サービス残業は、法律上の義務である残業代を払わない違法な行為であり、放置する会社には大きな責任があります。特に、労働基準監督署に告発して刑事責任を追及することは、弱い立場にある個人が会社に対抗するための有効な方法となります。
しかし、多くの労働者が「告発すると職場での立場が悪くなるのではないか」「どのように告発すればよいか分からない」といった不安を抱え、行動に移せずにいます。
サービス残業を告発して一矢報いたい
労基署に告発したいがリスクが心配…
サービス残業を告発することは、強力な手段であるがゆえに、方法について細心の注意を払わなければなりません。将来起こりうるリスクへの対処が甘いと、後悔するおそれもあります。労働基準監督署への告発を匿名で行うなど、リスクを軽減する工夫も可能です。
今回は、サービス残業を告発する方法と具体的な手順、労働基準監督署に申告する際の注意点、リスクについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
- サービス残業の告発とは、法違反について外部機関に通報し、処罰を求めること
- 告発し、刑事事件化してもらえれば、違法な残業代未払いを抑止できる
- サービス残業の告発への報復を防ぐため、並行して弁護士に相談しておく
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サービス残業の告発とは
サービス残業の告発とは、違法な残業代未払いを、外部に通報することです。
残業代を払わずに、決められた労働時間を超えて働かせるのは労働基準法違反であり、違法です。このような不当な働かせ方を放置すると、会社は労働基準法違反の責任を負いますが、その最たるものが「刑事責任」です。
告発とは、法違反をしたことによる刑事責任を問うために、外部機関に違法な事実を伝えることを意味します。違法行為の刑事責任を追及する手段には、告訴、告発の2種類があり、次のように区別されています。
- 告訴
被害者が、犯罪の被害者など、告訴権を有する一定の範囲の人(告訴権者)が、加害者の刑事責任を追及し、処罰を望むことを目的として、捜査機関に申告すること。 - 告発
告訴権者以外の人が、加害者の刑事責任を追及するために外部機関に通報すること
※ 告訴も告発も、「犯罪事実を申告して処罰を求める」という目的は共通ですが、行為者が告訴権者であるか、それ以外かという点に違いがあります。
残業代の請求は、労働基準法に認められた労働者の権利なので、違法なサービス残業は、外部に告発すべき不正であることは明らかです。残業代の未払いには「6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」が定められており、悪質な場合には犯罪になります(労働基準法119条)。刑罰が下されるため、実際に残業をさせられた被害者なら「告訴」、他の同僚などの被害者以外の人でも「告発」をすることができます。無償で労働力を搾取された労働者は、声をあげなければいけません。
「サービス残業の違法性」の解説
サービス残業の主な告発先
サービス残業を告発するなら、その告発先を知っておく必要があります。違法な事実を伝えることのできる外部機関を知ることが、有効に告発を進めるためのポイントです。
主な告発先として考えられるのは、次の5つです。
労働基準監督署(労基署)
刑事事件の「告発」でイメージされるのは「警察」ですが、労働問題についての刑事事件は、労働基準監督署が扱います。労働基準監督署は、いわば「労働問題の警察」の役割を果たし、労働基準法など、刑事罰による制裁のある労働法に違反した場合に、逮捕・送検する権限を有します。
したがって、サービス残業を告発し、刑事事件化したいなら、労働基準監督署に連絡しましょう。労働基準監督署への告発は、法律上「申告」と呼ばれ、労働者の権利として認められます(労働基準法104条)。
労働基準法104条(監督機関に対する申告)
1. 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
2. 使用者は、前項の申告をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱をしてはならない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
「労働基準監督署への通報」「労働基準監督署が動かないときの対処法」の解説
労働組合
労働組合に告発するという手もあります。労働組合は、告発を受け、団体交渉を行ってくれる可能性があります。ただ、社内の労働組合は、事実上、会社寄りの考えをし、味方になってくれないおそれがあるため、社外にある合同労組(ユニオン)に相談するのがお勧めです。
「労働組合がない会社における相談先」の解説
内部通報窓口
勤務している会社内に、通報のための窓口が設置されていることもあります。法律用語で「内部通報窓口」と呼ばれるものです。よくある例は、パワハラやセクハラなど、ハラスメントの相談窓口です。ただ、サービス残業の告発は、内部通報窓口では解決できないこともあります。なぜなら、残業のトラブルは、全社的な改善が必要な、非常に大きな問題だからです。
「内部通報をもみ消されない方法」の解説
報道機関
法的な対応ではありませんが、報道機関も告発先の1つとして挙げられます。
サービス残業の告発を皮切りに大きなニュースになれば、会社へのインパクトも甚大です。裁判で勝つ前でも、会社として責任ある対応を迫ることができるでしょう。とはいえ、動いてくれるかどうかは、労働者側ではコントロールできません。
公務員のサービス残業の告発先
公務員には、一部の例外を除いて、労働基準法が適用されません。そのため、労働基準監督署は告発先としてふさわしくありません。
