仕事の不満が募ると、「会社を訴えたい」と思う方もいるでしょう。不当な扱いを日常的に繰り返されると、被害は思いのほか大きくなってしまいます。
不当解雇や未払い残業代など、会社が直接の加害者となる権利侵害が典型ですが、ハラスメント被害を防止しない責任を会社に問うこともできます。労働問題が起こっているのに誠実に対応しない会社には、訴えることであなたの本気度を知らせるのが有効です。
しかし、会社を訴えるリスクもあります。裁判するのは個人の権利ですが、費用がかかる金銭的リスクのほか、訴えても負けてしまう法的リスク、逆恨みされて報復される事実上のリスクといった様々な危険を理解して進めなければ、納得いく解決とはなりません。
今回は、会社を訴えるリスクと訴える方法について、労働問題に強い弁護士が解説します。会社を訴える前に一度立ち止まり、リスクを踏まえて納得のいく決断をしてください。
会社を訴える方法は2つある
会社への不満が限界に達したとき、司法による救済を求めることとなります。会社を訴えるのに労働者が使える手のうち、最も有力なのは次の2つです。
なお、本解説の通り、会社を訴えるリスクを知るために、「訴える」という大きなアクションに出る際は、事前に弁護士に相談しておきましょう。弁護士に依頼した結果、交渉で解決できる問題ならば、訴える必要まではなくなります。
民事訴訟で訴える方法
「会社を訴える」というと、多くの人がイメージするのが、民事訴訟で訴える方法でしょう。民事訴訟は、私人間の紛争について、裁判所で法的に解決する手続きです。労働問題だけでなく、貸金の返還や不動産の明渡しなど、様々なトラブルに用いられます。
民事訴訟では、訴えた労働者が「原告」、訴えられた会社が「被告」となります。原告被告の双方が、主張を書面で提出し、必要な証拠を提示して裁判所の審理を受けます。裁判官は、双方の言い分を聞き、和解を促したり、判決によって判断を下したりして問題を解決します。
民事訴訟による方法は、解決まで年単位の時間を要することもある厳重な手続きなので、複雑な問題の解決に向いています。
「労働問題の種類と解決策」の解説
労働審判を申し立てる方法
労働問題の解決においては、民事訴訟と並んでよく利用される手続きが、労働審判です。労働審判は、労使間で生じた紛争について、簡易、迅速かつ柔軟に解決するための制度であり、労働者保護を目的として設けられています。
労働審判の主な特徴は、次の点にあります。
- 解決の迅速性
原則3回以内の審理で終結し、解決までの平均審理期間は約70日とされる。 - 解決の柔軟性
調停(話し合い)を重視し、柔軟に解決することが可能。 - 手続の簡易性
証人尋問など、時間のかかる手続は省略され、労働審判員が直接事実を確認する。
これらの特徴からして、労働審判は、民事訴訟に比べて早期に紛争を解決することが期待できます。そのため、緊急性を要する労働問題で会社を訴えるとき、特に選ぶべき手段です。万が一、労働審判では解決が困難な場合でも、当事者のいずれかが審判から2週間以内に異議申立てをすれば訴訟手続に移行することとなっており、解決の妥当性も担保されています。
「労働審判の流れ」の解説
会社を訴えるリスクは3つある
会社を訴えることには、リスクがあります。労働法は、労働者の権利を保護していますが、その権利を実現するには戦って勝ち取らなければならず、決してノーリスクではありません。
特に、勤務先がブラック企業だと、その戦いは熾烈なものになり、リスクも大きくなってしまいます。予想外の事態に陥らないよう、事案の特性や有利・不利を加味し、想定されるリスクがどの程度かを事前に予測する必要があります。そして、リスクよりもリターンが大きい戦いを選ばなければなりません。
会社を訴える際に検討すべきリスクには、次の3つの種類があります。
法的なリスク
第一に、会社を訴えることの法的なリスクについて解説します。
法的なリスクとは、権利や義務に関する不確実さのこと。権利を実現するために会社を訴えるのに、それによって逆に、労働者の権利が危うくなってしまうことがあります。
敗訴してしまう
万事を尽くして準備しても、敗訴の可能性はゼロにはできず、「必ず勝てる」という戦いはありません。証拠の積み重ねによって証明するのが裁判のやり方ですが、証拠収集が不十分だと、真実の通りに認定されず、正しい判断を受けられない危険があります。特に、労働審判では、早期に解決できる反面、証拠調べに時間が割かれなかったり、話し合いで解決するため労働者も一定の譲歩を迫られたりといった場面も少なくありません。
本人訴訟だと、知識や経験が不足し、敗訴するリスクは一層高まります。敗訴の危険を少しでも減らすには、労働問題に精通した弁護士に裁判を任せるのが賢明です。
