「労動者を雇用保険に加入させていなかった」という労働問題が生じることがあります。雇用保険は、失業保険の原資となる重要な仕組みなので、未加入だったことが発覚した場合、将来に失業保険給付が受けられないなど、思いがけないトラブルに見舞われるおそれがあります。
会社には、一定の条件を満たす全ての従業員を、雇用保険に加入させる義務があります。転職や退職のタイミングで未加入が判明すると、失業保険がもらえないという経済的な損失が生じる上、職業訓練などのサービスも受けられなくなります。失業保険で損しないために、雇用保険の未加入に早めに気付き、在職中に会社の責任を追及するなど、対策を講じる必要があります。
今回は、雇用保険に未加入だったときの適切な対処法と、失業保険で損をしないための会社の責任を追及する方法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 雇用保険の加入は会社の義務であり、未加入だと失業保険を受給できない
- 雇用保険の未加入に早めに気付き、保険料の後納・遡及によりリスクを軽減する
- 退職後に未加入が発覚したら、失業保険で損した分の責任を会社に追及する
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雇用保険の未加入とは
はじめに、雇用保険の未加入がどのような問題を引き起こすのかを解説します。
雇用保険は、労働者が失業した際の生活を支援するための保険制度で、国民健康保険と並ぶ「強制保険制度」の一つです。条件を満たす社員を雇用保険に加入させることは企業の義務であり、毎月の保険料を払うことで、労動者は雇用保険法に従った給付を受ける権利を得ます。特に、退職後の失業保険は、労動者にとって重要な支えとなります。
雇用保険の加入条件と会社の義務
雇用保険法は、雇用保険に加入できる条件を定めます。労動者は全て加入するのが基本で、正社員やパート・アルバイトや派遣など雇用形態を問わず、本人の意思と無関係に対象となります。ただし、被保険者とならない者(適用除外)は例外的に、この限りではありません。
適用除外となるのは、主に次の2つの要件を満たす者です。
- 1週間の所定労働時間が20時間未満である者
- 31日以上雇用されることが見込まれない者
その他に、学生や船員なども例外となります。これらの基準を満たさない限り、会社は労動者を雇用保険に加入させる義務があります(雇用保険法7条)。そして、加入義務の違反には、6ヶ月以下の懲役または30万円未満の罰金という罰則が科されています(雇用保険法83条)。雇用保険に未加入だと、失業保険を受け取ることができないという深刻な問題が生じるため、厳しい制裁があるのです。
退職後に、失業保険を受け取るには、原則として直近2年間で12ヶ月以上、雇用保険に加入している必要があります(会社都合の場合、直近1年間で6ヶ月以上)。そのため、失業保険を受け取れなくなってしまわないよう、入社したらすぐに加入してもらう必要があります。
「パート・アルバイトの雇用保険」「失業保険の手続きと条件」の解説
雇用保険に未加入だと労働者に大きな不利益がある
雇用保険に未加入だと、労働者は様々な不利益を被ります。雇用保険は、失業や休業によって収入が途絶える際に、労動者を保護するための給付を提供するからです。したがって、条件を満たすのに雇用保険の未加入としてしまうことは違法です。
離職票が交付されず失業手当を受け取れない
最も大きな不利益は、失業手当(基本手当)を受け取れないことです。
失業手当は、退職後の生活を支える重要な給付です。再就職までの間に生活に困窮しないよう労動者を補助する役割を担います。雇用保険に加入していないと、失業手当の給付条件を満たさず、給付を受け取れなくなってしまいます。
育児休業給付を受給できない
雇用保険に加入していると、育児休業中に育児休業給付を受け取ることができます。育休中に給与が減少するとき、一定割合の給付金を受け取ることで育児に専念できる環境を整える目的があります。しかし、雇用保険に未加入だと給付を受け取れず、育児に関する経済的なサポートが不足してしまうリスクがあります。
介護休業給付を受給できない
