ミスをして怒られても、適切な注意指導なら受け入れざるを得ません。「仏の顔も三度まで」とも言うように、優しい上司でも、悪いことをすれば怒られるのは当然です。
しかし、必要もないほど強い指摘や、不適切な注意はパワーハラスメントです。特に、みんなの前でミスを指摘されたら、違法なパワハラの可能性が高いです。改善の指摘はこっそりとできるので、嫌味や吊し上げといった悪意があるなら違法なのです。
悪いのは自分だが、みんなの前で言われるのは辛い
名指しで注意されたせいで仕事ができなくなった…
過剰なまでに怒る人には、いじめや吊し上げといった不当な動機のあることが多いもの。「部下のためを思って」と前向きに捉えられる場面ばかりではありません。頭では理解できても、感情が先行してしまうケースもあるでしょう。
人前で怒られた経験がトラウマになると精神的にも辛いでしょう。みんなの前でミスを指摘されたのを機に、職場いじめの標的になる人もいます。たとえミスや失敗があれど、注意の「方法」が違法ならばパワハラに該当します。この場合、違法行為に対しては慰謝料を請求することができます。限界まで我慢するのではなく、すぐに対策を練るべきです。
今回は、みんなの前でミスを指摘されることの問題点と対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- みんなの前でミスを指摘するのは不適切な注意の方法であり、パワハラになる
- 人前で指摘する合理的な理由があるなら、例外的に適法なケースもある
- 人前で怒られるなど理不尽な目にあったら、弁護士に相談して速やかに対処する
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みんなの前でミスを指摘されたらパワハラの可能性がある
注意や指導に適切な目的があるなら、まったく違法ではありません。厳しい指摘は、社員個人の成長だけでなく、会社の損失回避や将来の発展に繋がります。
しかし、注意指導が有益なのは、あくまで正しい方法で行われた場合に限ります。注意指導の目的を達するには、一対一で指摘をすれば足り、人前で辱める必要はありません。みんなの前でミスを指摘されるのは、対象となった者に大きなストレスや負担を与えます。そのため、人前で怒られたり、ミスを指摘されたりしたら、パワハラの可能性があります。
そもそもパワハラとは
そもそもパワハラは、職場における優越的な関係を利用した嫌がらせのことを指し、セクハラと並んで典型的なハラスメントです。厚生労働省の発表するパワハラの6類型にもある通り、身体的な攻撃だけでなく、精神的な攻撃もまたパワハラに該当することが明らかにされています。
今回解説する、みんなの前でミスを指摘する行為は、身体的な接触はありませんが、言動によってプレッシャーをかけるという点で「精神的な攻撃」に分類されます。パワハラの社会問題化を機に、労働施策総合推進法では、次のようにパワハラの定義が明確化されました。
労働施策総合推進法30条の2(雇用管理上の措置等)
1. 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
(……2項以下、略……)
労働政策総合推進法(e-Gov法令検索)
同法によれば、①優越的な関係を背景とした言動であり、②業務上必要かつ相当な範囲を超えて、③労働者の就業環境が害される行為ならばパワハラに該当します。
「パワハラにあたる言葉一覧」の解説
人前で怒る行為はパワハラの要件に該当する可能性が高い
前章において、パワハラの定義と要件を解説しました。そして、みんなの前でミスを指摘する行為は、これらの要件に該当する可能性が高いです。
- 優越的な関係を背景とする
ミスを指摘する行為が起こるのは、上司から部下に注意指導をする場面であり、まさに優越的な関係があります。注意が強いプレッシャーになるのも、上司からの指摘を聞かなければならないという上下関係、主従関係があるからです。 - 業務上必要かつ相当な範囲を超える
ミスを指摘すべき場面でも、注意される側の精神的な負担に配慮した方法で行うべきです。負担の少ないマンツーマンの指導でも同じ効果を得られるなら、あえて「人前で」するのは妥当でなく、業務上必要かつ相当な範囲を超えていると評価できます。 - 労働者の就業環境を害する
怒られたことでストレスを感じれば、労働環境は悪化するのは明らかです。
人前での注意は、された人の顔に泥を塗り、仕事をしづらくさせます。公然と指導する必要性や理由を説明できない限り、違法なパワハラといってよいです。その際にあわせて、怒鳴ったり罵声をあびせたり、人格否定したりすれば、当然ながら違法性は更に強まります。
