厳しく指導されると「パワハラなのでは?」と疑問を感じる方もいるでしょう。注意指導をする側からしても、感情的になってしまって後悔するケースもあります。人格否定の発言や暴力を伴えばパワハラなのは明らかで、疑いようもありません。しかし、指導の目的があると、パワハラなのかどうかが曖昧となって判断に迷うケースも多いです。
自分にも非があるので厳しい指摘も我慢するしかない
社内の和を重視するため厳しすぎる指導を争いづらい
このような法律相談を受けることがありますが、パワハラなのか、適切な指導なのかを自分だけで判断するのでなく、弁護士のアドバイスを聞くのがお勧めです。自責思考は良いことですが、会社や上司が誠意ある対応をしてくれないと、自分が傷つくだけです。「指導」だといいながら行き過ぎて、パワハラになってしまう上司だと、我慢していると自分の身が削られてしまいます。
今回は、パワハラと指導の違いについて、労働問題に強い弁護士が解説します。業務に関する適切な指導ならば、労働者には従う義務がありますが、行き過ぎて違法なパワハラになってしまっているなら、拒否するのが適切な対応です。
- パワハラと指導の違いは、行為の目的、態様、程度などで総合的に判断する
- パワハラと指導を区別することで、それぞれ適切に対処する必要がある
- パワハラと指導の違いを理解し、パワハラの被害・加害を回避することが重要
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パワハラと指導の違い
はじめに、パワハラと指導の違いについて解説します。パワハラと指導を正しく区別するには、そもそも「パワハラ」「指導」がどのように定義されているかを理解する必要があります。
パワハラとは
パワハラは、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されるもの、と定義されます(労働施策総合推進法30条の2)。この法律上の定義に沿って、自分の受けた被害が「パワハラ」に該当するかをわかりやすく知るには、厚生労働省の定めるパワハラの6類型が参考になります。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
パワハラかどうか迷うときは、まずは6類型にあたるかどうかを検討してください。ただ、この類型はあくまでパワハラをわかりやすく説明するものに過ぎず、ここに含まれていない言動でも、パワハラになる可能性があります。
前述のパワハラの定義からして、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」がパワハラなので、逆に、業務上必要で、相当な範囲内で行われる行為はパワハラではなく、業務に関する適切な指導だといえます。
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指導とは
指導とは、問題がある労働者に対して、問題点を指摘し、改善させるために行われる業務上の行為です。会社は、労働契約に基づいて、労働者に業務命令をする権利を有しており、管理監督する立場にある上司は部下に対し、会社に代わって業務命令権を行使し、指導を行います。指導は、「業務指導」「業務指示」「注意指導」などと呼ぶこともありますが、適切に運用される限りはパワハラではなく、適法な業務行為の一環です。
したがって、パワハラと指導は厳然と区別する必要があり、パワハラではなく指導ならば、全くの適法であり、労働問題ではありません。
「労働問題の種類と解決策」の解説
行き過ぎた指導はパワハラにあたる
パワハラと指導を区別しなければならない理由は、行き過ぎた指導はパワハラとなり、違法だからです。パワハラと指導の境界は接しているところ、「パワハラなら違法、指導なら適法」。このことは、パワハラを受けた被害者にも、パワハラだと指摘された加害者にとっても重要です。
【パワハラ被害者側の目線】
パワハラを受けた被害者側では、指導との区別ができていないと、違法なパワハラ被害を訴えることができません。「指導」なのに「パワハラ」だと固執し続ければ、むしろあなたが問題社員だと言われてしまうでしょう。
【パワハラ加害者側の目線】