家族の介護が必要なとき取得できる介護休業中も、雇用保険から介護休業給付が支給されます。介護のために一定期間仕事を休む際の収入減少を補う仕組みですが、この場合も同じく、雇用保険に未加入だと給付を受け取ることができないリスクが生じます。
再就職手当や就業促進給付などを受け取れない
早期再就職を促進することを目的とした、再就職手当や就業促進給付といった雇用保険の給付も、未加入の場合には利用することができません。
「離職票が届かない場合」の解説
雇用保険の未加入が発覚するケース
前章のように多くの不利益があることから、雇用保険の未加入は、次の場面で発覚します。特に、転職や失業など、節目のタイミングで問題が顕在化しやすいです。できるだけ早く気付くことで対策がしやすくなるので、よく注意しておいてください。
- 失業保険の申請で発覚する
離職票が交付されないことで未加入が判明することがあります。失業保険をもらわず再就職した人は、加入履歴が必要になって初めて過去の未加入に気付く場合もあります。 - 育児休業や介護休業の申請時に発覚する
育児休業給付金、介護休業給付金などの申請の際に、雇用保険の加入が条件であるため、未加入であったことが発覚するケースがあります。 - 給与明細の確認で発覚する
給与から雇用保険料が控除されていないとき、雇用保険に加入していない可能性が高いです。給与明細に「雇用保険料」の欄がないときは未加入を疑いましょう。 - ハローワークでの確認で発覚する
給与明細で控除されていても、実際は雇用保険に加入していないケースもあります。この場合、ハローワークで加入状況を確認することで発覚します。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
雇用保険に加入しているかを確認する方法
雇用保険への加入状況を確認するには、給与明細やハローワークでの確認が有効です。
雇用保険に加入する資格があっても、会社が加入手続きを行わないと未加入の状態になってしまいます。悪意があって未加入のまま放置されるケースのほか、法律に無知だったり、単に忘れていたりする場合もありますが、いずれにせよ未加入のままでは失業保険を受け取れません。
退職後に「失業保険が受け取れない」となって初めて未加入が判明するという最悪のケースを避けるため、雇用保険に加入しているかを事前にチェックしておくのがお勧めです。
給与明細を確認する
雇用保険への加入状況を簡易に確認するには、給与明細を確認する方法が有効です。
雇用保険に加入する場合、労働者負担分の保険料は毎月の給与から控除されるのが通例です。給与明細には、毎月の給料と共に控除項目が記載されます。そのため、給与明細の「控除」欄に「雇用保険料」または「雇用保険控除」といった項目があるか確認することで、加入の有無を判断できます。毎月一定額が控除されていれば、通常は雇用保険に加入していると考えることができます。
ただ、雇用保険料を控除しても、実際は未加入であるケースもあるため注意が必要です。徴収された保険料が納付されておらず、会社経営などに不適切に費消されてしまう例もあるので、確実を期するため、次に説明するハローワークでの確認も併用すると安心です。
ハローワークに確認する
確実に、雇用保険の加入状況を確認するには、最寄りのハローワークで直接確認する方法がよいでしょう。ハローワークでは、身分証などの本人確認書類を提示して、雇用保険の加入履歴を教えてもらうことができます。保険料が給料から天引きされているのに、雇用保険に未加入だったという問題を防ぐために、公的機関であるハローワークに加入状況を確認しておくと不安が解消できます。
失業や転職といった、給付を要する段階になってからの確認では手遅れの可能性もあるため、雇用保険の加入状況に心配があるなら、定期的に確認しておくべきです。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
雇用保険の未加入が発覚したときの対処法
次に、雇用保険に未加入であると発覚した際、労動者が取るべき対応方法を解説します。
