業務に必要な物品は会社が用意するのが原則で、在職中は貸与を受けることになります。
例えば、パソコンや社用スマホ、社員証、健康保険証、制服、オフィスの鍵、セキュリティカードなどは、いずれも業務のために会社から預かったものです。私物ではないため、退職時には原則として返却する義務があります。
退職時の貸与品(貸与物)の返却では、返却物の確認、返却時期の判断、方法(持参か郵送か)を検討する必要があります。遅れたり、漏れがあったりした場合、損害賠償を請求されるなどのトラブルに発展するおそれがあるため、証拠に残して慎重に進めてください。
今回は、退職時の貸与品の返却について、法的な考え方と具体的な手順、注意点を、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 貸与品(貸与物)の所有権は会社にあるため、指示に従って返却する義務あり
- 退職時に返却すべき貸与品は、会社から支給された物品の全てが基本
- 貸与品の返却を怠ると、損害賠償請求などの責任追及を受けるおそれがある
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退職時に貸与品は返却する必要がある

会社から貸与された物品(貸与品)は、退職時に返却しなければなりません。法的には、次の2つの理由から説明することができます。
- 所有権に基づく返還請求権
仕事のために貸し与えられた物の所有権は会社にあります。長く使用しても会社の所有物に変わりなく、退職時には所有権者(会社)に返すべきです。 - 労働契約に基づく返還請求権
就業規則などに規定された貸与品の返還義務は、労働契約の内容となります。会社が業務命令として返還を指示するとき、労働者は従う必要があります。
貸与品と私物を混同している労働者もいます。
会社貸与のパソコンやスマホを私用で使っていて、プライベートな写真や動画データなどが保存されているケースは、退職時にトラブルになる典型例です。
貸与された端末に保存された私用のデータは消去する必要があります。在職中は見過ごされていても、解雇などで会社を辞めざるを得ないとき、大きな対立が生じます。また、在職中でも、会社の所有物としてチェックを受けても仕方ありません。
突然取り上げられても困らないよう、将来返却する必要のある貸与品は、仕事の用途のみに使うことを心掛けてください。
円満退社の場合は当然として、退職勧奨や解雇など、労働者の意思に反して退職せざるを得ないケースでも、貸与品を返すべきことは同じです。不当解雇や退職強要の違法性を主張して争っている場合でも、貸与品を返却しない理由にはなりません。
「退職したらやることの順番」の解説

退職時に返却すべき貸与品とは

次に、退職時に返却すべき貸与品にどのようなものがあるかを解説します。
在職中は数多くの物品を支給されるでしょうが、いざ退職のタイミングで「どの備品を返却する必要があるか」が分かりづらいことがあります。
円満退職なら事前に確認できますが、不当解雇や退職強要の違法性を争う場合、会社との関係は良好でなく、自身の判断で返却を進めるべきケースもあります。社長や上司からのハラスメントがあると、直接の連絡が難しいこともあるでしょう。返却漏れを防ぐために、一般的に返すべきとされる物品を理解しておきましょう。
健康保険証
健康保険証は返却する必要があります。本人分と家族分を忘れず返しましょう。
退職日で健康保険の資格は喪失し、保険証は無効となります。退職後も使用を続けると不正使用になり、誤って使った場合は健康保険負担分の返還が必要です。退職日まで使用できるので、退職後速やかに郵送で返却するのが通常です。
名刺
名刺には自分の名前が書かれていますが、貸与物に変わりなく、返却が必要です。取引先や顧客から受け取った名刺の所有権も会社に帰属し、退職時に返却します。「自分の人脈」と誤解する人もいますが、前職の顧客に営業をかけてトラブルに発展する事例も少なくありません。
「前職の顧客と取引することの違法性」の解説

社員証、社章など
社員の身分を証明できる貸与品として、社員証や社章の返却も必要です。ストラップやホルダーなど、付随する備品も忘れずに返しましょう。
通勤定期券
通勤定期券も、返却すべき貸与品に含まれます。現物支給の場合は定期券そのものを、通勤手当を受領して定期券を購入した場合は、払い戻しの手続きで得た金銭を返却するのが通常です。就業規則に規定があることが多いので確認しておいてください。
「退職時の交通費の返金」の解説