パワハラの加害者だと指摘された人にとっても、指導との区別できないと無自覚なパワハラを防げず、責任追及を受けてしまいます。きちんと区別して指導しなければ、部下からのパワハラの訴えが怖くて萎縮してしまい、上司として果たすべき十分な指導ができません。
前章で解説した法的な定義を見比べても、パワハラと指導はよく似ており、起こる状況も同じであるため、その区別は非常に難しい問題です。
例えば、適切な指導は、ときとして厳しい発言やきつい口調でされることがあり、パワハラの一種である「精神的な攻撃」に似てしまいます。
能力や勤務態度が理由で成果を出せない社員に対して、指導の一つとしてノルマを課すことがありますが、パワハラの一種である「過大な要求」と区別されます。
問題社員に対する制裁として重要な仕事を取り上げることがありますが、「過小な要求」「人間関係の切り離し」といったパワハラとは別物です。
なお、暴力は、いかなる指導でも正当化されることはないため、「身体的な攻撃」というパワハラに似た指導というものはありません。
上記のような例で、パワハラになる場合には「過大」「過小」といった、要は「必要以上だ」という意味合いが含まれます。つまり、パワハラと指導の違いは、明確に区別できるものではなく「程度問題」であり、客観的に明らかな正解があるわけではありません。次章「パワハラと指導の違いについて判断基準は?」でも解説の通り、判断基準は、その言動の目的と、必要性・相当性を総合的に考慮して決定するしかありません。
パワハラと指導の違いについて、最終判断は裁判所が行います。そのため、パワハラについて判断した裁判例を知る必要があります。間違っても、会社の判断を鵜呑みにしてはならず、労働者だけで判断するのも危険です。具体的な事例に即した判断は、パワハラ裁判の豊富な経験を有する弁護士のアドバイスを聞くのが最善です。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
パワハラと指導の違いについて判断基準は?
次に、パワハラと指導の違いについて、判断する基準を解説します。以下の判断基準は、パワーハラスメントについて判断した裁判例の基準をまとめたものです。
パワハラと指導の区別については、これらの基準を総合的に考慮して判断されます。一つの基準のみで判断できるわけではなく、一つの条件を満たしたからといって違法なパワハラとなったり、適法な指導となったりするわけではない点に注意してください。
指導の目的があるか
パワハラと指導を分ける大きなポイントが、その行為の目的です。
パワハラでなく指導なのであれば、行為者には「指導しよう」という目的があります。目的は、その行為者の内心のことなので明示されない場合もありますが、正当な注意、指導、教育といったものならば、少なくとも次の要素を含んでいなければなりません。
- 指導の対象となった人の具体的な問題点の指摘がある
- 問題点をどのように是正すべきか、具体的な改善策が提案されている
- 問題の再発を防止するためのアクションプランが示されている
例えば、ミスした労働者に対して、具体的にミスの問題点を指摘し、再発を防止して今後はより良い業務遂行をさせようとする目的から発しているなら、パワハラではなく適切な指導である可能性が高いです。これに対して、問題点の指摘が抽象的だったり、好き嫌いの感情から嫌がらせで注意したり、否定するだけで改善策がなく、辞めさせようとしている場合などは、違法なパワハラにあたる可能性が高いです。
「パワハラの証拠」の解説
不当な動機・目的がないか
不当な動機・目的がある場合には、違法なパワハラとなります。特に、パワハラとしてされる言動の目的は、業務と全く無関係なこともあります。例えば、次の動機・目的は不当です。
- 嫌がらせをしたい
- 不快な思いをしてほしい
- 相手を馬鹿にしたい
- 自分のストレスを発散したい
- 自主的に退職してほしい
- 職場から排除したい
これらの目的は、業務には不要であり、不適切なことが明らかです。指導はあくまで、その対象となる人のためを思ってされるものですから、パワハラ加害者の個人的な好き嫌いなどで行われる言動が適切な指導となることはなく、違法なパワハラです。