ここまでは、「雇用保険の未加入問題」を防ぐための事前対策について解説しましたが、実際に問題が起こってしまうと、労動者の不利益は非常に大きいです。知らないうちに未加入だったとき、発覚した後、どのように対処すべきかを知っておくことも大切です。
未加入を指摘して速やかに加入を依頼する
まず、雇用保険に未加入があると判明したら、社長や人事に指摘し、速やかに加入手続きをするよう依頼しましょう。意図的な未加入ではなく、単なる加入忘れや法律知識の無さによるものなら、強く要求すれば、加入してくれる可能性があります。
在職中に雇用保険に加入でき、その後の失業までしばらくの期間があれば、一定の加入歴を満たし、失業保険の受給には影響を及ぼさないようにすることができます。
雇用保険への加入は法律で義務付けられているので、会社が不誠実な対応をしたり、拒否したりするときは、弁護士名義で警告を送ってもらう方法が有効です。
「給料未払いの相談先」「未払いの給料を請求する方法」の解説
未加入期間の保険料を遡って納付するよう求める
会社が、要求に応じて雇用保険の加入手続きをしてくれても、それ以前の期間について未加入状態であることに変わりはありません。加入歴が不足し、直近2年間で12ヶ月以上(会社都合の場合、直近1年間で6ヶ月以上)の加入という条件を満たさないと失業保険がもらえないため、このリスクを回避するには、雇用保険の後納制度を利用する必要があります。
遡って雇用保険料を納付することによって、未加入期間を短くして、失業保険の受給するための条件を満たしやすくすることができます。
遡って支払うことのできる雇用保険料は、従来は過去2年までとされていました。その後、平成22年10月1日から、給与から雇用保険料が天引きされていたことが確認できる資料(給与明細や源泉徴収票など)を持参すれば、2年を超えた期間も遡って雇用保険の加入手続きが可能となりました。労動者としては、会社が協力的に、遡及して支払う手続きをするよう強く求めるべきです。
「失業保険は12ヶ月の加入が必要」の解説
失業保険の受給日数に損がないか計算する
過去に雇用保険に未加入があると、退職したときに失業保険の受給日数が減ってしまいます。失業保険の「最大受給日数」は、雇用保険の加入期間に応じた上限があります(雇用保険法22条)。
【特定受給資格者と特定理由離職者Ⅰ】
被保険者であった期間 | ||||||
1年未満 | 5年未満 | 1年以上10年未満 | 5年以上20年未満 | 10年以上20年以上 | ||
区分 | 30歳未満 | 90日 | 90日 | 120日 | 180日 | - |
30歳以上35歳未満 | 120日 | 180日 | 210日 | 240日 | ||
35歳以上45歳未満 | 150日 | 240日 | 270日 | |||
45歳以上60歳未満 | 180日 | 240日 | 270日 | 330日 | ||
60歳以上65歳未満 | 150日 | 180日 | 210日 | 270日 |
【自己都合退職者と特定理由離職者Ⅱ】
被保険者であった期間 | ||||||
1年未満 | 5年未満 | 1年以上10年未満 | 5年以上20年未満 | 10年以上20年以上 | ||
区分 | 全年齢 | 90日(※) | 90日 | 120日 | 150日 |
退職直前や失業後だと、保険料を遡って納付したとしても、雇用期間通りの失業保険を受け取ることができなくなってしまいます。
例えば、雇用期間が10年で、自己都合退職だった場合、本来なら120日の受給日数が得られるはずでした。しかし、未加入となっていて、遡って2年間のみ支払ったとすれば、加入期間は2年として計算され、受給日数は90日となってしまいます。
これに対して、同様のケースで、雇用期間が10年未満で辞める場合には、いずれにせよ受給日数は90日であり、遡及して2年分支払ってもらえれば、失業保険の受給日数は結局は変わらないこととなります。
このように、失業保険の未加入が発覚した際に、すぐ指摘して加入してもらい、「できる限りの遡及納付に会社が協力してくれたらどうなるのか」「それによって失業保険の受給日数に損がなくなったのかどうか」を計算しておく必要があります。
「自己都合と会社都合の違い」の解説
雇用保険の未加入の被害について会社に損害賠償請求できる?