「パワハラと指導の違い」の解説
みんなの前でミスを指摘する行為がパワハラだと判断された具体例
「みんなの前でミスを指摘されるのはパワハラの可能性がある」と解説しました。実際の裁判例でも、「人前かどうか」という点が、パワハラの成否に大きく影響した事案を紹介します。
例えば、東京地裁令和3年10月29日判決です。
本裁判例は、次の通りに示し、「個室に呼び出した」という事情が特に評価され、叱責の態様が不相当であったとはいえないと判断しました。
「上記叱責は確かにやや過激な文言を用いている面は否定できないものの、相手の人格を否定するような文言を用いたものではなく、叱責に当たり個室に原告、A及びBを呼び出すという一応の配慮はしていることも認められる。……(略)……以上を総合すれば、被告Y1の上記叱責の態様が相当でなかったということもできない。」
東京地裁令和3年10月29日判決
人前で同じように叱責していたら、違法なパワハラと認定された可能性が十分あります。なお、問題となった叱責が周囲に聞こえていたという事情もあったものの、それでもなお「個室に呼び出した」という配慮をした点を評価して、このような結論に至りました。
次の例が、東京地裁平成25年1月30日判決です。
顧客へのお茶出しが遅れた秘書に、厳重な注意をした事案です。発言内容が人格否定の程度のひどいものであること(例えば「自己愛が強い」「子宮でものを考えている」「不要な人間なのに会社にいられることに感謝していない」などの発言が認定された)だけでも十分パワハラですが、加えて、人前での注意である点が重大な要素として評価されました。
注意の方法が不適切かどうかは「人前であるかどうか」の点のみで決まるわけではありませんが、重要な一事情として、裁判例でも考慮される要素となっているのです。
たとえ些細な指導だとしても、執拗に人前で継続すればパワハラになる可能性があります。まして、人前であることに加え、かつ、大声で命令口調だったり、退職をほのめかしたりすれば、パワハラとなる可能性は更に上がります。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
例外的にパワハラに該当しないと判断される場合
次に、みんなの前でミスを指摘されても、例外的にパワハラにならないケースを解説します。状況によっては、人前での叱責をしてもやむを得ないケースがあります。パワハラではないと判断した具体的な裁判例も踏まえて説明します。
指導の目的があり、方法が著しく不相当でないとき
指導に熱が入り過ぎ、つい言葉遣いが荒くなることがあります。指導の目的があるならば、たとえ人前で行われても直ちにパワハラになるとは限りません。
例えば、上司の医師が、看護師や研修医の前で「おせえんだよ」「先生、救急対応やったことある?」と発言した事案(千葉地裁令和5年2月22日判決)。
裁判所は「その内容や発言された状況からみて、救急対応に遅さが見られた原告を指導するものと解され、発言の内容もそれ自体として著しく不相当であるとはいえない」とし、違法性を否定しました。
ただし、指導の目的があるとしても、方法が不相当と言えるほどひどくはなかったことが重要です。些細なミスなのに強く怒鳴ったり、執拗に人格否定したりする行為がパワハラなのは当然です。何度言っても注意が守られていなかったとしても「あえて精神的なプレッシャーを加えて言うことを聞かせよう」といった目的は妥当とは言えず、やはりパワハラになる可能性が高いです。
業務に高度の正確性や安全性が求められるとき
仕事のなかには、高度の正確性や安全性を要求される業務があります。一つのミスが人命に直結する医療業界などが典型例。そのような作業に従事する労働者は特に責任重大で、緊迫した場面では、やむを得ず、人前でミスを指摘するしかないシチュエーションもあります。
例えば、前述の千葉地裁令和5年2月22日判決は、医療現場における裁判例でした。
この裁判例においても、上級医から人前で罵倒された点が問題となりましたが、裁判所は、後期研修医として一定程度の手技をすることが当然期待される立場にあったことを考慮し、「指導の範疇を逸脱した違法な発言ではない」と判断しました。
工事現場や高所での作業など、安全面の観点から、その場で咄嗟に注意せざるを得ないとき、「人前であるかどうか」にまで配慮できない場面もあります。会社は、労働者に安全な職場環境を提供する義務(安全配慮義務)を負うところ、非常に危険な行為に対する指摘が遅れたことでミスや事故を引き起こしてしまうと、逆に安全配慮義務違反の違法行為となるおそれがあります。
「安全配慮義務」の解説
人前で注意や指導をする上司の心理とは?
