給料未払いは、労働者にとって深刻な問題です。未払い分を取り戻すため、労働審判や訴訟といった裁判手続きを選択すべきケースも少なくありません。
一方で、「給料」は、労働者に保証された重要な権利ではあるものの、「裁判を起こせば必ず勝てる」とは限らないのが現実です。実際は、証拠が不十分だったり請求のタイミングが遅かったりといった理由で、事実として働いていても請求が認められず、裁判に負けるケースもあります。
労働者として、正当な権利を取り戻すには、給料未払いの裁判で負ける理由を知り、リスクを理解して対策を講じることが重要です。
今回は、給料未払いの裁判で負けるケースとその理由、対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 給料未払いの裁判で負けるケースは、法的に分析すれば「負ける理由」がある
- 給料未払いの裁判で負けないために、事前の証拠集めを徹底すべき
- 訴訟にかかる費用と期間をあらかじめ検討することで、損をしづらくなる
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給料未払いの裁判で負ける可能性は?

結論から言えば、給料未払いの裁判で負けるケースもあります。
給料の支払いは、労働契約の根幹となる重要な権利です。
そのため「給料が支払われていない=裁判で勝てる」と考える人が多いですが、現実は容易ではありません。裁判では感情や不満は役に立たず、「法律」と「証拠」に基づいて判断されます。たとえ実際に働いていた事実があっても、給与の未払いを裏付ける証拠がなければ、労働者側が不利になるリスクがあります。
雇用契約書がなく、勤務形態が曖昧だと、そもそも「労働者として雇われていたか(業務委託ではないか)」が争点となり、請求が退けられるケースもあります。
労働審判なら、訴訟よりも迅速に解決を図れる分、審理は簡潔に行われ、労働者が予想外にも負けてしまうこともあります。
金銭請求の争いは、「費用対効果」も重要でしょう。たとえ給料の未払いが認められても、かかる費用(訴訟費用や弁護士費用)の方が高くついたり、会社に支払能力がなく、勝っても給料を回収できなかったりするケースも、実質的には負けることを意味します。
裁判で負けると、請求した給料が払われないだけでなく、弁護士に依頼した費用は自己負担となり、経済的な損失が拡大してしまいます。
そのため、「泣き寝入り」か、「法的手段か」を検討する際には、請求できる金額や証拠の有無、相手企業の資力や時効などを総合考慮して、裁判の見通しを分析することが重要です。
「未払い賃金を請求する方法」の解説

給料未払いの裁判で負ける6つのケース

次に、給料未払いの裁判で労働者が負けるケースについて解説します。
どのような状況で裁判に負けるかを知れば、証拠を準備し、請求のタイミングを測るなど、事前に対策を講じやすくなります。裁判に負ける可能性が高いなら、交渉で妥協するなどして、争いを回避する方が合理的なケースもあります。
タイムカードなどの客観的な証拠が足りない
裁判では、「主張」だけでなく、それを裏付ける「証拠」が必要です。
給料未払いの裁判では特に、勤務実態を裏付ける証拠が不可欠です。代表的な証拠には、タイムカードや業務日報、シフト表、勤怠管理システムの打刻履歴などがあります。また、雇用契約書や労働条件通知書、給与明細など、賃金額を証明する資料も重要です。
タイムカードなどの勤怠記録が残っていない場合、LINEやメールのやり取り、業務指示の履歴、業務中の録音なども利用できます(ただし、単独では証明力が弱く、複数の資料を組み合わせるため、できる限り多く集めましょう)。
証拠が手元にないと、裁判所に「未払いがあった」と認めてもらうことができず、給料未払いの裁判で負ける可能性が高くなります。
なお、証拠は非常に重要ですが、「無いと必ず負ける」とは限りません。
会社の手元にある資料は、請求前に必ず開示を求めましょう。
手元にある過去の給与振込履歴、求人票や採用通知などから労働条件を推認して、証拠のない部分について補強できる可能性もあります。
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給料債権の時効が過ぎている
給料債権には時効があり、現在は3年間と定められています。
時効の起算点は、給料の支払日からカウントされます。例えば、毎月末締め・25日払いの給与の会社では、2023年12月25日払いの給与は、2026年12月25日の経過をもって時効が完成します。時効期間が満了して会社が援用すれば、未払い給与の請求は認められず、負けてしまいます。

「我慢すればいずれ支払われる」と考えて放置するのは危険です。時効による負けを回避するためにも、未払いに気付いた時点で、速やかに会社に請求の意思を示す必要があります。
なお、時効が迫る場合は、内容証明で支払いを求めることで、時効の完成を一時的に止めることが可能です(内容証明による請求通知は、「催告」を意味し、民法150条で、時効の完成が6ヶ月間猶予され、この間に裁判を提起できます)。
「残業代請求の時効は3年」の解説

