残業代をもらえない原因が、サービス残業を黙認する上司にあることもあります。上司は部下を監督し、残業を命じたり、帰社を指示したりして管理すべき立場。にもかかわらず、サービス残業を知りながら放置して黙認すれば、残業代の未払いという会社の違法行為を助長してしまいます。
ブラックで悪質な上司ほど、サービス残業を黙認します。自ら残業する社員を止めず、むしろ残業させようと助長するケースもありますが、そもそもサービス残業の黙認は違法です。残業を黙認する上司の行為には問題があるので、会社組織が全体として残業を管理しなければなりません。
今回は、サービス残業を黙認することの違法性と、そのような問題ある上司への対処法を、労働問題に強い弁護士が解説します。
- サービス残業の黙認は、現場の上司の問題と、組織ぐるみの場合がある
- 上司がサービス残業を黙認すると、未払い残業の違法があることが会社に伝わらず、改善や是正を図ることができない
- むしろ企業が組織として黙認しているとわかったら残業代請求が解決策
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サービス残業の黙認とは
サービス残業の黙認とは、労動者が自ら進んで残業をしていることに乗じて、見て見ぬふりをすることです。会社は、労動者の労働時間を把握し、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を越える残業や休日労働、深夜労働があれば残業代を支払わねばなりません。
にもかかわらず、命令も許可もないままに残業が行われている事実を認識しながら、適切な措置を講じない場合、サービス残業の黙認にあたります。
労働時間を管理する会社の義務は、実際は上司の手によって遂行されます。上司は、管理監督者として、自主的な残業が行われていると認識したら、適切な残業代が払われるように働いた時間を記録して会社に報告するか、さもなければ仕事を中断して帰るよう促す必要があります。これらの期待される対応をとらずに放置し、黙認するのは不適切です。
サービス残業が黙認されるのは労動者にとって大きな不利益です。黙認された残業時間は、労働時間として記録されることはなく、その結果、残業していなかったことになり「働いたのに対価がもらえない」事態が生じます。サービス残業を黙認されると、違法な残業代未払いに歯止めがかかりません。長時間労働の存在が隠されて会社に知られず、対策が講じられなくなってしまいます。
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サービス残業を黙認するのは違法
サービス残業の黙認は、違法です。
現代では、労働環境の改善が叫ばれていますが、依然として「サービス残業」の問題は根強く残ります。決められた労働時間を超えて働いたのに黙認され、その時間の対価を支払わない状態は、違法であることが明らかです。本来このような違法状態は企業側で是正すべきですが、何もしてくれないなら違法性を主張せざるを得ないでしょう。
残業の黙認は、次のように多くの法律に違反します。特に、労働基準法は、労働時間、休憩、休日などの厳格なルールを定めます。
- 労働基準法32条
使用者は、36協定を結ばずに法定労働時間を超えて残業させてはいけません。そして、この義務を守らず違法残業をさせるためにサービス残業を黙認しているなら、労働基準法32条違反となり、違反した会社には6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科されます(労働基準法119条)。 - 労働基準法37条1項
サービス残業を黙認するということは、つまり、その時間に対して残業代を支払わない意思表明だといえます。その結果、未払い残業代が生じると労働基準法37条1項に違反し、会社に6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科さられます(労働基準法119条)。 - 労働安全衛生法66条の8
労働安全衛生法は、長時間労働を避けるため、労動者の申出のある場合に医師の面接指導を受けさせることが、月80時間超の残業のある労動者については努力義務、月100時間超の残業のある労動者については義務としています。その前提として、タイムカードなどの客観的な方法で労働時間を把握する必要があります(労働安全衛生法規則52条の7の3)。
サービス残業の黙認は違法なので、経済的、身体的な悪影響を労動者に与えるにとどまらず、企業にとっても責任追及されイメージダウンになるリスクがあります。サービス残業の黙認が明らかにされれば企業の社会的評価は下がり、優秀な人材の流出にも繋がります。
