労働法には、「裁量労働制」という制度があります。裁量のある働き方を許す制度であり、「残業代が発生しない制度」という意味で使われる例がよくあります。
しかし、残業代は、長時間労働から労働者を守るための大切な権利です。働いた時間分の残業代すらもらえない裁量労働制はあくまで例外であって、厳格な条件があります。法律に定められた条件を満たさない裁量労働制は、違法であり、無効です。
裁量労働制なのに、働き方にまったく裁量がない
結局、裁量労働制ではない社員とまったく同じだ
裁量労働制を正しく活用すれば、残業代がない代わりに、自由な働き方をすることができます。しかし、ブラック企業ほど制度を悪用し、正当な残業代すら払おうとしません。裁量労働制をめぐるトラブルの裏には、「裁量労働制なら手軽に残業代を減らせる」という誤解があります。
今回は、違法な裁量労働制を無効にして、残業代を請求する方法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 裁量労働制は、有効活用すればメリットが大きいが、悪用されるケースが多い
- 裁量労働制の認められる要件を満たさなかったり、そもそも裁量がなかったりすれば違法
- 違法な裁量労働制は無効なので、未払いとなっている残業代を請求できる
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裁量労働制とは
裁量労働制とは、実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定めた時間だけ働いたものとみなす制度です。裁量労働制は、労働基準法に定められた制度であり、具体的には、専門業務型裁量労働制と、企画業務型裁量労働制の2種類があります。
- 専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)
「業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分などを大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務」として指定された業種(改正前:19業種、2024年4月以降:20業種)で導入できる裁量労働制。導入には労使協定の締結が必要となる。 - 企画業務型裁量労働制(労働基準法38条の4)
「事業運営上の重要な決定が行われる企業の本社などにおいて企画、立案、調査および分析を行う労働者」に導入できる裁量労働制。導入には労使委員会の決議が必要となる。
裁量労働制では、労働者に働き方の裁量が認められます。指示に従順に働くだけでなく、よりフレキシブルに働き、能力を活かせるメリットがあります。「労働時間」の長さではなく「成果」で評価する、成果主義が進む現代にあった労働時間制度です。
労働者の働き方に裁量があるかわり、残業代が発生しづらいしくみになっています。これを悪用し、本来なら裁量労働制とするのが難しいケースでも、「残業代をなくしたい」という目的で利用される例がありますが、違法といわざるをえません。
「労働時間の定義」の解説
裁量労働制が違法になるケース
次に、どのような裁量労働制が違法となるのかについて解説します。
ブラック企業ほど、制度を正しく理解せず、残業代の支払いを拒否しようとしてきます。しかし、裁量労働制が違法なとき、その制度の導入はおかしかったということになりますから、無効です。制度が無効ならば、裁量労働制ではない社員と同じ、つまり、残業代を請求することができます。
裁量労働制は、違法となる可能性が大いにあります。違法であることが明らかになった場合の争い方は「違法な裁量労働制に対抗する方法は、残業代請求すること!」参照
裁量労働制の要件を満たさないと違法
裁量労働制は、残業代を奪うという重大な効果があり、認められる要件は厳格です。以下の要件を満たさないのに、裁量労働制とするのは悪用であり、違法です。
- 裁量労働制の対象にできる業種である
裁量労働制は、業種に限定があります。「専門業務型」「企画業務型」によって異なりますが、働き方が労働時間による管理になじまない業種である必要があります。 - 就業規則に定められている
裁量労働制が、契約内容となっていなければならないため、就業規則に定めが必要です。 - 労使協定を締結している
専門業務型裁量労働制では、労使協定を締結し、労働基準監督署への届出が必要です。 - 労使委員会を設置している
企画業務型裁量労働制では、労使委員会を設置し、対象や範囲を決議する必要があります。