次に、職場で、人前で怒る人の心理を解説します。
みんなの前でミスを指摘する上司の側にも理由があります。不適切な理由や言い訳に過ぎないことも多いものの、注意する側の気持ちも理解しておけば、対策を講じやすくなります。
恥ずかしい思いをさせて改善させたい
注意指導には少なくとも改善させようという目的があるはずです。人前で恥ずかしい思いをさせ、強いプレッシャーをかけようとするのが上司の意図です。嫌な思いをした方が内省させ、再発防止に繋げやすいと考えているからです。いわば「嫌われ役」を買って出て「荒療治」するわけです。
ただ、違法な手段ほど効果が強烈なのは当然のことで、いくら指導といえど、みんなの前で過度に嫌な思いをさせるのは許されません。
「職場いじめの事例と対処法」の解説
上司の威厳を保ちたい
プライドの高い人ほど馬鹿にされるのを嫌い、権力を誇示したがります。このような上司は、人前でけなすことで自分の威厳を保とうとします。自己の保身ばかり気にする上司だと、部下の立場になって考える余裕などなく、パワハラを起こして人を傷つけてしまいます。
「モラハラ上司の例と対処法」の解説
他の社員にも注意してもらいたい
多くの社員が間違えやすい典型的なミスもあります。よくあるミスを他の社員に知らせ、周知しておかないと会社全体の不利益に繋がります。周知が十分でないと、部下の数だけ注意することにもなりかねません。「よくあるミスの周知」が目的なら、人前で注意するのも仕方ないケースもあります。
ただ、この場合も、あくまで「周知」という目的に即した妥当な方法でする必要があります。この範囲を超え、社員個人の否定や吊し上げになれば違法なパワハラと言わざるを得ません。
「職場で無視されるのはパワハラ」の解説
社内の不満を解消させたい
注意されて当然の社員がいるのに、何も咎めず放置すれば部下の信頼は失墜します。チームメンバーの不満も増長し、和を保つのが難しくなるでしょう。こうした事態を回避すべく、人前で注意し、社内の不満を解消しようとする上司もいます。
この目的こそ、職場いじめを助長しやすいため、やはり違法の可能性が高いでしょう。「他の社員も不満を抱いている」というこじつけをしながら、自分の溜まったストレスを発散させたいだけで、ただ感情をぶつけている場合は、ブラック上司の典型例です。
「パワハラの相談先」の解説
人前で怒られた時の対策
次に、人前で怒られた時の対策を解説します。
パワハラにあたるなら放置は危険であり、適切な対処を要します。みんなの前でミスを指摘された状態で対応を誤ると、更に問題が悪化する危険があります。
言い返すのはNG!誤りは認めて謝罪する
人前で怒られた恥ずかしさが先行すれば、正しい指摘もすぐには受け入れ難いでしょう。言い返して、口喧嘩になれば相手の気持ちを逆撫でします。ミスの指摘の方法が誤っていても、被害が拡大することは避けなければなりません。
言い分があっても、指摘内容が正しければ、まずは改善の努力をするのが大切です。そして、人前で怒る行為がパワハラなら、「方法」の問題点は事後に争えばよいでしょう。その場で応戦し、冷静さを欠いた対応をすれば、相手に問題点があるかどうかの判断が難しくなってしまいます。理不尽に人前で怒られると、つい反発したくなるでしょうが、言い返していると、パワハラではなく、社員間の「喧嘩」だと捉えられる危険があります。
「職場での喧嘩でケガをしたら労災」の解説
正しいマネジメント方法を理解する
みんなの前でミスを指摘するのが誤っているとして、正しいマネジメントの方法はどのようなものかを理解してください。良い上司は、「ひそかに諌めて公に褒めよ」。つまり、褒めるときはみんなの前で、注意するときはこっそりと、というのが良いマネジメント手法とされます。
正しいマネジメント方法を理解することは、被害者の側でももちろんですが、上司の立場にある人にとっては自分が加害者とならないためにも大切なポイントです。
「パワハラだと訴えられたときの対処法」の解説
パワハラの証拠を集める
人前での注意がパワハラにあたる場合、できる限り多くの証拠を集めてください。パワハラの問題は、客観的な証拠が集めづらいもの。それでもなお信用性が高い証拠が、パワハラの録音です。
会議や朝礼などで、みんなの前で叱られ、吊るし上げるのが恒例になっている会社なら、パワハラが発生する時間や場所を予測でき、録音の準備をして証拠化しやすいです。人前での注意には必ず目撃者がいますが、他の社員があなたの味方になってくれるとは限りません。
「パワハラの証拠」の解説
会社に相談して対処を求める
人前で怒られたときの対策として、会社に対処を願い出る手が有効です。社内の相談窓口にパワハラを報告すれば、会社がヒアリング調査を実施してくれます。指導の範囲を超えると判断されると、異動や懲戒処分の対象となることもあります。