使用者が本来は、黙認せずにしっかり違法を是正し、健全な労働環境を構築するよう努めるべきです。しかし、上司が黙認して会社に隠していると、社長や経営陣がまともでも、違法状態に気付けません。適切に対処されないなら、労動者が強く働きかけ、サービス残業が黙認されることのない働きやすい職場を目指すしかありません。
「サービス残業の違法性」の解説
サービス残業の黙認になる場合と、黙認とはいえない場合
自主的な残業について注意や指導をしないケースのすべてが「黙認」に該当するとも言い切れません。サービス残業の黙認になる例と、黙認とはいえない例を区別することで、どのような場合に違法となるのかを理解しましょう。
社内で働く姿を見たのに止めなければ「黙認」に当たる
まず、社内で自主的に働く部下の姿を見かけたのに止めないケースは「黙認」に当たります。「残業」として扱わないなら、直ちに作業を中止させ、帰宅を促すのが管理者として正しい対応です。残業が許可制や承認制の場合はなおさら、上司の立場においても部下がサービス残業しているとすぐ理解できるはずです。
したがって、自主的な残業を現認したのに中断させないのは、サービス残業の黙認であり、違法です。社外に持ち出して仕事をするといったサービス残業の態様もありますが、社外で見かけたとしても仕事をしているのが明らかなら、上司としては注意して止めるべきです。
「持ち帰り残業の違法性」の解説
残業中のメールやチャットがあれば「黙認」に当たる
実際に働く姿を見ていなくても、時間外にメールやチャット上で仕事のやりとりがあるなら、少なくともその前後で仕事をしていると推測できます。にもかかわらず注意をしないなら、やはりサービス残業の黙認にあたり、違法です。
更には、時間外のメールやチャットに返信したり、追加で業務の指示をしたりすれば、「黙認」にとどまらず、明示の残業の指示があったと評価できます。
「業務時間外のメールの違法性」の解説
業務量の過多を認識していれば「黙認」に当たる
指示した業務量がいつにも増して多いなら、終業時刻には終わらないだろうと予見できます。そうであるなら上司としては、終わらなくても定時には切り上げるよう部下に注意喚起すべき。そのような念押しや指示もなく放置したなら、サービス残業の黙認と言われても仕方ありません。従業員の能力からして難易度の高い業務を割り当て、残業を禁止しない場合も同じです。
このように残業をもたらす可能性の高い業務だと認識しながら、残業を禁止しないなら、残業を現に認識していなかったとしても「黙認」になります。更にいえば、そのような「業務量や質」についての指示は、「業務時間」についての指示ではなくても残業命令に当たる可能性もあります。
「仕事を押し付けられた時の断り方」の解説
労働時間の適切な記録を怠るのは「黙認」に当たる
労働時間の適切な記録は、企業の基本的な義務です。労働時間を正確に記録しないと、サービス残業が黙認されてしまいます。この義務は、労働時間が長くなりすぎないようにして労動者を保護するためのもので、具体的にはタイムカードや出勤簿、勤怠管理システムなどが用いられます。
また、これらの方法による出退勤の記録が実態とあっているか、不備がないかを企業は定期的に見直す必要があります。監督する立場の上司に対し、タイムカードを改ざんしたり勝手に打刻したりなど、適切な記録を阻害しないよう教育、研修するのも重要です。
労働時間が把握されていないと残業に気付けない結果、見逃された残業について残業代が払われず、違法な状態が黙認されてしまいます。
残業に気付かなければ「黙認」に当たらない
サービス残業の黙認とは「気付いていながら、注意せず黙っている状態」を指します。これに対して、そもそも残業に気付いておらず、気付かないことに責任もないといえる場合は、違法な「黙認」には当たりません。例えば、在宅勤務中に上司に伝えず残業した場合や、こっそり持ち帰り残業した場合など、どれほど注意しても気付けないなら、その残業を止めなくても黙認とはいえません。
労動者側で、このような反論を避けたいならば、残業したことに気付いてもらうべく、残業をするたびに自己申告するのが大切です。許可制や承認制になっている会社ならば、遠慮せずに会社に連絡すべきです。労動者から我慢してしまってはいけません。
残業を止めるよう何度も注意したなら「黙認」に当たらない
上司から残業を止めて帰宅するよう何度も注意されたなら、黙認に当たらないのは当然です。そのような注意や指導に反してどれほど働いても、残業とはカウントされません。注意されている状態で残業を続けてもプラスに働くことはなく、むしろ問題社員扱いされるおそれがあります。