したがって、対象とすべき業種でなかったり、就業規則や労使協定が適切に定められていなかったりすれば、制度そのものが違法となります。
IT業界、プログラマ、システムエンジニア(SE)の業種は特に、裁量労働制の悪用が起こりがちです。これらの業種、業態は、裁量労働制の典型的な活用例ではあるものの、やみくもな導入は危険しかありません。
「IT業界なら裁量労働制で当然」というものでは決してありません。裁量労働制は、業種に特化して残業代をなくすものではないため、注意を要します。
IT業界であっても、例えば次の例では、裁量労働制は使えません。
- データ入力など単純作業のみの労働者
- 専門的な能力、知識のない労働者
「IT業界の残業が多い理由」の解説
裁量がない裁量労働制は違法
「裁量がない裁量労働制」が社会問題となっています。裁量労働制に残業がないのは、働き方が労働者の自由に任されているから。指示にしたがい裁量なく働かされるのに、裁量労働制を理由に残業代がつかないなら、違法性は明らかです。
例えば、一定の役職以上の人に裁量労働制を適用する会社があります。このとき、昇進、昇格により裁量労働制の対象となります(裁量労働制に移行する同意を求められます)。役職者は、マネジメントをするため、労働時間にとらわれない働き方が合っているのが理由となっています。しかし、実際は、裁量労働制に移行しても、従来と働き方が変わらないこともあり、このときは、裁量がない裁量労働制となってしまうので、違法だと言わざるを得ません。
違法な裁量労働制には、次の例があります。
- 裁量労働制だが、実際は始業・終業時刻が厳しく決められている
- 裁量労働制なのに、期限やノルマが厳しく、労働時間がまったく減らない
- 基本給が上がったが残業代がなくなり、給料の総額がほとんど変わらない(むしろ減った)
- 裁量労働制でも、深夜労働、休日労働をしなければ仕事が終わらない
- 裁量労働制になってからタイムカードがなくなり、自分の労働時間がわからない
裁量労働制なら、働き方は本来自由なはずであり、残業を命じられるいわれはないため、残業命令を拒否できるケースも多いといえます。
「残業命令の断り方」の解説
実態とかけ離れたみなし時間とする裁量労働制は違法
裁量労働制は、実労働時間とは違っても、一定の時間だけ働いたとみなす制度です。このとき、みなし時間が、実労働時間とは違ったものになりますが、あまりにもかけ離れているときには、その裁量労働制は違法であり、無効になります。
みなし時間の定め方は、次の3パターンがあります。いずれも、みなされた時間に比べて実労働が長すぎ、長時間労働が常態化すれば適切とはいえません。
- 所定労働時間みなし
会社の定める所定労働時間だけ働いたものとみなす裁量労働制 - 通常労働時間みなし
通常、その業務に必要な時間だけ働いたものとみなす裁量労働制 - 労使協定みなし
働いたとみなす時間を、労使協定であらかじめ定める裁量労働制
「みなし時間と実労働時間が違う」というのを超えて、「みなし時間より実労働時間が長すぎる」であったり、休日労働を強要されていたりするとき、その裁量労働制は違法の疑いが強いです。
「長時間労働の問題点と対策」の解説
違法な裁量労働制に対抗する方法は、残業代請求すること!
勤務している会社が導入する裁量労働制が、違法だとわかったときの対応を解説します。裁量がない裁量労働制で酷使されたら、我慢する必要はありません。
「裁量労働制が違法になるケース」の場合、違法な裁量労働制は無効となるため、原則に戻って、残業代を請求することができます。そのため、適切な残業代を請求するのが、裁量労働制を悪用するブラック企業への対抗策として有効です。
就業規則、労使協定を確認する
裁量労働制を有効に活用するためには、就業規則と労使協定が必須です。これらの重要な規程の整備なく、裁量労働制とすることはできず、残業代を払わないのは違法です。
「裁量労働制なので残業代は払わない」と反論されたら、就業規則と労使協定を見せるよう求めてください。裁量労働制に必要となる就業規則、労使協定はいずれも、労働者が見られるよう「周知」しておく必要があります。確認すらできない状態そのものが違法だといえます。
「労働条件の不利益変更」の解説
実際の労働時間を記録し、証拠を残す
違法な裁量労働制を悪用し、残業代を払おうとしない会社では、労働時間の管理も不適切です。「裁量労働制なら残業代を払わなくてよい」と誤解している会社では、裁量労働制の労働者が、実際には何時間働いたのか、全く記録すらしていないことも多いものです。
