新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により緊急事態宣言が発出され、これにより「仕事が減った」という会社ではたらく労働者の中には、「会社から有給化の取得を強制された」という方もいます。
平時であっても、ブラック企業の中には「労働者に有給休暇をとらせたくない」という会社がありますが、緊急事態にかこつけて「有給休暇を強制的に取得させられた」といった法律相談は増えています。
また、新型コロナウイルスの影響で外出自粛の要請が強く、「有給休暇を取得したとしても、結局、無駄に過ごしてしまうのではないか」「新型コロナウイルスが収束した後のために、有給休暇は残しておきたい」「今、有給休暇をとってもどこにも遊びに行けない」と不満に思う人も多いことでしょう。
そこで今回は、新型コロナウイルスを理由に、会社が有給休暇を強制的に取得させることの違法性について、労使問題に強い弁護士が解説します。
「新型コロナウイルスと労働問題」の法律知識まとめ
目次
有給休暇の取得は強制できない
有給休暇は、労働基準法で定められた、労働者の心身の疲労を回復するための休息をとる権利であり、かつ、その休暇には賃金を支払ってもらうことができます。
有給休暇を取得することのできる日数は、一般の労働者の場合、勤続年数ごとに次のように決められており、最低10日以上とされています。
勤続年数 | 6か月 | 1年6か月 | 2年6か月 | 3年6か月 | 4年6か月 | 5年6か月 | 6年6か月以上 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
付与日数 | 10日 | 11日 | 12日 | 14日 | 16日 | 18日 | 20日 |
さらに、有給休暇をどのような理由で取得するかは問われません。これを「年休自由利用の原則」といいます。
つまり、有給休暇の取得はまさに「法的な」権利です。「権利」というのは、権利を有し、これを行使する人が「権利行使をするかどうか」も含めて自由に判断することのできるものであり、会社は労働者に対して、有給休暇の取得を強制することは違法です。また、労働者の同意なく休暇を勝手に有給休暇とすることも違法です。
特に、このたびのような新型コロナウイルスの非常事態でなくても、ゴールデンウィーク(GW)や夏季休暇などの大型連休に有給休暇をくっつけて、連休を延長しようとするケースがあります。このようなことを労働者が希望していればよいですが、「工場がとまってしまうから」「客足が遠のく業種だから」といった会社側の都合の場合、労働者の意思を無視した違法な取り扱いとなります。
有給休暇を強制できるケースでも、「新型コロナ」を理由にはできない
有給休暇は、労働基準法(労基法)にさだめられた労働者の権利ですが、実際には、法律上、会社が労働者に対して有給休暇を強制的に取得させることを認められるケースもあります。
それが、次に解説する「時季変更権の行使」「時季指定権」の行使の場合です。また、会社自体が休業してしまった場合のように、有給休暇を取得することが労働者のメリットとなる場合もあります。
ただし、これらはいずれも法律や裁判例で認められたケースであって、すくなくとも「新型コロナウイルスの非常事態」を理由にすることはできません。
時季変更権の行使
会社が、労働者の有給休暇をとる時季を決められるケースの1つ目は「時季変更権の行使」の場合です。
会社は、労働者から請求された時季に有給休暇を与えることが「事業の正常な運営」を妨げる場合には、「時季変更権」を行使して、その時季を変更することができます(労働基準法39条5項ただし書)。
ただし、権利である有給休暇を、すくなくとも労働者の望む日には取得できなくする制度であるため、「時季変更権の行使」は限定的に考えられています。対象となる労働者が事業の運営に必要であり、かつ、代替要員を確保することが困難である必要があります。
以上の「時季変更権の行使」の趣旨からして、「時季変更権」は、有給休暇の取得が業務に支障を生じることを理由とするものであって、新型コロナウイルスのような非常事態とか、「仕事が少なく、労働者を休ませたい」といった状況を想定したものでもありません。
時季指定義務
有給休暇は、原則として労働者がその取得日を選ぶことができますが、一方で、有給休暇の取得率を向上させることをねらいとして、2019年4月より、年10日以上の有給休暇が付与されている労働者に対して、年5日について会社が時季を指定して取得させることが義務となりました。