裁判例でも「使用者の明示の残業禁止の命令に反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない」と判断したものがあります(神代学園ミューズ音楽院事件:東京高裁平成17年3月30日判決)。
なお、残業が必要なのに、ただ労働時間を短く抑えようと何度も注意する行為は「ジタハラ(時短ハラスメント)」の疑いあり。無理して残業をなくそうとするのもまた違法となるのです。
「残業禁止命令の違法性」の解説
サービス残業の黙認は上司に責任がある
次に、サービス残業を黙認する上司の責任の重さについて解説します。
残業代未払いを企業が是正するには、残業していたことを認識する必要があります。そのため、是正のきっかけすら企業に与えない「上司によるサービス残業の黙認」の責任は重大。残業代を支払う責任は会社にありますが、企業としても、現場で監督する上司がサービス残業を黙認していては、正しい判断ができなくなってしまいます。
上司の業務命令により残業を余儀なくされた場合
残業するよう命令しながら、それを黙認して残業の記録をつけないなら、上司の責任は重大です。このような黙認をする上司には、成果主義的な発想が背景にあることが多いです。つまり、自身やその部署の目標を達成するためなら手段を選ばず、部下を違法に酷使しようという考えです。
上司の昇進のために、部下が違法に酷使されるのは不当です。会社に発覚しないうちは「成果をあげる良い上司」と評価されますが、サービス残業を黙認するのでは上司の役目を果たしておらず、むしろ職務怠慢です。
成果や期限に対する上司のプレッシャーが強い場合
成果や期限に対する上司のプレッシャーが強いと、残業せざるを得ない心境に追い込まれることがあります。にもかかわらず、上司が残業の申請や記録をしないなら、それは違法なサービス残業の黙認です。組織のためとはいえ、度を超えてプレッシャーを与えるのは許されません。
このような上司の違法な対応には、会社としても単なる注意指導にとどまらず、懲戒処分を下すケースもあります。プレッシャーをかけて残業させる一方で、正確な記録をしなかった消防署の課長の行為が、懲戒事由に該当すると判断した裁判例もあります(福岡地裁令和4年7月29日判決)。
同僚や上司も残業していて帰りづらい場合
同僚や上司までもが一緒になって残業しており、会社に残らざるをえない場合もあるでしょう。ベンチャーやスタートアップほど、公私の区別が曖昧で、プライベートを捨てて貢献するのが当たり前になっている社風の会社もあります。
このようなケースでは、残業をしないと帰りづらい雰囲気を作っている上司にも、その責任の一端があります。一緒にやっているから残業にならないという理屈は通りません。むしろ、残業を現認しているのだから、会社に報告し、残業代を支払ってもらえるようにする必要があります。
「長時間労働の相談窓口」の解説
サービス残業を黙認する上司への対策
最後に、サービス残業を黙認する上司への対策について解説します。
他の店舗や事業所はしっかりと残業代が払われているのに、自分の所属先だけ未払いなら、上司によるサービス残業の黙認が原因となっている可能性があり、対策が必要です。
こっそりと残業時間の証拠を集める
サービス残業の黙認をやめさせるには、残業代を請求するのが最善の方法であり、そのためには残業時間の証拠を集める必要があります。
証拠収集のコツはこっそりと進めること。サービス残業を黙認する上司がいる場合、その上司にとって、会社にバレないよう部下を酷使するのが重要だったはず。残業代を請求しようとしているのが発覚すれば、自己保身のため証拠を改ざんしたり、隠したりする危険があります。権限のある上位の者ほど重要な資料へのアクセスが容易で、不正のリスクは高いです。
真っ先に集めるべき証拠は、残業時間を証明する次のものです。
- タイムカード、勤怠システムなどの写し
- オフィスや事業所の入退室の記録
- 上司に対する業務報告のメール、チャット
- パソコンのログ記録
- 交通系ICカードの利用明細
- 家族に帰宅する旨の連絡をするLINEやメール
詳しくは、以下の解説も参考にしてください。
「残業代請求の証拠」の解説
社内の雰囲気に流されない
サービス残業の黙認は、残業を美徳とする社内の雰囲気があって、この都合の良さに乗じた上司が放置することで起こるケースが非常に多いです。上司としては、黙認しているのがバレても、社内全体で常識化していた状況なら、責任を問われづらいからです。
このような事態を避けるには、部署や社内の雰囲気に流されないことが大切。サービス残業を黙認する上司への対策として、残業代が払われないなら残業せずに帰宅するのも一つの手段です。
「残業代が出ない場合に帰宅することの問題点」の解説
上司に対して適切な配慮を求める