パソコン、タブレット、スマホなどの業務用端末
パソコン、タブレット、スマホなどの業務用端末も返却すべき貸与品です。
貸与品の中でも高額で、機密情報が保存されることも多く、返却を怠ると会社に損失を与える可能性が高いのが特徴です。郵送の場合は破損しないよう注意してください。端末だけでなく、保存されたデータにも価値があり、動作不良や故障があると修理費用を請求されるおそれがあります。
私的に利用していた人が行いがちなのが「データを消去して返却する」という対応ですが、問題があります。端末内のデータは、労働者が作成した資料なども含めて会社の所有物であり、勝手に削除すれば責任を追及されるおそれがあります。
オフィスの鍵、セキュリティカード、入館証
オフィスの鍵やセキュリティカード、入館証は、防犯の観点から必ず返却すべきです。退職後は許可なく会社の建物や敷地に立ち入ることはできません。失くしたときは、物品の弁償だけでなく、鍵の交換費用を求められるケースもあります。
制服、作業着など
制服や作業着も返却すべきです。再使用できないとしても、指示に従って返却やクリーニング、廃棄などを行います。返却時のクリーニングが「マナー」「礼儀」と言われることがありますが、法律上の義務ではないので、費用負担について会社と事前に相談しましょう。
マニュアルや書式など
マニュアルや書式なども返却すべきです。会社が蓄積してきた情報資産を返却しないと、意図せず損害を与えるおそれもあります。退職後に社外で利用することは会社の利益を侵害し、入社時や退社時に交わした誓約書に違反するリスクもあります。
「誓約書を守らなかった場合の影響」の解説

業務に関する書類やデータなど
業務に関する書類やデータも、企業秘密として高い価値があり、返却の対象です。
顧客情報、ノウハウ、製造方法、原価率といった情報は悪用の危険がありますし、他の社員の個人情報が記載された書類もあります。たとえ作成者が自分でも返却すべきである点に注意してください。バックアップを取ったり、私用のパソコンやUSBに転送したりする行為も、調査で発覚すれば大きな問題となります。
返却すべきかどうか判断に迷うとき、労働問題に精通した弁護士に相談してアドバイスをもらうのが有益です。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説

退職時に貸与品を返却する方法

次に、退職時に貸与品を返却する方法について解説します。
返却は正しい方法で行う必要があります。誤った方法で返却したことが原因で会社に損害を与えた場合、責任追及をされるおそれがあるからです。
退職前に対面で返却する
退職前なら、対面で返却するのが最もスムーズです。
業務引き継ぎなどで出社する機会に返却する方法です。対面での返却は手間が少なく、感謝を伝えることで円満退職につなげやすいメリットがあります。一方、返却の記録が残りにくく、後から「返却を受けていない」と指摘されてトラブルになる危険があります。
このデメリットを回避するには「貸与品返却の証拠を残す方法」を参考に記録を残すべきです。円満でない場合や最終出社日を過ぎている場合、次章以降の方法も検討してください。
退職後に郵送で返却する
次のケースは、直接手渡しよりも、郵送による返却が適しています。
- 不当解雇や退職強要の違法性を争う場合
- 体調不良で出社できない場合(休職期間満了による退職など)
- ハラスメントがあり、直接対面するのが困難な場合
- 退職後に返却漏れに気付いた場合
郵送の場合も、退職日までに遅れないよう速やかに返却しましょう。パソコンやスマホなどの精密機器は入念に梱包してください。書類は、退職届や離職票と同封することも可能です。
直接感謝の言葉を伝えられないため、添え状や送付状を付けると感情的なトラブルを避けやすいです。以下のテンプレートも参考にしてください。
【会社住所】
【会社名・担当者名】
【自身の住所・氏名など】
拝啓 この度、貴社における勤務を無事に終了したことを報告申し上げます。また、退職に際し、貸与いただいていた以下の物品を、郵送にて返却いたします。
・社用携帯
・オフィスの鍵とセキュリティカード
・制服(2着)
いずれの物品も、貸与時の状態にできるだけ近付けるよう努めましたが、万が一、不足や不具合がありましたらご連絡いただければ幸いです。
長い間お世話になり、心より感謝いたします。今後も貴社のご発展を心よりお祈り申し上げます。
敬具
郵便事故やミスを避け、確実に到着させるには、書留やゆうパック、レターパック、宅配便など、配送を追跡できる手段を活用し、追跡番号を必ず保管してください。郵送時の送料負担に決まったルールはなく、着払いか元払いかは会社と相談しておきましょう。
また、退職日までの返却が難しいと事前に判明しているなら、郵送で返却することと目安の時期を、事前に会社に伝えておくのが適切です。
弁護士や退職代行を通じて返却する
自身での対応が難しい場合、弁護士や退職代行を通じて返却する手もあります。
退職前後の労働問題について弁護士に依頼している場合や、退職代行を利用した場合、弁護士や代行業者を窓口として貸与品を返却できます。第三者を介する分だけ期間がかかることが多いので、遅れないよう早めの対応が不可欠です。
労使の対立が激化すると、貸与品の返却をきっかけに会社から損害賠償請求をされるといったトラブルもあり得るので、軽視せずに慎重に進めなければなりません。
「弁護士による退職代行」の解説