労働法の法律知識が不足している
給料未払いの裁判における「主張」は、法律に基づいて行う必要があります。
労働法に関する知識が不足していると、裁判に負ける可能性があります。特に誤解が多いのが、残業代(割増賃金)の争いです。残業代に関する法律知識は複雑で、正しい計算方法を知らないと損するおそれがあります。
「働いた分は必ず支払われる」と思われがちですが、労働法上は例外的に、残業代の支払い義務が生じない場合もあります。
例えば、管理監督者(労働基準法41条2号)に該当すると判断された場合や、固定残業代や裁量労働制といった制度が適切に導入されているケースでは、残業代の支払い義務そのものが認められない可能性があります(ただし、いずれも厳格な要件があり、満たさなければ無効となるので、労働者としては的確に反論をすべきです)。
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」「残業代の計算方法」の解説


無断欠勤などで給料が減額された
労働者側の理由によって、給料が減らされるケースがあります。
給料を同意なく減額するのは違法の可能性が高いですが、減らされても仕方ないケースもあります。例えば、欠勤や遅刻・早退をした場合に、その分の賃金が減額されるケースです。これは、ノーワーク・ノーペイの原則に基づいて、働いていない時間の賃金が控除されるもので、就業規則などに根拠があれば直ちに違法とはなりません。
この場合、差し引かれた理由を検討せずに未払いの給料を請求すると、裁判で負ける理由となってしまいます。
ただし、減額が正当かどうかは、裁判で大いに争いになるでしょう。
例えば、懲戒処分として減給するなら、労働基準法91条に「一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない」という上限が定められています。
労働時間に対して過剰な控除や、嫌がらせなどの不当な目的がある賃金減額もまた、不当であると判断されます。
「遅刻して残業した場合の給料」「減給は違法?」の解説


社会保険料などが天引きされ、結果的に手取りが減った
給与には「総額」と「手取り」の違いがあり、区別しなければなりません。
争う前に給与明細を確認し、「総支給額がいくらか」を精査してください。
「給料が少ない」と感じても、手取り額が減ったからといって給与未払いとは限りません。企業は、給与から所得税・住民税・社会保険料などを控除し、国や自治体へ納付する義務を負います。これは法律に基づいた天引きであり、適正に控除されていれば未払いではありません。
したがって、控除について誤解して「給与が支払われていない」と主張して訴えると、裁判で負けるおそれがあります。
ただし、控除額が法定の範囲を超えていたり、計算に誤りがあったりする場合は問題です。明細を確認し、控除の内訳が不明確な場合は、会社に説明を求めるべきです。
「給料未払いの相談先」の解説

不当解雇の争い中で、給与支払いの義務が確定していない
「不当解雇だから給与を支払え」と主張するケースがあります。
不当解雇であると認められ、解雇が無効になると、解雇期間中の賃金(バックペイ)の支払い義務が生じ、給与を受領できます。そのため、解雇トラブルにおいて労働者は、地位確認請求と合わせて、解雇期間中の賃金の請求を行うのが実務です。

ただし、不当解雇の無効を争う裁判中は、まだ雇用関係が継続しているかどうかは争われており、解雇の有効・無効が決まらない限り、賃金の支払い義務も確定しません。解雇が有効と判断されると、雇用関係は適切に解消されたこととなり、その期間の賃金請求も認められません。その結果、給料未払いの裁判についても負ける結論となります。
雇用関係そのものが争われている状況では、単に「給料が支払われていない」と主張するだけでは足りず、解雇の有効性についても主張と証拠を練り上げる必要があります。このようなケースは、予想外の負けを回避するため、解雇トラブルに関する勝敗の見通しも検討しておきましょう。
「不当解雇の裁判の勝率」の解説

給料未払い訴訟の流れと必要な準備

次に、給料未払い訴訟の基本的な流れと必要な準備について解説します。
給料未払いを裁判で解決するには、場当たり的に動くのではなく、事前の準備が欠かせません。請求額の計算や証拠の整理が不十分なまま手続きを進めると、本来回収できたはずの給料が認められず、裁判で負けるリスクが高まります。
未払い給与の総額を正確に計算する
裁判では、未払い額がいくらか、正確に主張する必要があります。
請求額の根拠が曖昧だと、請求が退けられたり、減額されたりするおそれがあります。計算の際は、基本給だけでなく、残業代(時間外・深夜・休日の割増賃金)も含めて主張すべきです。通勤手当や資格手当、役職手当など、諸手当の未払いも確認しましょう。
計算方法に誤りがあると、請求額の信用性が低下し、裁判で負ける原因となります。また、算出した金額は、タイムカードや業務日報などの労働時間を示す証拠と整合性が取れていることも重要です。
「残業代の計算方法」の解説