上司に対して、サービス残業の黙認をやめ、適切に配慮するよう求めることも有効です。
会社にサービス残業を助長する意図はなくても、上司がその役割を果たさないなら、上司本人に配慮を強く要求すべきだからです。上司として行うべきことは、残業の申請や記録、会社への報告。そして、残業せざるを得ないほど忙しいなら、業務量の軽減や人員確保を会社に進言するといったことです。上司が味方になって、一緒に長時間労働の対策を会社に働きかけてくれるなら、労働問題を早期に解決できます。
労働の実態を無視した経営判断に、サービス残業の根本的な原因があるならば、上司も巻き込んで解決していくことも必要です。
一方で、上司が適切な対応をしてくれないなら、サービス残業の黙認は、被害者である部下にとってはパワハラと評価することもできます。したがって、ハラスメントの慰謝料を請求することで、上司による誤った対応をストップするよう求める手も有効です。
「パワハラの相談窓口」の解説
会社に報告して是正を求める
サービス残業を黙認する上司のせいで適切な残業代がもらえないなら、会社に報告して是正を求めるようにします。労働時間を把握し、残業代を払う責任は使用者にあり、そのために上司を監督したり教育、研修したりして、サービス残業を行わせないようにするための意識啓発をすることもまた、企業の義務です。
上司に問題があることを会社に認識させれば、これまでの違法な黙認について注意指導し、懲戒処分を下してもらったり、異動や降格によって上司の立場から外れされたりといった対策を講じてもらうことができます。会社が正しい判断をしてくれれば、上司の責任を会社が追及し、これまで問題ある上司によって引き起こされていた不利益が是正されることが期待できます。
なお、会社には、労動者の安全と健康に配慮し、労働環境を整備する義務があります。黙認による長時間労働で病気になってしまった場合には、労災として処理できるほか、会社の安全配慮義務の違反といえます。サービス残業の黙認を会社に報告しても是正されない場合、この安全配慮義務の責任を追及して損害賠償を請求することも可能です。
「安全配慮義務違反の損害賠償請求」の解説
労働基準監督署と弁護士に相談する
ここまでの交渉や働きかけによっても残業代が受け取れないなら、もはや「上司によるサービス残業の黙認」という問題を超えて、会社ぐるみでの残業代未払いという違法状態が生じていると断言できます。このような確認ができたら次に、外部の機関に相談すべきです。相談先は、労働基準監督署か、労働問題に精通した弁護士がおすすめです。
労働基準監督署は、労働基準法などの違反について監督する行政機関であり、まさに労働基準法の問題である残業代未払いについて助言指導、是正勧告や刑事罰によって対処してもらえます。もっとも、労基署には、残業代を回収する権限まではなく、労動者の味方になって損なく未払い残業代を回収したいなら、弁護士に交渉を依頼すべきです。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
労働審判や訴訟で残業代を請求する
会社との交渉では解決できないなら、労働審判や訴訟といった裁判手続きに進めましょう。
訴訟では解決が長期化しがちなので、まずは労働審判による早期解決を求めるのがお勧めです。労働審判なら、早期かつ迅速に、柔軟な解決を実現することができます。また、労働審判における解決に納得いかないなら、審判から2週間以内に異議申立てをすれば訴訟に移行できます。
残業代請求の流れは、証拠の準備からはじめて、残業代の計算をし、交渉、法的手続きに至るという手順で進めてください。
「労働審判で残業代を請求する手順」の解説
まとめ
今回は、上司によるサービス残業の黙認について、違法性や対処法も踏まえて解説しました。
部下を管理する立場にある上司は、違法なサービス残業を看過してはなりません。にもかかわらず、黙認してくる上司は実際には多いもの。サービス残業の黙認は違法であり、労動者には、働いた分の残業代を請求する権利があります。
サービス残業を黙認する上司をそのまま放置しては、どれだけ働いても残業代がもらえず、会社にもあなたの努力が伝わらず、正当な評価も受けることができません。上司の都合でこき使われる現状を打破するため、勇気を出して会社に残業を申告すべきです。
ただ、「上司」だけの問題でなく「会社ぐるみ」でサービス残業を黙認されるなら、残業代請求は大きなトラブルに発展します。労動者一人で立ち向かうのが難しい場合、労働問題を専門とする弁護士に依頼するのがおすすめです。まずはお気軽にお問い合わせください。
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