退職者によるデータ持ち出しをめぐるトラブルは後を絶ちません。
顧客リストや業務資料など、「自分が作ったから」「転職に役立つから」といった理由で安易に持ち出した結果、損害賠償を請求され、最悪は罪に問われるケースもあります。
退職後のキャリアの中で、経験を活かすのは労働者として当然です。しかし、業務に関するデータは会社の所有物であり、無断での持ち出しは許されません。予想外に重い責任を負わないためにも、どのような行為が違法なのかを理解してください。
今回は、退職時のデータの扱いについて、注意すべき法律上のポイントを、労働問題に強い弁護士が解説します。
- データ持ち出しは不正競争防止法違反・業務上横領罪・窃盗罪のリスクあり
- 退職時に、私物と業務データを区別し、誤って持ち出さないよう注意する
- 不正なデータ持ち出しを疑われたら、速やかに弁護しに相談して対処する
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退職者によるデータ持ち出しの問題点

退職者のデータ持ち出しは、企業にとって重大なリスクを伴う行為です。
企業にとって社内データは、単なる「情報」を越え、競争力を支える重要な資産です。顧客リストや価格表、製品情報、営業戦略やノウハウなどが社外に流出すれば、悪用される危険もあります。
持ち出した社員が競合他社に転職すれば、流出した情報をもとに営業活動が行われ、会社の利益が損なわれます。取引先の信用を低下させ、取引停止や損害賠償といった深刻なトラブルにも繋がりかねません。
したがって、企業は、退職者によるデータ持ち出しに対し、厳しく責任追及します。「自分が作った資料だから」「学習目的だから大丈夫」と誤解する労働者も少なくありません。USBにまとめてコピーしたり、クラウド同期が自動でされたりなど、データの複製も容易なので、本人の自覚のないまま流出するケースもあります。「ちょっとだけ」「後で消すつもりで」という軽率さが、結果的に重大な情報漏洩の原因となりますが、悪意や自覚がなくても責任は免れません。
データの持ち出しに敏感な企業ほど、パソコンやサーバーの操作ログを記録したり、退職者の貸与PCのフォレンジック調査を依頼したりして、不正を早期に特定する体制を整えています。したがって、証拠は残るので、「バレないだろう」というのも甘い考えです。
「前職の顧客と取引すると違法?」の解説

退職者のデータ持ち出しは罪になる?(刑事責任)

次に、退職時の社内データの持ち出しが、「罪になるか」を解説します。
退職時のデータ持ち出しは、刑法や不正競争防止法、不正アクセス禁止法などに違反し、複数の罪に問われるおそれがあります。思わぬトラブルへ発展しないよう注意してください。
不正競争防止法違反
不正競争防止法は、「営業秘密」に関する不正行為について刑事罰を定めます。
具体的には、不正の利益を得る目的で営業秘密を取得・開示・使用した場合に、10年以下の懲役または2,000万円以下の罰金(法人は5億円以下の罰金)が科されます。
営業秘密とは、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②事業活動に役立つ情報であること(有用性)、③一般に知られていないこと(非公知性)の3つの要件を満たす情報です。例えば、顧客名簿や価格表、業務マニュアル、技術資料などは、「営業秘密」となる可能性が高いです。
営業秘密を記録したファイルを退職時にUSBへコピーしたり、メールで自分宛てに送信したりする行為は、不正な取得に該当するおそれがあります。
「退職後の競業避止義務」の解説

業務上横領罪・窃盗罪
業務上の重要なデータは、企業の所有物に記録されるのが通常です。
退職時に、重要なデータが保存された媒体(USB、社用PC、ノート、紙資料など)を無断で持ち出す行為は、業務上横領罪や窃盗罪に該当するおそれがあります。
業務上横領罪は、業務上預かる会社の物を横領した場合に成立する犯罪で、10年以下の懲役が科されます(刑法253条)。他人(会社)の財物を窃取した場合、窃盗罪が成立し、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金となります(刑法235条)。横領と窃盗の違いは「物を占有していたかどうか」であり、例えば、貸与された資料を持ち去れば「横領」、保管庫や共有スペースに置かれた資料を持ち出せば「窃盗」というように区別されます。
なお、業務で作成した資料やメモ、ノートなどは、たとえ従業員が書き留めたものでも、業務遂行のために作成した以上、会社の所有物とされるのが通常です。
「横領冤罪への対応」の解説