「裁判で勝つ方法」の解説
会社から訴え返される
労働者が会社を訴える場合、逆に会社からも訴え返されるリスクがあります。訴えを起こすだけでも一苦労なのに、自分の防御もしなければなりません。訴え返されるリスクや、その際の負担の大きさは、会社を訴える前にチェックしておくべきです。
民事訴訟の場合には、関連する訴えについて、その手続き内で「反訴」を提起することができます。また、民事訴訟、労働審判のいずれで訴えても、別の手続きで訴え返される可能性があります。したがって、会社があなたを訴えるような理由がないかどうか、注意深く調べておきましょう。
「会社から損害賠償請求されたときの対応」の解説
解雇される
会社を訴えると、退職に追い込まれるリスクもあります。場合によっては、解雇されてしまうこともあります。会社で働き続けたい人にとっては大きな不利益でしょう。
本来、無理やり退職を強要したり、正当な理由なく解雇したりすることは違法です。解雇権濫用法理によって、客観的に合理的な理由なく、社会通念上の相当性を欠く場合、違法な不当解雇として無効になるからです(労働契約法16条)。
それでもなお、労働者から訴えを起こした場合に、会社が冷静さを欠いた対応をしたり、不当な報復をしようとしたりして、結果的に会社を辞めざるを得なくなることがあります。このリスクが顕在化すればそもそも不当ですが、少なくとも「不当に会社を追い出されるリスクがある」ということを訴える前に覚悟しておくべきです。当然ながら、報復に負けず、更に解雇の不当性を追及して争いを継続すべきです。
「不当解雇に強い弁護士への相談方法」の解説
金銭的なリスク
第二に、会社を訴えることの金銭的なリスクについて解説します。
本格的に裁判手続きで争っていくには、どうしても費用が生じます。つまり、会社を訴えるのには、金銭的なリスクが存在するのです。
裁判費用がかかる
会社を訴えるという一連の手続きでは裁判所を利用します。このとき、裁判所に払う費用は、次の通りです(これらの裁判費用は、弁護士を依頼しなくてもかかります)。
- 申立手数料
民事訴訟ないし労働審判の申立時に、収入印紙で支払う費用。具体的な金額は手続きや裁判所により異なる(※ 手数料額早見表)。 - 郵便切手代
裁判所の送付する書類の送付代を負担する必要がある。裁判所によって扱いが異なるが、おおよそ5,000円〜7,000円程度が目安。ただし、会社とパワハラ加害者を一緒に訴えるケースなどのように被告が増えると加算される。
裁判の進行によっては、記録の謄写費用、証人の交通費、日当などがかかることもあります。審理期間が長くなったり、労働審判に異議を申し立てたり、判決に上訴(控訴・上告)したりして争いが長くなると、かかる費用も多くなる傾向にあります。
裁判費用は、勝訴すれば相手に請求することが認められる場合もあるので、勝訴の見込みが高いなら大きな負担にはなりません。
「不当解雇の裁判の勝率」「残業代請求の勝率」の解説
弁護士費用がかかる
会社への訴えを弁護士に任せるときに発生するのが弁護士費用。弁護士費用は自由化されており、法律事務所によって異なるものの、決して安い額ではありません。
- 法律相談料
信頼できる弁護士か、依頼前にチェックするための初回相談にかかる費用。 - 着手金
弁護士が事件に着手するための費用で、裁判の結果にかかわらず生じる。 - 報酬金
依頼した事件の結果に応じてかかる費用。 - 日当
弁護士が、所属する事務所を離れて活動する際の費用。 - 実費
弁護士が立て替えた裁判所への費用、交通費、宿泊費など。
金額の算出方法も様々で、一律の固定額とするケースもあれば、請求金額に一定の割合を乗じた変動制とするケース、かかる時間に応じたタイムチャージ制をとることもあります。いずれの場合も、弁護士費用は自己負担が原則で、勝訴しても会社には請求できません(なお、損害賠償請求で勝訴した場合に限り、勝訴額の1割に相当する弁護士費用を損害として認めるのが実務です)。
「労働問題の弁護士費用」の解説
事実上のリスク
第三に、会社を訴えることの事実上のリスクについて解説します。
事実上のリスクとは、理論上はそのようになるわけではないものの、現実問題として生じてしまうリスク。会社の不当な対応が原因であることが多く、事実上のリスクが顕在化すると違法性があり、新たな労働問題に発展してしまいます。
居心地が悪くなる
自社の非を認めない企業ほど、会社を訴えた社員を「裏切り者」扱いします。孤立させて社内に居づらくさせ、退職に追い込もうとするなど、報復が起こるリスクがあります。社内がこのような雰囲気だと、所属する他の社員も、会社を訴えたあなたを白い目で見るでしょう。
