会社が、退職するよう働きかけてくるとき、退職合意書にサインするよう求めてきます。しかし、退職合意書へのサインは、労働者の意思によるものでないかぎり、違法だと言わざるを得ません。強要されれば、違法なのは明らかです。
ブラック企業は、解雇をすると「不当解雇」といって争われることを理解しています。違法な「不当解雇」は無効になるリスクがあるので、労働者が自主的に辞めるよう仕向けてくるのです。このとき、労働トラブルになるのを避けるため使われるのが退職合意書の強要です。
労働者にとって、退職合意書へのサインは、とても勇気のいる決断です。納得し、メリットがある場合にしか、サインしてはいけません(なお、退職合意書は、「示談書」「誓約書」など、他の題名で作られても同じことが当てはまります)。
今回は、違法な強要で、退職合意書を書かされそうな方の正しい対応を、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 退職合意書の強要は、会社の都合でされるので、安易なサインは禁物
- 退職合意書にサインすべきか拒否すべきか、金銭的な条件もあわせて検討する
- 退職合意書にサインしたとき、取り消せないか法律知識を知っておく
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退職合意書とは
退職合意書とは、労使間で結ばれる、「合意して退職する」という内容の書面です。
労働者が会社を辞める方法には、次の3つがあります。
- 自主退職(辞職)
労働者側からの一方的な労働契約の解約 - 合意退職
労使の合意による労働契約の解約 - 解雇
会社側からの一方的な労働契約の解約
退職合意書はこのうち、合意退職によって会社を辞めるという意味があります。
なぜ、会社が労働者に退職合意書を書かせようとするのか。それは、会社にとってその方がメリットがあるからです。解雇の方法で辞めさせようとすると、正当な解雇理由がないと不当解雇となり、違法、無効になります。労働者に争われると、不当解雇は覆ってしまう可能性があるため、無理やり追い出すのではなく、退職合意書を書かせる形を取るのです。
退職合意書を書けば、後から「不当解雇だ」と主張して争っても、「辞めさせたのではなく、労働者も合意の上で辞めたのだ」と反論をされてしまいます。このような退職合意書によるリスク回避は有名で、悪質な会社ほど、サインを強要しようとします。退職合意書への署名は、自ら辞めると同意するに等しいため、絶対サインしてはいけません。
「退職強要の対処法」の解説
退職合意書を強要された時、拒否する方法
次に、退職合意書を強要された時の、労働者側の正しい対応について解説します。
退職合意書を強要されても、会社の悪意を理解したなら、そのまま流されてはいけません。違法な退職強要でも、労働者が同意すれば、後から争うのは難しくなってしまいます。
では、退職合意書を書かされそうになったらどうするか。正しい対応は、まずは拒否し、じっくり検討することです。退職合意書を隅々までチェックし、納得いかない部分が少しでもあるならサインしないよう心がけましょう。
退職合意書にサインしない
会社として、「辞めてほしいけど、解雇はしたくない」という場面があります。このようなずるい考え方で提案される退職合意書には、決してサインをしてはいけません。
解雇は、解雇権濫用法理の厳しいルールにより無効となる可能性があります。客観的に合理的な理由がなく、社会通念上も相当でないなら、違法な「不当解雇」となるからです(労働契約法16条)。そのため会社は、退職合意書にサインさせようと、あの手この手でプレッシャーをかけます。
退職合意書は、あくまで「合意」ですから、労働者にとっても拒否ができます。労働者が同意しない限り、会社の一方的な意思では、退職合意書は完成できません。会社の提案してくる書面は、会社にとって有利なようにできている可能性が高いので、心配な方は「まずはサインしないのが原則だ」と心して対応するようにしてください。
「解雇なのに退職届を書かされた場合」の解説
持ち帰って検討する
退職合意書は、すぐその場でサインをする必要はありません。持ち帰ってよく検討した上で、満足できる内容ならサインをするという対応で構わないのです。会社はその場ですぐ書くよう焦らせますが、適当に目を通しただけでサインをするのはやめましょう。
必ず、退職合意書の細部まで確認するようにしてください。会社にとって有利な条項は、逆にいえば労働者にとっては不利な内容になります。すぐにサインするよう強く迫ってくるケースほど、後ろめたい不利な条項が入っていると考え、労働者にとって不利な条文がこっそり隠されていないか、よく確認してください。
退職合意書の内容について交渉する
退職することに争いはないものの、退職合意書の内容に納得できないというケースもあります。このとき労働者側からも希望する条件を伝え、合意書を修正してもらう流れが良いでしょう。
通常のビジネスにおける契約書も、当事者いずれもが希望を出し、すり合わせするのが通常です。労使間でも同じで、労働者、会社それぞれが条件を出し、合意に至ってはじめて退職合意書を作成すべきです。労働者の要求を一切聞いてくれないならば、やはり、その退職合意書は、働く人にとって極めて不利な内容になっている可能性が高いです。
労働者から要求すべき内容は、例えば次のものです。
- 離職理由を会社都合にしてもらう
- 退職金を割増してもらう
- 未払いの残業代を清算してもらう