勤務実態を示す証拠を集める
労働時間や出勤日数を裏付ける証拠をできる限り集めることが重要です。
給料未払いで訴えるには、例えば次のものを準備してください。
- タイムカードや勤怠管理システムの打刻履歴
- 業務日報、スケジュール表、シフト表
- ICカードの入退室記録
- PCのログ履歴
日付と時間が正確に記録された資料を中心に、複数の証拠を組み合わせて整合性を高めましょう。また、雇用関係の存在や賃金額を証明するために、雇用契約書や労働条件通知書、給与明細といった資料も欠かせません。
その他にも、メールやLINEでの業務指示、業務に関するやり取り、必要に応じて録音データなども、補強する材料として役立ちます。
「休憩が取れないことの証拠の集め方」の解説

内容証明で会社に支払い請求を行う
内容証明は、誰が・いつ・どのような内容の文書を送ったかを日本郵便が証明する制度で、未払い給料の裁判前の請求でも利用されます。
会社に対して法的措置を検討している姿勢を明確に示せるので、交渉のきっかけになり、この段階で企業が支払いに応じ、裁判に至らず解決するケースも少なくありません。
内容証明を送付することは「催告」となり、民法150条で6ヶ月間、時効の完成が猶予されます(「給与債権の時効が過ぎている」で詳述)。
無視されたり、未払いを否定されたりするケースでは、労働審判や訴訟などの裁判手続きへの移行を検討しましょう。
「残業代の請求書の書き方」の解説

労働審判または訴訟で請求する
給料未払いに関する民事訴訟手続きは、主に労働審判と訴訟の2つがあります。
労働審判は、原則3回以内の期日で審理され、比較的短期間で解決を目指します。話し合いが重視されるため、調停が成立するケースも多く見られます。一方、訴訟は、証拠や主張を積み重ねて判断が下されるので、解決までに時間がかかる傾向があります。
未払いの金額が60万円以下なら、少額訴訟を利用できます。少額訴訟は、原則1回の期日で判断が示されるため、迅速な解決を求める場合に最適です。
訴訟が始まると、期日ごとに争点整理や証拠の提出が行われ、裁判所から和解の打診がされることもあります。和解が成立しない場合は、最終的に判決が言い渡されます。
「労働審判の流れ」の解説

勝訴したら強制執行する
給料未払いの裁判で勝訴しても、会社が必ず支払いに応じるとは限りません。
判決後、任意に支払われることもありますが、無視されたり、経営悪化を理由に拒否されたり、裁判中や判決後に会社が倒産するリスクもあります。
任意に払わない場合、強制執行の手続きにより、会社の預金口座や売掛金、不動産などを差し押さえて回収を図ります。ただし、会社に差し押さえる財産がなければ、実際の回収は困難です。そのため、裁判を起こす前に、会社の支払い能力や財産状況の把握に努めるのが、実質「負け」を意味する状況を回避するのに重要です。
「残業代請求の強制執行」の解説

訴訟にかかる費用と期間

給料未払いの裁判にかかる費用と時間についても解説します。
費用倒れに終わったり、長期間かかってしまったりすると、「実質的に負けに等しい」と感じる人もいるでしょう。訴訟を起こす前に、かかる費用の内訳や解決までの期間を把握しましょう。
給料未払いの裁判にかかる費用
給料未払いの裁判にかかる費用には、訴訟費用と弁護士費用があります。
訴訟費用は、裁判所に収める費用であり、手数料(収入印紙代)と郵券代(郵便切手代)が主となります。給料未払いの裁判の手数料は、請求金額に応じて決まります(手数料額早見表)。例えば、請求額が100万円なら1万円、200万円なら1万5,000円です。
弁護士に依頼するなら、弁護士費用がかかります。給料未払いの裁判だと、着手金と報酬金がかかるのが通常で、旧日弁連報酬基準を参考に請求額に応じて算出する例が多いです(報酬は自由化されていて、法律事務所によって異なるので、契約前に説明を受けることが重要です)。例えば、100万円の請求なら、着手金は8%(8万円)、報酬金は16%(16万円)となります。
費用面が不安なら、無料相談を利用したり、一定の要件を満たせば法テラスを活用したりすることも可能です。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説

