超えて残業が続くケースでは、その死亡の原因が長時間労働にあると認定されることとなり、労災認定を下してもらえるのです。
「過労死の対策」の解説
長時間残業で退職して「会社都合」とされる具体例
次に、どのようなケースであれば長時間残業による退職が「会社都合」と判断されるのか、具体例を挙げて解説します。
36協定の上限(限度時間)を超える長時間労働による退職
会社が労働者に対し、「1日8時間、1週40時間」という法定労働時間を超えて残業を命じるには、会社と労働者の過半数代表者(または過半数組合)が、労働基準法36条に基づく労使協定(いわゆる「36協定」)を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
労働基準法上は、原則として残業は違法とし、36協定を締結した場合にはじめて残業が合法化されるものと定めています。36協定では、一定期間における残業できる時間を定めるものとしており、その記載できる労働時間には、労働基準法上の上限があります(以前は厚生労働省令で定められた目安でしたが、働き方改革関連法に伴う労働基準法改正によって法律に格上げされました)。
時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間
臨時的な特別の事情があって、労使が合意する場合には、特別条項によって原則の上限を超えることができるが、その場合であっても、次の条件を満たす必要がある。
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計について、2か月から6か月までの各平均がすべて1か月あたり80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6か月が限度
36協定の限度基準が、働き方改革関連法によって法律上の義務となった結果、これに違反すると「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰が科されることとなります。そして、これを超えて残業をさせられていた人が、長時間労働に耐えきれずに退職したという場合は、会社都合の退職と評価されて失業手当の面で優遇されるわけです。
「36協定の上限(限度時間)」「36協定違反の罰則と対処法」の解説
労働基準監督署の指示に違反した長時間労働による退職
違法な長時間労働が継続的にあれば、労働基準監督署からの助言指導、是正勧告がされる可能性もあります。しかし、助言指導、是正勧告で指摘されてもなお、改善のための措置をとらないブラック企業も後を絶ちません。コンプライアンス意識の低い会社の場合にも、「会社都合」の退職と認められることとされています。
こちらの要件で「会社都合」と判断してもらうには、「必要な措置を講じていない」という事実があるだけでは足りず、行政機関からの指摘を受けてもなお「1か月以内に改善しなかったこと」が要件とされています。
「労働基準監督署への通報」「労基署が動かないときの対処法」の解説
有利な失業保険を勝ち取るには残業時間の証明がポイント
本解説の通り、退職前の残業時間が長い場合、失業保険について会社都合という有利な判断が勝ち取れる可能性があります。
ただ、違法な長時間労働、残業代の未払いを放置する会社ほど、失業保険についても正しい法律知識をもとに対応してくれるとは限りません。本来なら、残業を理由として会社都合にすべきなのに、離職票をチェックしたら自己都合となっていた場合、会社と交渉して離職理由を修正してもらったり、ハローワークに異議申立てをしたりする必要があります。
このような方法で、争って会社都合の判断を勝ち取るには、退職前に違法な長時間労働があったことについて、証拠によって証明し、ハローワークに説明する必要があります。そのため、耐えきれず退職してしまう前に、残業時間を証明する証拠の準備は欠かせません。
証拠を集めて調査した結果、労働時間に見合った残業代が支払われていないときは、退職時に残業代を請求することも検討してください。
「残業の証拠」の解説
まとめ
今回は、長時間の残業が続くことを理由として退職した場合に、失業保険について「会社都合」の取り扱いを受けられることを解説しました。
長時間の残業が続いて耐えられないときは、我慢して心身の健康を崩さないようにしましょう。違法な残業を強要する会社からは、早く退職して逃げるべきなのは当然。そして、違法な長時間労働が続いている状態なら、そのことを理由に退職しても、会社都合退職として失業保険を多く受給できる可能性があります。
「残業時間が長すぎて辛いから辞めた」という人はもちろん、そうでなくても、退職時、自身の残業時間が長かったという場合には、会社都合の失業保険を勝ち取れる可能性があります。疑問のある方は、労働問題に詳しい弁護士に相談するのがおすすめです。
【失業保険の基本】
【離職理由について】
【失業保険をもらう手続き】
【失業保険に関する責任】