- 有給休暇の買い取りを要求する
- 在籍期間を伸ばしてもらう
- 守秘義務をつけてもらう
「退職したらやることの順番」の解説
意に反する退職は拒否する
退職を勧めるだけなら適法ですが、強い口調で精神的苦痛を与えるのは、違法なパワハラです。意に反する退職は、必ず拒否するようにしてください。
会社があまりに強く退職を強要し、労働者の言い分を一切聞かないとき、話し合いによる解決は困難です。拒否しても続く働きかけには、弁護士から警告をしてもらう手が有効です。
「明日から来なくていいと言われたら」の解説
弁護士に相談する
会社は、なんとしても退職合意書にサインしてもらおうと、様々な手を使います。退職合意書にサインした場合には有利な扱いをするという「アメ」。そして、サインを拒否するなら解雇にするなどの「ムチ」は、退職勧奨のよくある手口の1つです。
「解雇」と聞くと不安で、つい退職合意書を書いてしまう人もいます。しかし、その脅しは本当に実現可能なのかどうか、弁護士に相談しておくのが良いでしょう。労働問題に精通した弁護士なら、専門的な見地から、会社の言動に誤りがないか、違法な点がないかをアドバイスしてくれます。
本当に解雇できるほどの問題点があるなら、速やかに解雇すべきはず。それなのに、「退職合意書にサインしないなら懲戒解雇だ」など、労働者の法律知識が足りないのにつけ込み、強い口調で脅すようなとき、「不当解雇になるリスクが怖いのではないか」と気付けるはずです。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
退職合意書を拒否する時の注意点
次に、退職合意書を拒否するかどうか、検討すべきポイントを解説します。
退職合意書にサインするとき、労働者にとってメリットがなければなりません。むしろ、労働者側になにもメリットがないなら、退職合意書を書かせるのはあくまで会社の都合でしょうから、拒否するのが原則だと考えてもよいでしょう。
退職金がもらえるか
退職金が定められている会社なら、退職に合意すれば退職金をもらうことができます。退職金規程を確認し、いくらの退職金が請求できるかチェックしましょう。
退職金は、退職合意書に書かれていなくても受領することができます。ただし、退職合意書に、清算条項が記載されていると、他の債権債務を消滅させる効果が生じるので、念のため退職金について合意書に書いておくのがよいでしょう。働きかけに応じて辞めるなら、退職金を上積みしてもらえるよう交渉できることもあります。
「退職金を請求する方法」の解説
解決金がもらえるか
解雇すると「不当解雇」となるケースで、どうしても辞めてほしい時、解決金が払われることがあります。退職合意書でも、同じことが起こります。つまり「退職合意書にサインするなら、多めにお金を払って金銭解決してもよい」という提案です。
そのため、退職合意書を提案されたら、代償としていくら解決金がもらえるか、検討が必要です。特に、労働審判や訴訟などの法的手続きに発展したトラブルでは、このような金銭解決がよくあります。このとき、交渉は、不当解雇されたときの解決金の相場を見据えて行う必要があります。
給料・残業代に未払いがないか
退職合意書では、清算条項を付けるのが一般的です。つまり、「労使間に、合意書に書かれた以外の債権債務が存在しないことを確認する」という条項です。このような合意書にサインした後では、給料や残業代などを請求できなくなってしまいます。
したがって、退職合意書を検討する際に、給料・残業代に未払いがないか確認が必要です。無理やり退職合意書を書かせる会社では、残業代も適切に計算されていない危険があります。残業代の計算方法を正しく理解して、法律に従って損のない請求をしましょう。
「未払い賃金を請求する方法」の解説
退職理由が正しいか
会社から提案される退職合意書には、退職理由が書かれていることがあります。退職理由には、「自己都合」と「会社都合」の2つがあります。
大切なポイントは、退職合意書に書かれた理由が、正しいかどうか検討することです。自己都合、会社都合には、それぞれメリット・デメリットがあるからです。失業保険の受給という点で、労働者にとっては会社都合の方が有利です。自己都合だと2ヶ月の給付制限期間があるところ、会社都合では、7日間の待機期間が経過したらすぐに失業保険を受給することができるからです。
「会社都合だと転職に不利だ」と脅されるケースもあります。自己都合と書いた合意書にサインさせられそうになっても、従ってはいけません。
「自己都合と会社都合の違い」の解説
守秘義務を負うか
会社が提案する退職合意書には、厳しい守秘義務が書かれていることがあります。厳しい条項を見て、不安な労働者から、多くの相談が寄せられます。
労働者に、一方的に厳しい守秘義務を強制する合意書に、すぐにサインする必要はありません。退職合意書は、あくまで合意ですから、労使双方に守秘義務を課す内容とすべきです。なお、退職後でも、不正競争防止法の「営業秘密」を守る義務があります。
競業避止義務を負うか
競業避止義務とは、他の競合する企業に勤務しないことなどを約束する内容。この義務を定めた退職合意書だと、労働者にとって一方的に不利なのが明らかです。
そして、退職後の競業避止義務は、無条件に負う必要はまったくありません。例えば、代償金がもらえたり、時間的・場所的範囲が限定されたりといった内容でない限り、競業避止義務のついた退職合意書ならサインは拒否すべきです。
「退職後の競業避止義務」の解説
退職合意書にサインしてしまったら?