最後に、雇用保険に加入させなかった会社の責任を追及する方法として、損害賠償請求の可否とその際の手続きについて解説します。
未加入が発覚しても、弁護士に相談すれば不利益を回避できることも多いです。早めに会社に適切な対応を促し、未加入のデメリットを最小限に抑えられるからです。しかし、悪質な会社は、雇用保険の未加入は巧妙に隠します。退職後に初めて未加入を知り、失業保険を受け取れなくなってしまった深刻な事態では、会社への責任追及を検討することとなります。
雇用保険未加入による損害賠償請求が可能
労動者を雇用保険に加入させることは企業に課された法的義務であり、未加入のまま放置することは重大な義務違反となります。判断はあくまで法令に基づいて行われるため、会社独自のルールや社風、業界の慣習よりも法律が優先され、雇用保険への加入を怠ることは違法です。そのため、未加入という義務違反によって労動者が本来受け取るはずの失業手当などが受給できなかった場合、損害賠償請求の対象となる可能性があります。
具体的には、未加入によって発生した失業手当の不支給などの経済的損失について、企業に対して、その補償を求めることができます。
債務不履行に基づく損害賠償請求を行う
雇用保険の未加入について、損害賠償請求を行う根拠は、企業の債務不履行にあります。
裁判例(大阪地裁平成27年1月29日判決)でも、雇用保険の未加入について、会社側に契約上の義務違反があるとして、損害賠償請求が認められています。裁判所の判断は、次の通りです。
「使用者は、労働契約の付随義務として、信義則上、雇用保険の被保険者資格の取得を届け出て労働者が失業給付等を受給することができるように配慮すべきである。そして、届け出を行なわなかった場合は、その行為につき債務不履行を構成するものというべきであり、雇用保険に加入していれば得られたはずの給付金と同額の損害が発生しているといえる」
大阪地裁平成27年1月29日判決
本裁判例によれば、雇用保険の未加入によって失業保険を受け取れなかった場合、その額を会社に請求できる可能性があります。正当な理由なく加入手続きをしなかったことに過失が認められる場合に、未加入によって得られなかった失業手当や育児休業給付などが損害額となります。
「裁判で勝つ方法」の解説
損害賠償の請求方法
損害賠償請求を行うには、第一に、会社に対して書面で請求をします。この際、未加入の責任について法律上の義務から説明した上で、受け取れなかった給付の額(損害額)を、正確に算出して記載する必要があります。請求を内容証明で送付することで、後の証拠として残すことができます。
会社が損害賠償請求に応じない場合、ハローワークや労働基準監督署に相談して、指導を求めることができます。あわせて、裁判所に訴訟を提起することも検討してください。裁判手続きは、労動者個人で対応するのは難しいため、労働問題に精通した弁護士に相談するのがお勧めです。
「労働基準監督書への通報」の解説
満額請求できるとは限らない
雇用保険の未加入が発覚したとき、会社への責任追及が可能だと解説しました。
しかし、全てのケースで、会社の責任が認められるわけではありません。また、失業保険の給付額、給付日数は、労働者の給料や労働状況、生活情報に照らして個別に決定されるため、必ずしも最大日数分だけ受給できるとも限りません。
そのため、損害賠償額も、失業保険の満額が認められるとは限りません。事後に責任追及できるからといって放置せず、やはり早めに未加入に気づき、対処することが大切なのです。
「会社を訴えるリスク」の解説
まとめ
今回は、雇用保険に未加入だった場合の対処法について解説しました。
雇用保険の未加入が発覚しても、焦らずに状況を確認し、必要な対応を行うのが大切です。在職中に判明すれば、保険料の後納制度を利用することで是正が可能であり、被害を軽減できます。毎月の給料から雇用保険料が差し引かれていても、「実は未加入だった」というケースもあるため、ハローワークでの確認も忘れずに行ってください。
万が一、退職後に未加入が判明した場合には、会社に対して責任を追及する必要があります。失業保険を受け取ることができないデメリットは非常に大きいため、早急に対応すべきです。
- 雇用保険の加入は会社の義務であり、未加入だと失業保険を受給できない
- 雇用保険の未加入に早めに気付き、保険料の後納・遡及によりリスクを軽減する
- 退職後に未加入が発覚したら、失業保険で損した分の責任を会社に追及する
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