地震なのに出勤を命じられたときの対応、出社命令の違法性について解説します。
毎年3月11日になると、東日本大震災が思い返されます。地震などの災害が起きてもなお、出勤を命じてくる会社があります。なかには「地震で大変なんだから、職場をサポートするため出社しろ」と命令するブラック企業も存在します。
家族が大変で、仕事どころではないのに……
家が遠いので、出勤しようにも事実上困難!
地震が起こると、このような労働問題の相談が寄せられます。電車、バスなどの公共交通機関がストップし、出勤したくても動けなかったり、オフィス周辺の被害がひどいと「会社に行くと危険なのでは?」と不安に感じることでしょう。
雇われて給料をもらっていると、会社の業務命令に従う義務があるものの、地震などの災害時、出勤を命令されたときにまで、従わなければならないわけではありません。命令に応じて出勤し、ケガをしたり、最悪は死亡してしまったりしたら労災であり、かつ、企業の安全配慮義務違反の責任を問うことができます。とはいえ、そもそも危険は未然に防止しておくべきでしょう。
出勤命令が違法ならば、たとえ労働者でも、従う義務はありません。地震などの災害時、出勤命令の違法性と、その基準について理解しておいてください。
- 労働者は、会社の出勤命令・出社命令に応じる義務がある
- 地震や災害など、危険があるとき、業務命令に応じなくてもよい場合がある
- 出勤の命令に応じない場合にも、会社の状況に配慮した対応が必要
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
地震のときの出勤命令にしたがう必要ある?
地震などの災害に、通勤中に巻き込まれると、電車に閉じ込められたり、渋滞にはまって抜け出せなくなったりと、大惨事になってしまいます。ラッシュ時ほど、特に危険。「大地震、大災害のとき、その場から動かない方がよい」ということもありますが、労働者のそのような事情など全く考慮しないのがブラック企業のやり方です。
地震の被害を受けたとき、通勤が事実上困難であり、出勤を強制されても従えないこともあるでしょう。それでもなお、会社の出勤命令に従わなければならないのでしょうか。出社の命令に従わないと、処分を受けるおそれがあるのでしょうか。
会社には、出勤命令する権利がある
まず、会社は、雇用する労働者に、出勤・出社を命じる権利があります。この権利は「出勤命令」ないし「出社命令」といって、労働契約で会社にあたえられる「業務命令権」の一環です。
「労働者に出社を命令する権利がある」と雇用契約書や就業規則に書いてあるケースはもちろん、明記されていなくても、雇用関係にあれば当然に命令でき、労働者としては命令に従わなければなりません。出社を命令する権利があるのは、地震などの災害時でも同じことです。
地震で事務所の書棚が倒壊し、書類ファイルが散乱したら、大至急片付けなければなりません。手助けが必要なときほど人手が必要であり、出社命令・出勤命令の必要性が高いといえます。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
労働者には、出勤命令に応じる義務がある
労働者は、会社に雇用され、給料をもらうことで、会社の命令にしたがう義務を負います。つまり、業務命令によって会社から命じられた出社・出勤に、原則として応じなければなりません。
これは、労働者が会社に対して負っている「労務提供義務」の一貫だからです。地震などの災害のあった地域の会社は、復旧が必要です。出勤命令に応じて出社し、職場の復旧作業を手伝うこともまた、労務提供義務に含まれます。
したがうべき義務のある出社命令・出勤命令に応じなければ、業務命令違反となります。会社から注意指導を受けたり、懲戒処分となったり、最悪は解雇されてしまうおそれがあります。
「懲戒解雇を争うときのポイント」の解説
地震なのに出勤しろといわれたときの対応
次に、地震なのに出勤しろと言われてしまったときに、労働者がすべき対応について手順で解説します。
安全を第一に行動する
自分の安全を第一に考えて行動してください。長年会社に貢献してきて、責任感、義務感が強く、「自分のことは二の次」と考える人もいますが、そのような考えは全くお勧めできません。震災など、被害が甚大なケースほど、安全第一の基準が大切です。