公務員がサービス残業を告発するには、担当する行政機関に連絡する必要があり、人事院の窓口、所属先の人事担当部局などが告発先となります。なお、次の職員は労働基準法が適用されるため、例外的に、労働基準監督署に告発できます。
- 地方公営企業の職員(例:水道事業の職員など)
- 単純労務職員(例:清掃職員、学校給食の職員など)
- 特定独立行政法人の職員
- 労働基準法別表第1第1号~10号および13号~15号に該当する職員(例:土木職員、病院職員、保健所職員など)
「サービス残業の相談窓口」の解説
サービス残業を告発するメリット・デメリット
次に、サービス残業を告発することのメリット、デメリットを解説します。
告発によってサービス残業がなくなるメリットがある一方、デメリットも存在します。デメリットの方が大きいケースだと、告発を控えたくなるのも当然です。
メリット | デメリット |
---|---|
残業の削減 コンプライアンス向上 | 軽視される危険 報復の危険 |
残業を減らすことができる
違法な残業が横行するのは、それが会社にとって得だからです。黙って許さず、告発する姿勢を示せば、残業代を払う必要が生じます。その結果、人件費の増加を嫌がる会社が、残業を減らしてくれるメリットが期待できます。
「残業代の計算方法」の解説
コンプライアンス意識を高められる
サービス残業の告発は企業のコンプライアンスを高められるメリットがあります。
労働者は目前の仕事に手一杯で、違法な労働を受け入れてしまいがちです。告発がないと不祥事が暴かれない悲惨な事態だと、気付かないうちに過労死など大きなリスクがあることもあります。告発しておくことにより、リスクを未然に防ぎ、労働環境を改善することができます。
「過労死を防ぐ対策」の解説
匿名だと軽視される危険がある
次章で解説の通り、告発は、実名でも匿名でもできます。ただ、匿名だと、軽視され、労働基準監督署などが動いてくれない危険があります。会社の人間関係や居心地を重視する気持ちは理解できるものの、サービス残業を告発せざるを得ない場面では、実名で、労働基準監督署に訪問するなど、解決の可能性の高い方法をとるべきです。
報復を受けるおそれがある
サービス残業を告発したのを理由に、懲戒処分や解雇など不利益な扱いをされることがあります。というのも、告発は、会社に対する「裏切り」「密告」というイメージがあるためです。社内の人間関係も悪化するおそれがあります。
とはいえ、そもそも告発するような違法状態のある会社に非があります。虚偽の告発をしたり、わざと評判を落としたり、秘密情報を漏洩したりしない限り、責められるいわれはありません。
「不当解雇に強い弁護士への相談」の解説
サービス残業の告発は法律で保護される
以上の通り、サービス残業の告発には、メリットとデメリットがあります。しかし、デメリットを不安視して告発をあきらめるべきではありません。労働法に違反する事実のあるとき、外部に告発する労働者は、法律の保護を受けることができます。
- 労働基準法104条2項
会社は、労働基準監督署に申告したことを理由に、労働者に対して解雇その他不利益な処分をしてはならないことを定めており、これに反する不当処分、不当解雇は違法であり、無効となります。また、同条違反については、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金による刑罰が課されます(労働基準法119条)。 - 公益通報者保護法3条、5条
公益通報者に対する解雇を無効とし、不利益な取り扱いを禁止している。
ただし、公益通報者保護法による保護を受けるには、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的のないこと(同法2条1項)、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する場合(同法3条2号)、通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合(同法3条3号)などといった要件を満たす必要があります。
公益通報者保護法では、次のような告発を重点的に保護し、特に不利益な扱いを禁じています。
- 同僚が過去に、告発を理由に解雇された前例がある
- 会社ぐるみで違法行為を行われ、証拠が隠滅されるおそれがある
- 過去にも告発されたことがあるが再発防止策がない
- 違法の事実を誰にも言わないよう会社から口止めされた
- 告発しなければ生命、身体に危険が生じる可能性が高い
これらの法的保護によって、告発を理由とした不利益な処分は許されません。むしろその処分は不当であり、解雇ならば「不当解雇」として撤回を求めることができます。法律を遵守しない会社が原因なのに、労働者に怒りを向けるのは見当違いであり、報復は許されません。
「報復人事の事例と対策」の解説
サービス残業を労働基準監督署に告発する方法
次に、サービス残業の告発を、労働基準監督署にする方法について解説します。
告発の事前準備
サービス残業の告発が、労働基準監督署に門前払いされないよう、事前準備が大切です。社内から見れば違反が明らかでも、労働基準監督署を動かすには証拠が必要です。まずは、事実関係を時系列に沿って整理してください。この際、次のポイントを押さえてまとめましょう。
- 給料、所定労働時間、休日などの労働条件
- 残業の実態(いつ、誰が、何時間の残業をしたか)
- 残業の必要性
- 残業についての会社の指示の有無
- 残業代の支払いがされたか、予想される会社側の反論など
そして、整理した事実を客観的に立証する証拠を集めます。特にサービス残業を告発するには、残業実態を把握できるタイムカードなどの証拠が重要です。