しかし、裁判をするのは労働者の権利です。権利実現を目指して裁判をする人に嫌がらせをするのは、その権利の行使を妨害することを意味し、違法です。報復人事、不当な異動、職場いじめなどは全て違法であり、屈することなく争うべきです。今まさに会社を訴えている最中なら、その裁判における請求金額を増額して対抗することができます。
「パワハラの相談先」の解説
時間がかかる
強い決意で会社を訴えたのですから、「簡単に終わる」「すぐ解決する」と思ってはいけません。むしろ、想像以上に時間がかかってしまうリスクも覚悟してください。
労働審判で決着がつかず、異議申立てされれば訴訟に移行します。日本の裁判制度は三審制であり、第一審で解決できない場合、控訴審、上告審へと進んでいきます。そして、これらの訴訟の進行は、労働者のみで決められず、企業側が不服を申し立てる可能性もあります。
転職先が決まったのに前職とのいざこざが残っていると、業務に集中できない危険もあります。早期解決を優先するならば、ある程度合理的な案で妥協し、和解するのも一つの手です。和解で終了させる場合には、相場未満の金額で妥協して損してしまわないよう、弁護士と相談しながらメリット・デメリットを比較しておきましょう。
「残業代請求の和解金の相場」「解雇の解決金の相場」の解説
精神的な負担が増える
組織のなかで複数の人が生活する以上、どうしても精神的な負担がかかります。ただ、そのトラブルが裁判に発展するほど拡大するとなれば、相当なストレスとなるでしょう。
そのため、会社を訴えるリスクとして、精神的な負担の増す点が挙げられます。抱えている不平、不満を訴えたのに、それが原因で更にストレスが増すのでは意味がありません。この点は、専門的な知識やノウハウを有する弁護士に依頼すれば軽減することができます。
「うつ病で退職前にすべき対処法」の解説
会社を訴える際のリスクをできるだけ小さくするための注意点
次に、会社を訴えるリスクをできるだけ小さくするために、注意すべき点を解説します。怒りにまかせて訴える人ほど、事前準備を怠り、足元をすくわれてしまいます。会社を訴えることで逆に損しないためには、事前のリスクヘッジが大切です。
まずは交渉から始める
会社の責任を追及するにしても、「いきなり訴える」というのは非常にリスクの高い行動です。比較的リスクの低い選択肢として、まずは交渉から始めるのがよいでしょう。交渉で解決できるなら、裁判手続きよりも早期に、柔軟な解決をすることができ、リスクを減らせます。
ただ、労働者一人で交渉しても、無視されて応じてもらえなかったり、感情的になって長期化したりする危険があります。このような交渉のリスクを回避するには、弁護士に相談して戦略的なアドバイスをもらい、弁護士を窓口として交渉を有利に進めるのがよいでしょう。弁護士に警告してもらえば、「解決しない場合は訴える」というプレッシャーを強く感じさせ、実際に訴えるのと同程度の働きかけをすることができます。
過度にリスクを恐れない
本解説では、会社を訴えるリスクについて説明しました。しかし、リスクを過度に恐れて我慢するのはいけません。リスクを恐れすぎる態度は、泣き寝入りに繋がってしまうからです。
一定のリスクを許容することは、より大きな問題を避けるためのリスクヘッジとなります。弁護士への依頼には費用がかかりますが、節約しようとして自分で会社と交渉したり、訴訟を提起したりするのでは、かえって会社を訴えるリスクは高くなってしまいます。費用面が心配なときは、まずは無料相談を活用することで、弁護士のアドバイスを得るのがお勧めです。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
信頼できる弁護士に依頼する
会社を訴えるリスクを抑えたいなら、信頼できる弁護士に任せるべきです。相談時に、メリットだけでなくデメリット、リスクも包み隠さず説明してくれる弁護士が良いでしょう。
本解説の通り、会社を訴えることにはリスクもあるのが現実です。リスクを隠し、良い面だけしか説明しない弁護士に任せても、正しい判断はできません。労働問題の知識が豊富であれば、将来に起こり得るリスクをしっかりと説明できるはずです。解決実績が多いほど、個別のケースごとにどのようなリスクが隠れているかを事前に気付くことができます。
弁護士は法律の専門家ですが、専門性は細分化しているため、必ず、労働問題に精通した弁護士を選ぶようにしてください。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
会社を訴えた結果どうなる?会社に与えるダメージは?