真面目な性格な人ほど、一人では地震の危険性を判断できなくなっています。他人の方が客観的に考えられることもあるので、家族から出社を止められたら従うことを検討してください。
出勤命令が適法かどうか検討する
次に、出勤命令が適法かどうかを検討してください。
適法な出勤命令には従わなければなりませんが、違法なら拒否してよいものです。ただし、今後の人間関係や社内での立ち回りを考えると、「従う必要がない」と判断したときも、命令を無視したり放置したりするのでなく、「行けない理由」を説得的に伝えて、きっぱりと断る必要があります。
※ 判断基準は「地震のときの出勤命令は違法?判断基準は?」参照。
生命・身体に危険が及ぶなら命令には従わない
出社命令・出勤命令に従うと、労働者自身の生命、身体に危険が及ぶことが明らかな場合にまで、会社の命令に応じる必要はありません。
震災の場合など、自然災害によって、労働者の生命、身体に危険が及ぶケースは多いもの。このとき、たとえ雇用契約上の義務といえど、例外的に、出社命令・出勤命令に従わなくてもよいです。また、従わないことを理由に罰せられたり、制裁を下されたりすることもありません。
給料をもらっていても、自分の生命・身体を犠牲にしてまで会社に尽くす義務はありません。
「安全配慮義務」の解説
地震のときの出勤命令は違法?判断基準は?
次に、出勤命令・出社命令の違法性の判断基準について解説します。
地震で公共交通機関が混乱したり、停電・断水したりしたのに出勤を強要されると、生命・身体に危険が及ぶケースもあります。身の安全が脅かされるケースでは、出社を命じる業務命令そのものが、違法であると評価でき、労働者といえど従う必要はありません。
そこで、災害時に出勤命令を受けてしまい、対応に迷うときに、「その業務命令は違法なのではないか?」を検討する必要があります。
地震のとき、出勤命令の違法性はどう判断すればよい?
地震などの災害時に出勤すれば、次のような危険が予想できます。
- 倒壊した建物のガレキが、頭上から降ってくる
- 割れた窓ガラスが降ってくる
- 倒壊した建物に押しつぶされ、身動きが取れなくなる
- 地震を原因とした火災に巻き込まれる
そして、地震などの自然災害による危険は、どれほど注意しても防ぐことができません。
生命、身体に危険があるならば、出社命令・出勤命令に応じなくてよいといえます。地震の震度、強度や、住んでいる地域の被害の程度によって、ケースバイケースで判断すべきなので、予想される具体的な危険を列挙するようにしてください。
「労災について弁護士に相談すべき理由」の解説
裁判例における出勤命令の違法性についての判断基準
裁判例でも、労働者の生命・身体に危険が及ぶと予想されるときは、出社・出勤をしろという業務命令にはしたがわなくてもよいことが明らかにされています。この判断は、地震などの自然災害にも応用することができます。
電電公社千代田丸事件(最高裁昭和43年12月24日判決)の事案は、日本と韓国の間の海底ケーブルの修理のため、船舶(千代田丸)への乗船を命じられた社員が、日韓の緊張状態を恐れて乗船拒否したのを理由に解雇され、その有効性を争ったケースです。この事例では、裁判所は次のように判断し、業務命令にしたがう義務を否定しました。
「現実に米海軍艦艇による護衛が付されたこと自体、この危険が単なる想像上のものでないことを端的に物語るものといわなければならず」
「動乱終結後においてなお、この危険が具体的なものとして当事者間に意識されていたからに他ならない、というべき」
「かような危険は、双方がいかに万全の配慮をしたとしても、なお避け難い軍事上のものであつて、海底線敷設船たる千代田丸乗組員の本来予想すべき海上作業に伴う危険の類いではなく、また、その危険の度合いが必ずしも大でないとしても、なお、労働契約の当事者たる千代田丸乗組員において、その意に反して義務の強制を余儀なくされるものとは断じ難い」
電電公社千代田丸事件(最高裁昭和43年12月24日判決)
担当する業務において、本来予想されたものを超えるほどの危険があるとき、出社命令・出勤命令などの業務命令が違法となるということです。そして、この場合、その業務命令を拒否しても、解雇などの不利益な処分を下されません。