最後に、無理やりサインさせられた労働者の救済策について解説します。
退職強要の結果、退職合意書に無理やりサインさせられてしまっても、あきらめるのは早いでしょう。脅したりだましたりして退職合意書を書かせるのは、到底許されません。
退職合意書の効力を争う
退職合意書が、自分の意思に反するとき、民法のルールで取り消すことができます。民法には、意思表示の瑕疵について次の定めがあります。
これらにあてはまるなら、退職合意書にサインしてしまった後でも、取り消せます。取り消しを主張するには、退職合意書が違法な態様で書かされたという証拠が必要です。
取り消しを主張できるのは、例えば次のケースです。
- 狭い会議室に閉じ込められ「退職合意書を書くまで帰さない」といわれた
- 数名で取り囲まれ、退職合意書にサインするよう大声で怒鳴られた
- 退職合意書を書くよう、連日連夜、長時間いわれ続けた
- 「退職合意書にサインしないと懲戒解雇にする」と脅された
一旦書いてしまった退職合意書を取り消すなら、速やかに内容証明で通知しましょう。内容証明を使い、撤回の意思表示をしたことを証拠に残しておくことができます。時間が経つと、「同意していたのでは」「文句はないのでは」と思われてしまいます。労働審判や訴訟など、裁判所での判断も、有利にはなりません。
「誓約書を守らなかった場合」の解説
パワハラの慰謝料を請求する
退職勧奨が、違法な強要にまでなっているとき、それはパワハラといえます。強い口調で辞めるように言ったり、暴力をともなったりするケースが典型です。
このとき、退職合意書の問題とは別に、パワハラ問題としても対応をすべきです。強要の違法性について主張するのは「書かせた手段がパワハラだ」という主張と同じです。
退職合意書が取り消されれば、復職することとなります。ただし、不合理に合意書へのサインを強要された会社に、戻りたくない方も多いでしょう。このようなケースでも、精神的苦痛について慰謝料請求しておけば、会社に復職せず争う道もあります。
「パワハラの相談先」の解説
労働審判、訴訟で争う
すでに退職合意書にサインしてしまった場合、残念ながら、会社有利の状態からのスタートです。そのため、会社は容易には交渉に応じてくれません。せっかく書かせるのに成功した退職合意書を、簡単にはあきらめてくれないのです。
解雇すれば「不当解雇」となるケースでも、退職合意書さえあれば会社から追い出せるからです。会社が話し合いに応じてくれないとき、できるだけ早く法的手段による救済を受けるべきです。労働者側が争うにあたっては、訴訟よりも簡易に解決できる労働審判がお勧めです。労働審判であれば、3回以内の期日で、簡易、迅速かつ柔軟に解決できます。
「労働問題の種類と解決策」の解説
まとめ
今回は、退職強要において会社がよく提案する、退職合意書について解説しました。労働者側では、その重要な意味をよく理解し、軽い気持ちでサインしてしまわないよう注意を要します。
労働者を無理やり辞めさせようとする退職強要は、違法なパワハラ。強要にしたがって退職する必要はありません。当然ながら、退職合意書にもサインを強制されず、しっかり確認し、納得の上で進めてください。
会社のプレッシャーが強く、退職合意書を断りきれない方は、ぜひ弁護士にご相談ください。
- 退職合意書の強要は、会社の都合でされるので、安易なサインは禁物
- 退職合意書にサインすべきか拒否すべきか、金銭的な条件もあわせて検討する
- 退職合意書にサインしたとき、取り消せないか法律知識を知っておく
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