「残業の証拠」の解説
労働基準監督署への告発
準備が整ったら、労働基準監督署に告発します。サービス残業を告発する方法には、次の3つがあります。
- 電話による告発
- 労働基準関係情報メール窓口を通じた告発
- 対面による告発
電話や対面の場合には、就労先の所在地を管轄する労働基準監督署に連絡します。この際、単なる相談ではなく、是正勧告を求める「申告」である旨を伝えてください。資料を持参し、詳細に説明できる対面の方法が、最も動いてもらえる可能性を高められます。
告発後の調査などの流れ
勇気を出して告発をしたら、その後の流れについても把握しておきましょう。サービス残業の告発に成功すると、労働基準監督署は、次のように対応します。
違反の疑いがあるものの、告発の準備が不十分な場合などには、助言や再度の面談が提案されることがあります。
労働基準監督署が強制的に事業所に立ち入り、告発されたサービス残業の実態を調査します。予告なしの調査が原則とされ、責任者や社員へのヒアリングを実施します。
勧告や指導を受けた場合、会社は、指示された期限に、改善した旨の報告をしなければなりません。是正勧告によっても改善の見込みがないと、逮捕の可能性が高まります。
ただし、告発したとて、必ず調査してくれるとは限りません。労働基準法違反を申告する権利が労働者にあれど、全て調査する義務はないからです。
裁判例でも、申告は「労働基準監督官の使用者に対する監督権発動の有力な契機をなすべきものではあるが、監督官に、これに対応して調査等の措置を採るべき職務上の作為義務を負わせるものではない」と判断したもの(東京高裁昭和56年3月26日判決)があります。
違法性が軽微であったり、緊急性がなかったりすると、優先順位が低くなってしまいます。後回しにされないよう、告発内容の重大性を、証拠によってアピールする必要があります。
「是正勧告が無視された場合」の解説
サービス残業を告発する際の注意点
サービス残業を告発するときに注意すべきポイントを解説します。無用なトラブルを避けるためにも、よく理解してください。
退職後でもサービス残業を告発できる
労働基準法上、申告に期限は設けられていません。そのため、サービス残業の告発は、退職後にもすることができます。ただし、残業代の時効は3年のため、放置していると、残業代の請求はできなくなってしまうリスクがあります。
匿名でサービス残業を告発できる
サービス残業の告発は、匿名ですることも可能です。
具体的には、労働基準監督署へ、労働基準関係情報メール窓口から告発する方法が有効です。報復が心配なケースほど、匿名での告発がおすすめです。
告発したことは秘密にする
告発による不都合は、周囲に発覚してはじめて現実化します。そもそも、サービス残業を告発したとバレなければデメリットもありません。労働基準監督署や弁護士には守秘義務があり、告発者の個人情報を会社に伝えることはありません。
したがって、発覚するとすれば、労働者自身の行動が原因となります。決して、通報したことを不用意に周囲に話さない方がよいでしょう。告発という最終手段に出たなら、もはや周囲に愚痴を言う段階は過ぎています。法的に責任を追及する準備は、こっそり秘密裏に進めるべきです。
証拠がないときも告発をあきらめない
サービス残業を告発したくても、証拠がないケースもあります。しかし、証拠が十分でないとしても、あきらめてはいけません。
労働基準監督署は、労働基準法の違反について強制的に捜査する権限があります。動いてくれれば、労働者では集められない証拠を、会社の協力がなくても開示させることができます。
「裁判で勝つ方法」の解説
告発して報復されたら弁護士に相談すべき
告発を機に周囲の雰囲気が変わった場合、速やかに気づく必要があります。悪い兆候を感じたら、速やかに弁護士に相談ください。
残業にまつわるトラブルは、会社ぐるみの不正であるケースが多くあります。告発すれば、社長をはじめ会社から非難の対象となることも少なくありません。場合によっては、我慢して働いていた同僚が、敵になるケースすらあります。
告発をして報復されてしまうと、職場いじめの対象となったり報復人事を受けたりして孤立する危険があります。解雇という形で、一方的に排除されることもありますので、手遅れにならないうちに、労働問題に精通した弁護士に相談し、サポートを求めてください。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
まとめ
今回は、サービス残業の告発について、方法やリスクなどの基本を解説しました。
サービス残業の告発は、違法な残業代未払いに悩む労働者にとって有効な手段の1つです。サービス残業を告発すれば、会社に法令遵守の重要性を意識させることができます。しかし、方法を誤ると、時間と労力がかかるばかりで、期待した解決は得られなくなり、むしろ、企業秘密を漏らし、信用を傷つける危険すらあります。
告発の方法が不適切だと、懲戒処分されるなど、会社から報復を受けるおそれもあります。積極的な告発でブラック企業が減れば、社会全体にとっても良いことですから、労働法違反を告発することは、法律で保護されています。会社による不利益な取扱いで退路を断たれてしまう前に、ぜひ一度弁護士に相談してください。
- サービス残業の告発とは、法違反について外部機関に通報し、処罰を求めること
- 告発し、刑事事件化してもらえれば、違法な残業代未払いを抑止できる
- サービス残業の告発への報復を防ぐため、並行して弁護士に相談しておく
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【残業代とは】
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