危険があることは、具体的に予測できるかどうかがポイントです。漠然とした不安ではなく、出社・出勤を断るときは、実際に危険があることをしっかり会社に説明しておきましょう。
「裁判で勝つ方法」の解説
地震により、出勤命令にしたがうのが不可能なときの対応
交通機関がストップしてしまった状況での出勤は難しい方がほとんどでしょう。出勤命令に従うのが事実上不可能な場合、労働者は、どう対処するのが適切でしょうか。
いくつかの対応策があって、状況に応じて正しい選択をする必要があります。重要なのは、社長や上司から「何がなんでも出勤しろ」「できるだけ注意して出社は必ず」といった強要を受けても、冷静に業務命令の違法性を判断し、従うかどうかを決めることです。
出勤途中でも帰宅する
通勤の途中で地震などの自然災害に遭ってしまったら、出勤途中でも帰宅するのが適切な対応となるケースがあります。つまり、「途中帰宅」ということです。電車に乗る前に地震が起こった場合、そのまま電車に乗ってしまうと公共交通機関の混乱に巻き込まれるおそれがあり、通勤を続けるより自宅に帰宅した方が適切な場合も多いでしょう。
出社命令・出勤命令を受けていても、通勤手段がなく通勤が不可能な場合や、通勤すると生命、身体に危険が及ぶと予測される場合、「途中帰宅」は適切な対応です。リモートワークが普及している会社なら、途中帰宅して在宅で仕事をすることを選択できます(会社に事前に、リモートワークでよいか確認することで、労働時間となる在宅勤務を正しく認定してもらえます)。
「持ち帰り残業の違法性」の解説
自宅待機する
地震の被害状況がなかなか判明しないときは、自宅待機が適切な対応である場合が多いです。まだ通勤していないケースはもちろん、一旦は通勤したが途中帰宅したケースでも同じです。
大地震で停電したり、報道情報が得づらかったりするとき、その場の思いつきで行動するのは危険です。出社命令・出勤命令があっても、情報を的確に把握して、危険がなくなってから応じるべきです。なお、地震に伴う津波、建物の倒壊、火災といった二次災害が予想される場合、避難所への避難が適切なこともあり、必ずしも「自宅」待機のみではありません。
「自宅待機命令の違法性」の解説
欠勤する
大地震など、被害の大きい自然災害では、数日の間欠勤すべきというケースもあります。
欠勤をする場合は「ノーワークノーペイ」が原則。ただし、会社が休業せざるを得なくなった場合には休業手当を受け取れたり、自宅でも仕事していた場合は給料が払われたりする場合もあります。念のため、会社への問い合わせを行っておくのがよいでしょう。
「休業手当の計算と請求方法」の解説
有給休暇を利用する
最後に、地震などの災害によって、出勤、出社が困難な場合に、有給休暇を取得するという解決策もあります。
有給休暇はどのような理由でも取得する権利があります。地震などの災害によって、命じられた出社が困難だという場合、波風をたてないよう、有給休暇をとることで対応できます。「有給休暇を取る」と言えば、会社としてもこれ以上出勤しろとは命じることはできません。有給を取らないようプレッシャーをかけてくる会社は、悪質なブラック企業です。
ただし、会社が災害によって混乱状態にあることに配慮した連絡をすべきです。お互いの状況に配慮した有給休暇の取得のしかたを心掛けましょう。
「有給休暇を取得する方法」の解説
地震なのに出勤を命じられたときの注意点
最後に、地震なのに出社を命じられたとき、労働者側の対応で注意すべきポイントを解説します。ルールが曖昧なこと自体が問題だと考えられますから、自分の会社での扱いが不明なときには、会社にも確認しておくのがおすすめです。
災害時の出社命令は安全配慮義務違反の可能性がある
会社は、労働者の生命、身体の安全に配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っており、違反があると、損害賠償を請求することができます。労働契約法では、次のように定められています。
労働契約法5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
労働契約法(e-Gov法令検索)