貸与品を返却しないことによるリスク

次に、貸与品を返却しない場合の労働者側のリスクを解説します。
貸与品が返却されないと、企業の損失は予想外に大きいこともあります。会社に不満があっても「返さないで嫌がらせしよう」という報復にはリスクがあります。
返還請求を受ける
貸与品の所有権は会社にあるので、返却しなければ返還請求を受けます。所有権が明らかなら、返還請求の訴訟では会社の主張が認められるでしょう。貸与品の価値が高かったり、社内で継続利用する必要があったりすると、損害が拡大するおそれもあります。
「会社を訴えるリスク」の解説

損害賠償請求される
貸与品を返却しないことで会社に損害が生じた場合、賠償請求されるリスクがあります。
例えば、未返却の社用携帯を落として企業秘密が漏洩した場合、重要な書類を転職先で流用して被害が拡大した場合などは、損害が高額になるおそれもあります。また、紛失や破損の場合にも、弁償を求められる可能性があります。
ただし、損害賠償や弁償の金額が妥当かどうかは、よく検討してください。会社の請求額が高すぎる場合、減額交渉が必要です。中古の物品は購入費より低く評価されることが多いです。貸与品を返却しないことを理由に給料を減らしたり、最後の給与から天引きしたりすることは、労働基準法24条の定める「賃金全額払いの原則」に違反します。
「会社から損害賠償請求されたときの対応」の解説

身元保証人に請求される
貸与品を返却しないことによる損害賠償請求は、労働関係から生じた債務であり、身元保証人への請求が可能です。身元保証人は、労働関係から生じた債務について連帯責任を負うからです。入社時に身元保証書を記入した場合、未返却のままだと迷惑をかけてしまいます。
「仕事をバックレるリスク」の解説

解雇される
退職前の段階で貸与品の返却に応じないと、解雇されるリスクもあります。
退職日までは労働者の地位を有し、理論上、解雇が可能です。退職の意思表示をしても、会社が同意しないと労働契約の終了は2週間後となります(民法627条1項)。そのため、返却拒否が悪質なケースでは懲戒解雇のおそれがあり、退職金を失うというデメリットがあり得ます。
とはいえ、解雇に「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ無効となります(労働契約法16条)。貸与品がさほど重要でなかったり、返却を失念していたものの指摘後すぐに対応した場合などは、不当解雇として争うことが可能です。
「不当解雇に強い弁護士への相談方法」の解説

会社からの信用を失う
貸与品の返却を怠ることで、会社からの信用を失うリスクもあります。借りた物を返すのは、法的な義務であると同時に、社会人のマナーでもあります。返却しないことで「問題社員」と評価されると、同業界の転職などではキャリアに悪影響を及ぼすおそれがあります。
横領や窃盗で刑事告訴される
貸与品を意図的に返却しないと、刑事責任を追及されるおそれもあります。
返却すべきことを知りながら拒否した場合、横領罪や窃盗罪といった犯罪行為に該当するおそれがあります。会社が、捜査機関(警察・検察)に被害届を出し、告訴をして処罰を求めれば、労働者は刑事罰を科されるリスクがあります。
業務に関連して貸与された物を持ち去ることは、「業務上自己の占有する他人の物を横領」する行為となり、業務上横領罪(刑法253条)として10年以下の懲役の対象となる重罪です。
「横領冤罪への対応」の解説

機密情報の漏洩や不正利用の責任を追及される
機密情報の返却を怠った責任は、さらに重大なものと見られます。
返却しなかった機密情報が漏洩したり、不正利用されたりした場合、被害が拡大します。業務用のパソコンやスマホ、USBメモリなどの取扱いには、くれぐれも注意してください。
機密情報は、企業経営の根幹に関わる重要なものであり、その価値が社外で通用するものであるほど悪用の危険があります。機密情報と並び、企業が管理する個人情報も重要性が高く、漏れてしまえば大きな損害が発生します。
「退職後の競業避止義務」の解説