不正アクセス禁止法違反
不正アクセス禁止法は、不正なアクセスを禁じる法律です。
退職後に、以前使っていたアカウント(メールやクラウド、業務システムなど)、IDやパスワードを利用して無断でログインした場合、不正アクセス禁止法違反として刑事罰の対象となります。
私用端末でパスワード削除せず、認証情報を保存したままログアウトしていなかったなど、退職後に自動的にアクセスしてしまうケースもあります。
退職後にクラウドストレージの同期設定が放置されていたり、社用メールを閲覧したりすると、重要なデータが外部に漏洩する危険が高まります。重大なトラブルが起こった後になって「アカウントを消し忘れていた」という言い訳は通用しません。
「会社を退職したらやること」の解説

著作権法違反
業務の一環として作成した資料やマニュアル、ソースコードなどの著作物は、特段の定めのない限り、会社に著作権が帰属するのが原則です(いわゆる「職務著作」、著作権法15条)。
したがって、たとえ自分で作成したものでも、自由に使えるとは限らず、退職者による無断利用は著作権侵害に該当するおそれがあります。例えば、PowerPoint資料やマニュアル、仕様書などを持ち出し、転職先で利用したり、独立後の業務に転用したりすると、著作権侵害となり、前職から損害賠償や差止の請求を受けてしまいます。
「会社から損害賠償請求されたら」の解説

不正指令電磁的記録供用罪
いわゆる退職時の嫌がらせは、軽い気持ちでも重大犯罪になります。
悪意をもって、社内システムにウィルスなどの不正プログラムを仕込んだり、削除コマンドを残して業務に支障を与えたりすると、不正指令電磁的記録供用罪に該当します。意図的なシステム改ざんやログの削除も、法的責任を問われるリスクがあります。
不正指令電磁的記録供用罪とは、システムに障害を与えるプログラムを作成・提供・実行した場合に成立する犯罪です。退職時の不満から、意図的にダメージを与えようとする、いわゆる「リベンジ退職」はこの罪が成立する危険があります。
データ持ち出しで損害賠償請求される?(民事責任)

退職時にデータを持ち出す行為は、刑事罰だけでなく、民事上の責任(損害賠償請求)を追及されるおそれもあります。
不正競争防止法で保護される「営業秘密」を退職後に持ち出した場合、その不正取得や使用、開示を理由に損害賠償を求めることができます。
就業規則や入退社時の誓約書で守秘義務を定める企業では、誓約書違反を理由として損害賠償請求をすることも可能です。
実際に損害を被った企業が、退職者個人に損害賠償請求訴訟を起こすケースもあります。情報が重要であるほど損害は高額になり、ケースによっては数百万〜数千万円規模の裁判となることもあります。
退職後にライバル企業で働くことを制限する「競業避止義務」を課した誓約書にサインした場合、破って転職すれば損害賠償を請求されるリスクが高まります(なお、退職後の競業避止義務の有効性は、制限の内容や期間、地域が適正かどうかで判断され、過度な制限は無効となります)。
損害額は企業側が立証する必要があり、例えば、次の要素が考慮されます。
- 流出した顧客の数
- 減少した利益の額(逸失利益)
- 情報漏洩の対応のために要した人件費
- 弁護士費用や調査費用
合わせて、会社が退職者や転職先に差止請求をして、これ以上の使用を止めようとする例もあります(緊急時は「仮処分」が利用される)。これらの争いは退職者本人だけでなく、転職先企業にとっても大きなリスクになります。
なお、会社は精神的苦痛がないので慰謝料は生じないのが原則ですが、経営者個人への名誉毀損などがあった場合には認められるケースもあります。
「仕事をバックレたら損害賠償を請求される?」の解説

退職者のデータ持ち出しが増える理由

退職時に、データが持ち出される問題が起きる背景には、いくつかの理由があります。
- 転職が一般化した
終身雇用が崩れ、転職が当たり前になり、過去の実績や参考資料を手元に残したいと考える人が増えています。自分が関与した資料だと「持ち出しても問題ない」と誤解しやすい傾向があります。 - リモートワーク・クラウド化の普及
在宅勤務によって業務データが社外の端末やクラウド環境に保存される機会が増え、情報管理は以前より難しくなっています。労働者側でも、個人のPCやスマートフォン、ストレージに保存されているのに気付かないこともあります。 - 退職時の労務管理の不備
退職時は労使トラブルが起こりやすいです。労働者がこれまで我慢していた不平不満を噴出させるからです。退職前は、業務の引き継ぎや手続きが重なるため、情報管理まで手が回らず、不正な持ち出しが見落とされることもあります。 - 情報管理教育の不足
企業側で、情報管理の教育を徹底し、「どのような行為が違法なのか」「どこまでがOK」なのかを判断できるようにすべきです。
このように、退職時のデータ持ち出しは「うっかり」や「軽い気持ち」で起こることが多いです。労働者が思っているよりも会社の損害が大きく、刑事罰を科されたり訴訟を提起されたりなど、トラブルになりがちです。
「労働問題の種類と解決策」の解説