したがって、地震などの災害が起こったとき、労働者の生命・身体に危険があるにもかかわらず出社・出勤を命令した会社には、安全配慮義務違反の責任を追及できます。安全配慮義務違反の結果、ケガしたり死亡したりしたとき、具体的には、次の損害の賠償を請求します。
- 治療費
- 通院交通費
- 休業損害
- 介護費
- 慰謝料(通院慰謝料、後遺障害慰謝料、遺族の慰謝料)
- 逸失利益
地震などの自然災害は、起こることを避けられませんし、注意しても被害が出てしまいます。
そのため、会社の「安全配慮義務」の内容としては、書棚の倒壊防止・飲食物やヘルメットの常備・非常口の設置など地震に備えた防災の準備をすることはもちろんですが、地震が発生したとき、適切な事後対応をすることも含まれます。
会社は情報収集を徹底し、状況把握に努め、危険の及ぶような出勤命令は出さないよう注意することが必要となります。
「退職後も労災の支給を受ける方法」の解説
出社命令にしたがわないとき、給与はもらえるか
「ノーワークノーペイの原則」という重要なルールがあります。これは、「働かなければ給与をもらうことはできない」という意味です。
地震などの自然災害が原因でも「ノーワークノーペイの原則」があてはまるのが基本。したがって、地震など、出勤できないやむを得ない理由があれど、働いていない以上は給料が払われません。一方で、働けないことの理由が会社側にあるときは、給与をもらえるケースがあります。
地震の被害について十分に復旧が進み、危険なく働くことができるにもかかわらず、次のような理由が働けない原因となっているときには、「働けない理由が会社にある」として、給料は請求できる可能性があります。
- 地震によって取引先にトラブルがあった
- 地震によって仕事がなくなってしまった
- 業務はできるが、安全に自信がないので大事をとって休みにした
- 地震によって工場が動かなくなってしまった
- 地震によって社長が倒れて指示が出せなくなって
安全などの点で念のため出社を回避するとき、賃金補償をしてくれる企業もあるので確認しておきましょう。なお、在宅勤務などのリモートワークでは、地震であっても労働を続けることができるとき、給料がもらえるのは当然のことです。
「未払い賃金を請求する方法」の解説
特殊な職業の方の考え方
ここまでの解説は、一般的な、オフィスではたらくサラリーマンを想定しています。オフィスではたらく方は、出勤・出社しなければ業務はできません。
これに対して、特殊な職業の方の場合には、必ずしも一般論があてはまらない方もいます。例えば、警察官、消防士、自衛隊職員、救急病院の医師・看護師など、危険時に働くことを想定される職業の場合、身の安全が大切なのは当然ですが、サラリーマンよりは、出社の命令に従う必要があると判断される可能性が高いです。
また、教員や公務員など、生徒の安全を確保するために働くべき理由があるとき、その出勤・出社の判断基準は、ケースバイケースの検討が必要となります。判断に迷うときには、労働法に精通した弁護士のアドバイスを受けるようにしてください。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
まとめ
地震などの災害のときでも、会社から出社命令・出勤命令を下されてしまったら、まずは「自分の生命、身体が危険にさらされないかどうか」を重要な判断基準にして行動してください。
危険の及ぶ可能性があるとき、その危険が具体的に予測できるならば、出社・出勤の業務命令は違法であり、したがう必要のないケースもあります。
「会社の命令だから出勤せざるをえない」と無理するのは禁物です。むしろ、地震・災害で混乱したなかで出勤を強要する会社は、安全配慮義務違反の責任を負うおそれもあります。強く命令をしてきてパワハラであるように感じられたり、無視すると不利益を被ってしまったりしそうなときには、弁護士に相談して対応するのが有益です。
- 労働者は、会社の出勤命令・出社命令に応じる義務がある
- 地震や災害など、危険があるとき、業務命令に応じなくてもよい場合がある
- 出勤の命令に応じない場合にも、会社の状況に配慮した対応が必要
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
【労災申請と労災認定】
【労災と休職】
【過労死】
【さまざまなケースの労災】
【労災の責任】