退職時の貸与品の返却によるトラブルを避ける方法

最後に、退職時の貸与品返却でトラブルとなることを避けるための対応を解説します。
貸与品の返却は退職に必要な手続きの一部に過ぎませんが、それでもなおトラブルにつながるリスクもあるので、甘く見ず、丁寧に進めてください。
貸与品返却の証拠を残す方法
貸与品の返却がトラブルになったとき、証拠が非常に重要となります。
特に、郵送で返却する場合は、①返却物のリストを作成する、②梱包の前と後で写真を撮影する、③追跡記録を残せる形式で送付する、④受領証にサインしてもらうなどの方法で、記録を残す努力をしましょう。貸与品の返却後に、メールで報告をするのも有効です。
例えば、次のメール文例を参考にしてください。
件名:貸与品返却のご報告(氏名)
株式会社◯◯
◯◯様
平素より大変お世話になっております。
本年◯月◯日に退職いたしました◯◯です。
本日、下記貸与品をゆうパック(追跡番号:XXXXXXX)にて発送いたしましたので、ご報告申し上げます。
【返却物一覧】
・ノートパソコン 1台
・社用スマートフォン 1台
・社員証
・健康保険証
・オフィス鍵
到着いたしましたら、ご確認のほどよろしくお願いいたします。
不足や不備等がございましたらお知らせください。
何卒よろしくお願い申し上げます。
なお、既に労働問題について争い、弁護士を窓口にしている場合は、貸与物の返却に限って会社と直接連絡してよいか、担当の弁護士に確認する必要があります。
貸与品の返却が遅れた場合の対応
貸与品をいつまでに返却すべきか、期限を確認しましょう。
原則は退職日までに返却すべきですが、健康保険証など退職日まで使用できるものは、退職後速やかに返却するのが適切です。「貸与品を返却しないことによるリスク」はあるものの、遅れたとしても即座に責任を追及されるわけではありません。
遅れたことに気付いたら、速やかに会社へ連絡し、返却予定日を明確に伝えます。可能な限り、追跡可能な方法で即日に発送し、追跡番号を通知するのが最善です。返却が遅れてしまったことの言い訳や弁明は不要であり、理由を簡潔に伝えた上で謝罪するのがよいでしょう。
督促や内容証明が届いた場合、無視すれば損害賠償請求に発展する危険もあります。会社の指定した期限を守って速やかに対応しなければなりません。
貸与品を紛失・破損した場合の対応
大切に扱っていても紛失・破損することがあります。貸与品を紛失・破損した場合のルールは就業規則に規定されることが多いので、確認しましょう。
迅速に会社に報告して対応を相談する
貸与品の紛失・破損に気付いたら、速やかに会社に報告してください。
報告が遅れて対策が後手に回ると、損害が拡大するおそれがあり、信頼関係を保つには正直な報告が適切です。直後であれば、鍵の変更やアクセスのブロック、リモートロックといったセキュリティ上の対策を講じられます。
報告書を作成して会社の指示を仰ぐ
次に、会社の指示に従い、紛失や破損の経緯について報告書を作成します。
紛失した日時や最後に確認した場所を伝え、会社の判断を待つのが適切です。謝罪と反省を誠実に伝え、弁償が必要かどうかは会社の指示を待つのがよいでしょう。
警察に届出をする
重要性の高い物品を紛失した場合は、警察にも紛失届を出しておきましょう。盗難の可能性がある場合は盗難届を出し、警察と連携するのが重要です。
重要な貸与品を紛失・破損した場合、解雇をはじめとした重大な処分を避けるため、弁護士の無料相談を活用して不安を解消するのがおすすめです。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説

【まとめ】退職時の貸与品の返却

今回は、退職時の貸与品の返却について、時期や方法、注意点を解説しました。
貸与品は、日々の業務で当たり前のように使用しているため、自分の物のように錯覚してしまいますが、あくまで会社の所有物であり、退職時には返却しなければなりません。
貸与品を返却しないと法的な責任を追及されるリスクがあります。会社から返還請求や損害賠償請求を受けるのは当然、返却しなかったことが原因でパソコンや社用スマホから機密情報が漏洩した場合、予想外に大きな損害が生じることもあります。紛争を避けるために、適切な対応を理解し、退職日までに責任をもって進めることが重要です。
退職手続きに不安がある場合や、会社との関係が悪化している場合、早めに弁護士へ相談すれば、退職代行を含むサポートを受けることが可能です。
- 貸与品(貸与物)の所有権は会社にあるため、指示に従って返却する義務あり
- 退職時に返却すべき貸与品は、会社から支給された物品の全てが基本
- 貸与品の返却を怠ると、損害賠償請求などの責任追及を受けるおそれがある
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