「裁量労働制となったらタイムカードの打刻がなくなった」というのがよくあるケースです。しかし、裁量労働制でも、会社は労働時間を把握する義務があります。このような会社では、残業代請求するために、実際の労働時間を記録しておいてください。会社が義務を怠っている以上、証拠に残す努力は労働者側でもしておかなければなりません。
「残業の証拠」「タイムカードを開示請求する方法」の解説
違法な裁量労働制の無効を主張する
裁量労働制は、厳しい要件が設けられています。そのため、違法となり、無効となる可能性がとても高いです。裁量がない裁量労働制の状態になれば、労働基準法違反であり、無効な制度です。
裁量労働制だと、多めの給料、高い地位にあり、高度な専門性と能力がある人も多いでしょう。裁量労働制が違法の疑いがあっても、あきらめてしまいがちですが、高い給料をもらえるからといって酷使されてよいわけではありません。むしろ、本来ならもっと多くの残業代をもらってしかるべきだというケースも少なくありません。
違法な裁量労働制は、断固として無効を主張し、不当な扱いをやめるよう強く求めましょう。一人で会社に立ち向かうのが困難なときは、残業代請求の経験豊富な弁護士にご相談ください。
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説
未払い残業代を請求する
裁量労働制が違法で、無効となるなら、会社のしていた扱いは間違っていたということになります。このとき、制度が無効となるため、実際の労働時間にしたがって残業代を請求できます。つまり、これまで払われなかった残業代は、未払いの状態となるのです。
これまで裁量労働制を悪用して、「残業代を払うわずに働かせ放題だ」と甘く考えていた会社ほど、多額の残業代を請求できる結果となります。
ただ、悪質な会社ほど、裁量労働制の正しい知識を理解してはくれません。労働者一人で交渉しても、ブラック企業が納得して残業代を払うとは考えがたいでしょう。このとき、弁護士に依頼して請求したり、労働審判、裁判など法的手続きを活用する手が有効です。
「残業代の計算方法」の解説
長時間労働の責任を追及する
裁量がない裁量労働制では、違法な長時間労働が起こりがちです。また、有効な裁量労働制であって残業代を払う必要がなくても、長時間労働は回避しなければなりません。そのため、いずれにせよ会社には、労働時間を把握する義務があります。
裁量労働制が有効でも、会社は労働時間を把握し、健康に働けるよう配慮する義務があります(安全配慮義務)。違法な裁量労働制であればもちろん、仮に有効でも、会社の配慮が不十分なら責任追及することができます。安全配慮義務違反の働き方によってうつ病、適応障害にかかったなら、慰謝料をはじめ損害賠償を請求できます。
「過労死を弁護士に相談する方法」「過労死の対策」の解説
裁量労働制が有効でも、残業代請求できる場合がある
ここまで、裁量労働制が違法、無効なときの残業代請求について解説しました。しかし、たとえ裁量労働制が有効でも、残業代がまったくもらえないわけではありません。有効な制度導入だったとしても、請求できる残業代もあるからです。
裁量労働制のもとでも、払ってもらえる残業代には、次のものがあります。
裁量労働制は、あくまでも通常の労働について一定の時間働いたとみなす制度です。そのため、休日労働、深夜労働があるなら、みなされた時間分の給料が裁量労働制によって払われていても、割増分については残業代請求できるのです。
このとき、計算方法が複雑なため、損しないよう弁護士にご相談ください。更には、裁量労働制でありながら休日労働させ、休みなく働くよう強要される働き方は、もはや裁量がない裁量労働制であり、その制度自体が違法といってもよいでしょう。
「休日手当の請求と計算」の解説
まとめ
今回は、残業代未払いの大きな理由となっている裁量労働制について解説しました。
裁量労働制は、労働基準法に定められた制度ですが、悪用される危険が大いにあります。違法な裁量労働制は無効であり、「裁量労働制なら、残業代がなくなる」というのは誤解です。特に、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」の問題は、深刻化しています。
裁量労働制でも、裁量がなく長時間労働が続いているなら、残業代請求によって状況を打破しましょう。ぜひ一度、弁護士に相談してみてください。
- 裁量労働制は、有効活用すればメリットが大きいが、悪用されるケースが多い
- 裁量労働制の認められる要件を満たさなかったり、そもそも裁量がなかったりすれば違法
- 違法な裁量労働制は無効なので、未払いとなっている残業代を請求できる
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