円満な解決を目指すなら、会社に仲裁してもらうのがよいでしょう。ただ、この方法はあくまで、会社自体には問題がないことが前提です。パワハラを放置したり、そもそも社長が加害者だったりする場合、社内の相談窓口では解決できません。
こうした社内の相談窓口では解決困難なケースでは、労働基準監督署など、社外の相談窓口の利用も検討すべきです。
「パワハラの黙認の違法性」「労働基準監督署への通報」の解説
問題のある上司から距離をとる
人前で怒られるのが常態化すると、うつ病を発症するおそれもあります。パワハラ上司から少しでも早く離れるに越したことはありません。限界が来る前に異動を申し出たり、休職したりする方法が考えられます。
休職の可否は、就業規則を確認してください。休職期間は、勤続年数などによって期間が定められることが多く、無給が一般的。休職中は傷病手当金をもらえますが、業務に起因する不調ならば労災申請をすべきです。
どうしても退職せざるを得ないときも、有利な条件による退職を目指しましょう。パワハラ上司が原因で辞めるなら、退職金の増額や会社都合などの良い条件を得たいものです。自身では交渉が困難なとき、弁護士に任せ、窓口になってもらえます。
「うつ病休職中の給料」の解説
慰謝料を請求する
パワハラにあたるような人前での不適切な注意は、不法行為(民法709条)に該当します。そのため、加害者に対し、慰謝料を請求できます。慰謝料の請求は、損害の補償だけでなく、今後の違法行為を牽制し、再発を防止する役割もあります。不適切な注意が業務の一貫としてされたなら、会社の使用者責任を追及することもできます(民法715条)。
弁護士に相談する
以上の法的な対応は、労働者だけでは困難なこともあります。むしろ自分で戦える人なら、みんなの前で吊るし上げられ、いじめられることもないでしょう。このような悪い状況を打開するのに、弁護士に相談し、味方になってもらうのが有効です。まずは初回の相談からはじめ、良い方法があるか、アドバイスを聞くのがお勧めです。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
人前で怒るのは違法だと判断した裁判例
最後に、みんなの前で怒ったことが裁判で争われ、違法と判断した裁判例を紹介します。いずれも、獲得できた慰謝料の額も合わせて参考にしてください。
会社代表者から他の従業員の面前で怒鳴りつけられた事案。
「何をしている、遅い、アルバイトの作業と違うだろ!」などと怒鳴ったほか、身体への暴行もあり、一連の行為について裁判所は、業務指導の範囲を超えた人格権侵害であると判断し、50万円の慰謝料の支払いを命じた。
生命保険会社の社員が、支社長から、他の社員がいる状態で、不告知教唆(保険加入者に告知義務違反を促す行為)をしたかどうか問いただされた事案。不告知教唆は、生命保険の職業倫理に反する不名誉なことだった。
裁判所は、この事実を問いただす必要があるとしても、誰もいない別室に呼び出すなどの配慮があって然るべきとし、その他の強い叱責も加味して違法行為であると判断し、300万円の慰謝料の支払いを命じた。
「裁判で勝つ方法」の解説
まとめ
今回は、みんなの前でミスを指摘されることの違法性について解説しました。
人前で怒られたり、注意されたりするのは、精神的な負担がとても大きいものです。たとえミスの指摘が妥当でも、その「方法」によっては違法になります。みんなの前でプレッシャーを与えるのは、一対一での注意指導に比べてパワハラに該当しやすいです。
誰もが鋼のメンタルを持っているわけではありません。失敗は誰にもあることで、吊し上げ、いじめの対象にするのは許されません。何度も同じミスをされ、怒りにまかせて注意する上司もいますが、違法なケースが多いでしょう。恐怖心を抱いたら、居心地が悪くなり仕事もままならなくなる前に対処してください。
企業としての対処が期待できない場合、退職し、会社に慰謝料請求することも検討すべきです。注意の仕方に疑問のある場合は、早めに弁護士にご相談ください。
- みんなの前でミスを指摘するのは不適切な注意の方法であり、パワハラになる
- 人前で指摘する合理的な理由があるなら、例外的に適法なケースもある
- 人前で怒られるなど理不尽な目にあったら、弁護士に相談して速やかに対処する
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【パワハラの基本】
【パワハラの証拠】
【様々な種類のパワハラ】
- ブラック上司のパワハラ
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