データ持ち出しの責任を追及されないための退職時の注意点

次に、退職時にデータの扱いを誤り、責任追及を受けないための注意点を解説します。
業務で扱う情報は、基本的には会社の資産であり、持ち出すことはできません。労働者としては、「使えるかどうか迷ったら持ち出さない」という意識で、線引を徹底すべきです。
退職前に誓約書や就業規則を確認する
まず、自身がどのような義務を負うか、就業規則や誓約書を確認しましょう。
コンプライアンス意識の高い企業は、入社時・退職時に守秘義務や情報管理に関する誓約書への署名を求める例があります。退職後も競業避止義務が課される場合、転職後の業務内容が制限されるため、入念に確認しなければなりません。
内容が理解できないときは、人事担当者や弁護士に相談しておくと安心です。
「退職合意書を強要されたら違法」の解説

私物と業務データを区別する
退職時には、私物と業務データを明確に区別しておくべきです。
リモートワークの普及により、持ち帰って作業することが増えましたが、私物フォルダの中に業務データが紛れていると、データ持ち出しとみなされる危険があります。
退職前には業務メールや社内チャットの履歴を確認し、私物端末にコピーや自動保存されたデータが残っていないかもチェックすべきです。
「退職の引き継ぎが間に合わない時」の解説

持ち出しリスクの高い行為は控える
次に、社内データの持ち出しを疑われるような行為は控えましょう。
例えば、自分宛てに資料をメール送信したり、USBに大量のデータを一括してコピーしたり、共有フォルダを自宅端末と同期したりする行為は非常に危険です。漏洩のつもりはなく、日常業務の延長だとしても、退職のタイミングで不審な動きをすれば疑われても仕方ありません。
どうしても手元に残したい資料がある場合、会社の許可を得るのが安全です。
一部の顧客について退職後の対応を指示されるなど、データの持ち出しが必要となるケースもあります。利用目的や範囲を明確にすれば、許可を得られる可能性もあり、退職後のトラブルを回避できます。
「副業禁止はどこまで許される?」の解説

自分が作成した資料も会社の財産
ここまでのリスクは、「自分が作った資料だから」と反論しても通用しません。
従業員が作成しても、業務に使われるなら、権利は会社に帰属すると考えられます。例えば、業務用の情報やデータが、会社所有の端末に保存される場合、その端末の所有権は会社にあります。また、資料やマニュアル、ソースコードなどの著作権も、「職務著作」として、特段の定めのない限り会社に帰属するのが原則です(著作権法15条)。
個人的に転用できるかどうか、判断に迷う場合、資料に会社固有の情報が含まれていないかを基準に入念にチェックすることが大切です。社名や顧客名、販売価格など、労働者にとってはさほど重要視していなかった情報も、企業にとっては重要な秘密となることも多いものです。
「懲戒解雇を争うときのポイント」の解説

会社に返却するものを明確にする
退職時に会社に返却すべきものも明確にしておきましょう。
PCやスマホ、USB、書類、社員証などの貸与物のほか、業務用アカウントのアクセス権限(IDやパスワード)など、目に見えないものも返却対象となります。抜け漏れを防ぐため、返却リストを作成し、返却が完了した際には書面やメールで返却済みであることを記録することで、後日の誤解やトラブルを避けられます。
「退職時の貸与品の返却」の解説

不正なデータ持ち出しを疑われたら?
次に、不正なデータ持ち出しの疑いがあると指摘された場合の対応を解説します。
退職前後に争いになるケースもあれば、退職後しばらくして会社から通知が届く場合もあります。リスクの高い行為なので、疑われたら、たとえ事実と異なるとしても速やかに対処すべきです。
会社から通知が来た場合の初動対応
退職時のデータ持ち出しのトラブルは、会社の通知から始まることが多いです。
会社から、不正を指摘する通知が届いたら、必ずやり取りを記録しましょう。まず、どのデータに関する持ち出しを主張するのか、会社側の考えを把握した上で、説明や反論を準備します。事実と異なる指摘や会社の誤解なら、感情的にならず、冷静に説明すべきです。
弁護士からの内容証明が届いたときは、放置すると訴訟や仮処分といった法的手続きに移行する可能性が高いため、身に覚えがなかったとしても無視せず、必ず対応してください。
「退職後の呼び出しは違法?」の解説