給料未払いの裁判にかかる期間
給料未払いの裁判に要する期間は、選択した手続きによって異なります。
- 労働審判の場合
原則3回以内の期日で終了し、申立てから終了まで3ヶ月程度が目安です。 - 訴訟の場合
労働審判に比べて長期間となる傾向にあり、6ヶ月〜1年程度が目安となります。争点が複雑な場合や、相手が徹底抗戦してくる場合、1年を超える事例も珍しくありません。
裁判は時間がかかる上に、精神的な負担を伴うので、長期化のリスクを踏まえた心構えが求められます。長期化すると、想定外に費用が嵩むおそれもあります。早期解決には労働審判が適していますが、相手が審判結果に異議を申し立てると通常訴訟に移行する点には注意が必要です。
「残業代請求の解決期間」の解説

給料未払いの裁判で負けないポイント

最後に、給料未払いの裁判で負けないためのポイントを解説します。
納得のいく結果を得るには、準備を徹底し、負ける要素を排除しておくすることが重要です。未払いが発生しているからといって十分な対策を取らずに裁判へ進むと、証拠不足や手続き選択の誤りによって負ける可能性があります。
日頃から労働時間や業務内容を示す証拠を確保しておく
給料未払いの裁判で負ける最も多い原因は「証拠不足」です。
そのため、このような負け事例を回避するには、日頃から労働時間や業務内容を示す証拠を意識的に確保することが重要です(「勤務実態を示す証拠を集める」で詳述)。
証拠を失わないよう、クラウド上に保存する、個人端末にバックアップを取る、紙資料はコピーを保管するなどしておきましょう。タイムカードなどの会社が管理する証拠は、隠蔽や改ざんの危険もあるので、会社に在籍している間に証拠を整理するのがポイントです。
「裁判で勝つ方法」の解説

解決に適した裁判手続きを選択する
手続きの選択を誤ると、時間や費用ばかりがかかって、実質的には負けるに等しいと感じてしまう人もいます。給料未払いを解決する裁判手続きは、労働審判、通常訴訟、少額訴訟のいずれかを選ぶことが多いですが、特徴を理解しておきましょう。
| 特徴 | メリット | デメリット | |
|---|---|---|---|
| 労働審判 | 原則3回以内の期日で審理する。 | 解決までの期間が早く、費用も抑えやすい。 | 話し合いが前提で、譲歩が必要。異議が出ると訴訟移行。 |
| 通常訴訟 | 裁判所が丁寧に精査して判決を下す。 | 法的に明確な判断が下り、複雑な事案にも対応できる。 | 裁判期間が長く、費用や精神的負担も大きくなりやすい。 |
| 少額訴訟 | 原則1回の期日で審理し、判決を下す。 | 手続きが比較的簡便であり、迅速に結論が出る。 | 上限(60万円)がある。通常訴訟に移行することがある。 |
どの手続きを選ぶかは、請求額の大きさ、証拠の充実度、早期解決を求めるかどうかといった要素を踏まえ、総合的に判断する必要があります。
自分で決める自信のない人は、弁護士と相談して最適な手続きを選べば、負けるリスクを回避しやすいです。
「会社を訴える方法」の解説

早い段階で弁護士に相談する
給料未払いの裁判で負けないために、できるだけ早い段階で弁護士に相談することが重要です。
弁護士は、証拠の整理や未払い額の計算、内容証明や訴状の作成、会社との交渉まで一貫してサポートします。また、専門家として勝訴できる可能性やリスクを見極め、見通しが厳しい場合はあえて裁判に進まず、交渉による解決を提案することも可能です。早めに相談すれば、裁判で負けるリスクを減らし、精神的・経済的なダメージを抑えやすくなります。
なお、給料未払いは労働法に基づく民事事件なので、警察に相談しても動いてくれません。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説

まとめ

今回は、給料未払いの裁判で負けるケースについて解説しました。
給料未払いは、労働者にとって看過できない重大な権利侵害です。しかし、「裁判に踏み切れば必ず勝てる」というものではなく、証拠不足や時効、法律知識の不足といった原因で、請求が認められずに負けているケースも少なくありません。裁判をするにも、リスクは付き物です。
だからこそ、納得のいかない敗訴とならないためにも、日頃から労働時間や業務内容を記録・保存し、トラブル発生時には早めに弁護士への相談を行うことが重要です。状況に適した手続(労働審判、通常訴訟、少額訴訟など)を選べば、より有利に進めることができます。
「給料が支払われないのはおかしい」と感じたとき、正しい対処法を知ることで、結果は大きく変わります。法律知識に基づいて速やかに準備を始めてください。
- 給料未払いの裁判で負けるケースは、法的に分析すれば「負ける理由」がある
- 給料未払いの裁判で負けないために、事前の証拠集めを徹底すべき
- 訴訟にかかる費用と期間をあらかじめ検討することで、損をしづらくなる
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