会社としては、有給休暇の「時季指定義務」を計画的に考えておかなければ、義務を果たすことができなかったり、1年の最後に駆け込み的に有給休暇をまとめて取得させることとなってしまったりといった不都合が生じます。
しかし、この「時季指定義務」の行使もまた、新型コロナウイルスのような非常事態を予定したものではありません。
会社は、「時季指定義務」を果たすにあたっては、労働者の意見を聴取し、その意見を尊重するよう努めなければなりません。有給休暇の消化率を上げることが目的であり、新型コロナウイルスのように仕事が減ったときにタイミングを見計らって労働者を休ませるために与えられた権利ではありません。
会社自体が休業してしまった場合
新型コロナウイルスの影響により、飲食店などの休業要請の対象となっている業種などでは、会社自体が休業してしまっている場合も少なくありません。
休業が「使用者の責に帰すべき事由」による場合には、休業をしている期間中も賃金の請求をすることが可能です。しかし一方で、新型コロナウイルスを理由とする休業の中には、上記のようにやむをえないケースもあります。このような場合、休業中の給与が支払われないケースがあります。
このようなケースでは、強制ではないものの有給休暇の取得を検討してみることがお勧めです。
有給休暇は「労働義務のある日に給与をもらいながら休む権利」であり、原則として、労働義務のない日に取得することはできません。しかし、非常時の中、休業中の給与がもらえないおそれがあるのであれば、せめて有給休暇の残日数分だけでも給与をもらって休ませてもらえないかどうか、会社にお願いしてみるのがよいでしょう。
なお、会社側にとっては、給与や休業手当(平均賃金の6割以上)を支払いながら休んでもらった場合には、雇用調整助成金による国からの補償を受けることができるという一定の補償があります。
新型コロナウイルスを理由とした有給休暇取得のデメリット
有給休暇は労働者の権利であり、取得日は労働者が自由に決めることができること、とはいえ、会社側から強制的に取得させることのできる場合がないわけではないものの、やはり新型コロナウイルスを理由として取得させることはできないことを解説しました。
最後に、新型コロナウイルスを理由として有給休暇を取得した場合の、労働者側のデメリットについて、弁護士が解説します。
新型コロナウイルス収束後の有給休暇が減少する
有給休暇は、労働基準法によって勤続年数が1年経過するごとに付与されることが定められています。
そのため、1年ごとにあらたな有給休暇の権利がもらえるわけですが、その時効は2年とされています。つまり、2年間使わずに放置しておくと、有給休暇は消滅してしまいます。
新型コロナウイルス禍の影響がいつまで残るかは不透明ですが、いま有給休暇を取得してしまった場合には、収束後に取得できる有給休暇が減少してしまうおそれがあります。
どこにも遊びに行けない
冒頭でも述べた通り、現在、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、すべての都道府県において外出の自粛要請が日に日に高まっています。
休暇を取って旅行や観光に行くことはもちろん、近所へ遊びに行くなどの不要不急の外出も極力控えなければならない状況です。そのため、せっかく貴重な有給休暇を取得しても、自宅で過ごすことが多くなり、利用目的が事実上制限されてしまいます。
有給休暇の利用目的は労働者が自由に決めることができるはずなのに、このように新型コロナウイルスという外的な要因によって利用目的が制限されてしまうとすれば、やはり有給休暇の取得には慎重にならざるをえません。
「労働問題」は、弁護士にお任せください!
今回は、新型コロナウイルスの感染拡大により増えている、会社が労働者に対して、有給休暇を強制的に取得させてしまうという問題点について、弁護士が解説しました。
有給休暇は、法律によって認められた労働者の権利であり、労働者が自由に取得日を決めることができます。そして、労働者側の利益を考えたときには、このような非常事態に有給休暇を取得したほうがよいケースとは、会社が休業してしまい休業手当すら出ないなど、とても限定的なケースに限られるはずです。
新型コロナウイルス禍は、これまで誰も経験したことのない未曽有の状況であることは、労使ともに同じです。労働者側としても、会社と協力して生き残るために、有給休暇の取得についてもしっかりと話し合いをし、納得のいく対応をしてもらうことが、今後のためにも大切です。
新型コロナウイルスにともなう労働トラブルでお悩みの方は、労働問題に強い弁護士にお気軽に法律相談ください。
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