速やかに弁護士に相談すべき
データの持ち出しに関する責任は重大なので、必ず弁護士に相談して対処しましょう。
データ持ち出しが事実と異なる場合でも、会社が訴訟提起に踏み切る可能性があります。「バレないだろう」と甘く見ていると、最悪は刑事告訴され、逮捕されてしまう危険もあります。
労働問題や刑事事件を豊富に取り扱う弁護士に相談して、会社の通知への回答書の作成から交渉、和解や示談といった一連の流れについてアドバイスを受けるべきです。話し合いを進めた結果、一定の賠償を行うにせよ、金銭の支払いなく終了する場合も、後の証拠とするために示談書や合意書などを作成しておいてください。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説

不当な請求や嫌がらせへの対処法
退職時のトラブルの中には、会社による不当要求や嫌がらせのケースもあります。労使の感情的な対立が激化し、事実と異なる主張をされたり、過剰な要求をされたりするおそれもあります。
このような場合でも、事実と異なるからといって放置するのは不適切です。また、会社に対して報復したり反発したりすると、かえってトラブルが拡大するのでお勧めできません。相手が不誠実な場合ほど、一人で抱え込まず、弁護士に相談するのが最も安全な方法です。
「ヤメハラを受けたときの対処法」の解説

退職者のデータ持ち出しのよくある質問
最後に、退職者のデータ持ち出しに関するよくある質問に回答しておきます。
退職後に顧客から連絡が来たら?
退職後に、前職の顧客や取引先から連絡が来ることは珍しくありません。
信頼の賜物かもしれませんが、在職中に得た社内情報は話さないのが無難です。たとえ好意的な連絡や退職の挨拶でも、相手は情報を引き出そうとしている可能性があります。
転職後に同じ顧客と取引する可能性があるときは、転職先の方針に従って対応します。ただ、前職の情報を流用すると不正競争防止法違反とみなされ、最悪は企業間のトラブルに発展します。
連絡内容が単なる挨拶か、業務に関わる依頼なのかでも対応は変わるので、どこまで応じるべきかは慎重に見極めてください。
「有給消化中に次の仕事を始めてよい?」の解説

転職先で似た業務をするのは問題ない?
退職後、前職と同じ分野で転職すること自体は違法ではありません。
労働者には「職業選択の自由」があり、専門性や経験を活かしてキャリアを積むのは自然なことです。ただし、就業規則や退職時の誓約書で「競業避止義務」を負う場合、転職や起業が制限される可能性があります。
知識や経験、スキルを活かすのは問題ないものの、前職の営業秘密を元に業務を行えば、不正競争防止法違反となります。自分の中の知識と、会社に帰属する情報の線引きを意識してください。
「誓約書を守らなかった場合」の解説

会社側が取るべき予防策は?
退職者によるデータ持ち出しを防ぐには、企業側の対策も欠かせません。
その土台となるのが就業規則や誓約書の整備であり、守秘義務や情報管理ルール、競業避止義務などを明記し、労働者に周知します。物理的にも持ち出せないよう、貸与PC・スマホなどの端末回収、メールやシステムへのアクセスの停止やアカウント管理を徹底し、退職者による不正を防ぐべきです。
不審な操作をすぐ検知できるよう、ログを取得し、監視することも重要です。守秘性の高い業務に従事する社員には、USBやネット接続を制限したり、社外へのデータ転送を禁止したりすることも検討すべきです。
いわゆる「リベンジ退職」は、労働者の不満によって起こることが多いので、最終的には、労使間の信頼関係の構築こそ、根本的な対策となります。
まとめ

今回は、退職時のデータ持ち出しの問題点について、労働者側の視点で解説しました。
退職時のデータ持ち出しは、刑事罰や損害賠償といった重大な法的責任を問われます。「自分が作った資料だから」「個人の学習用だから」といった甘い考えが、思わぬトラブルを招くのです。
クラウドサービスや私物端末の活用(BYOD)により、無意識に社内データを持ち出すリスクも高まっています。会社が「業務データを流用されたくない」「企業秘密の漏洩は許さない」と考えるのは当然で、退職時の誓約書など、対策を徹底する企業ほど、厳しく責任追及をします。
万が一、退職時のデータ持ち出しに関連するトラブルに巻き込まれそうになったら、労働問題に精通した弁護士に早めに相談してください。
- データ持ち出しは不正競争防止法違反・業務上横領罪・窃盗罪のリスクあり
- 退職時に、私物と業務データを区別し、誤って持ち出さないよう注意する
- 不正なデータ持ち出しを疑われたら、速やかに弁護しに相談して対処する
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