最後に、会社を訴えた結果どうなるのか、会社にどのような影響があるかについて解説します。
会社を訴えるリスクがある一方で、当然ながらリターンもあります。労働者にとってのリターンは、つまり、訴えられる会社にとってのダメージとなります。本解説のリスクに比べて、リターンが大きいときこそ、労働問題について訴える場面であるといってよいでしょう。
金銭の支払い(残業代、慰謝料、損害賠償など)
会社に非があると認めてもらえば、金銭を支払わせることができます。訴えて勝った時点では、支払期限を過ぎていて、遅延損害金も請求できる場合も多いでしょう。会社を訴えた結果として得られる金銭は、次のものがあります。
労働問題の重大さについて認識の甘い会社では、複数の問題が併発することもあります。その結果、相当多額の支払いを受けられるケースもあります。また、労働者が負担した裁判費用も、勝訴すれば会社負担とすることができます。
訴訟の対応に追われる
訴えられた会社側は、対応する人員を要し、その分の人件費がかさみます。訴えられたら対応しないと、敗訴のリスクが高まってしまうからです。裁判対応は弁護士に任せるにせよ、会社の担当者も、経営方針を理解した人材でなければ務まりません。大企業でないかぎり法務部は整備されておらずノウハウもなく、対応に苦慮することでしょう。
社員のモチベーションが下がる
一緒に働いていた人が会社を訴えたとなれば、他の従業員にも多少なりとも影響します。モチベーションが低下し、社内に不信感が生まれることは容易に予想できます。労働法違反が明らかなケースでは、他の社員も追随する可能性があります。実際、複数の社員から残業代請求の訴訟が起こり、高額な金銭の支払いを命じられるケースもあります。
企業の信用が低下する
コンプライアンス違反に対する世間の目は厳しいものです。労働者に訴えられたことが報道されれば、企業の信用は低下するでしょう。
その結果、商品・サービスの購買意欲が低下したり、取引先の信用がなくなったりする可能性があります。上場企業だと、株価の下落にもつながります。良い人材が獲得できず、その結果、企業の業績は低下してしまいます。
「ブラック企業の特徴と見分け方」の解説
まとめ
今回は、会社を訴えたときのリスクや結果、訴え方を解説しました。
働くことは、人の生活になくてはならない大切な要素ですが、労働問題の当事者となれば大きな不利益を受けてしまいます。残念ながら、労働者の働きかけがない限り、そのダメージの大きさに気付けない、無責任な会社もあります。
不誠実な会社には、裁判に訴えることで早急な対処を迫るのが有効。しかし、会社を訴えるリスクを一切考慮せずに進めると、労働者にとっても被害が拡大する危険があります。費用や時間が無駄になるだけでなく、報復によって更に不当な処遇をされ、社内の立場を失うことのないよう慎重に行動してください。
会社を訴えるリスクを理解すれば、いざ訴えるときにリスクを顕在化させない対策を講じられます。不安なときは、訴える前に、労働問題に精通した弁護士に相談してください。
- 法的権利が侵害されていても、会社を訴えるにはリスクもあることを理解する
- 会社を訴えるリスクは、法的リスク、金銭的リスク、事実上のリスクの3種類
- リスクがあるとしても回避する努力をし、リターンが大きい場合は臆せず戦う
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/