判断が難しいのは「指導の目的」と「不当な動機・目的」のどちらも存在するケース。つまり、行為者には不当な動機・目的がある一方で、指導の対象となった労働者にも、注意されてもしかたない問題点がある場合です。この場合も、不当な動機・目的がある時点で、違法なパワハラとなります。
業務上の必要性があるか
パワハラと指導を分ける判断基準として、その行為に業務上の必要性があるかどうか、という点が重要です。指導は、業務を円滑に進めるために必要不可欠なものであるのに対して、パワハラは業務にとって全く不要だからです。
指導が業務に必要な理由は、指導をされた労働者の問題点を改善するためであるのはもちろんのこと、ひいては、安全な職場環境を整備し、企業の秩序を守るといった、他の労働者も含めた職場全体のためにもなります。なお、パワハラをする加害者のなかには「強く指導しないと従ってくれない」などとパワハラを正当化しようとする人もいますが、本当に業務に必要な指導ならば、適切な行為によってもその目的を達することができるはずです。
パワハラは「業務上必要かつ相当な範囲を超える」言動であるところ、人事院パワーハラスメント防止ハンドブックは、この点は具体的な状況(言動の目的、対象者の問題行動の有無と程度、経緯、業務の内容や性質、言動の態様、頻度、継続性、職員の属性や心身の状況、行為者との関係性など)を踏まえて総合的に判断する必要があることを示しています。
行為の態様が相当か
指導とパワハラの違いを判断する際、その行為の態様にもポイントがあります。指導の目的があって「目的」が正当なものだったとしても、それを果たすための「手段」が不適切なら、違法なパワハラになる可能性があるからです。
例えば、業務において指導が必要な場面であったとしても、次のような態様は不適切であり、指導ではなくパワハラだと言ってよいでしょう。
- 不必要なほど強くしかりつける
- 何度も罵倒する
- 殴って指導する、体罰を加える
- 業務に関係のない人格を否定する
- 必要以上にネチネチと責める
- 直ったミスについて過去を掘り返す
- みんなの前でミスを指摘する
威圧的、攻撃的な態様は、たとえ指導の目的があってもパワハラです。「厳しい」ということを履き違えてはならず、適切な態様かどうか、慎重に検討してください。一方で、一瞬の判断の遅れが人命に直結するといった緊急時には、ある程度強い語気で発言してもパワハラにはなりません。
部下が何度指摘しても問題点を直さないと、つい感情的になって強く言い過ぎてしまう上司もいます。しかし、このような場面では、パワハラしたからといって改善するわけではなく、根本的な解決策にはなっていません。
態様が相当かどうかを判断するには、口調や声の大きさを記録に残しておく必要があります。パワハラと思われる言動を受けたら、録音をするのがお勧めです。
「パワハラの録音」の解説
労働者の不利益が過大ではないか
指導とパワハラとでは、その結果も全く違います。適切な指導ならば、労働者に被害を与えすぎることはありません。厳しい指導でも、「改善を促すのに必要な痛み」にとどまるならば、問題を起こした労働者としては耐えて努力をすべきです。
これに対して、パワハラを受けると、精神的に追い詰められ、退職を余儀なくされたり、最悪は、うつ病や適応障害などの精神疾患にかかってしまうこともあります。無用な攻撃によって精神的なダメージを受ければ、指導効果は全くなく、むしろ萎縮して業務が円滑に進まなくなります。したがって、労働者の受ける不利益が過大な場合には、違法なパワハラだといってよいでしょう。
会社は、健康的で、安全な職場で働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)を負うため、労働者に多大な不利益を与えるような違法なパワハラを放置していると、加害者だけでなく、パワハラ発生を防止しなかった会社にも責任があります。
「安全配慮義務」「パワハラの黙認の違法性」の解説
明らかに指導ではなくパワハラとなるケース
「パワハラと指導の違いについて判断基準は?」の通り、パワハラと指導との違いは非常に難しい問題で、区別は決して容易ではありません。ただ、少なくとも「指導ではなくパワハラなのが明らかだ」といえる明白なケースがあります。明らかにパワーハラスメントとなるケースを理解すれば、違法行為を我慢して苦しむ場面を減らし、加害者としても絶対に禁止される違法性の強い言動は回避することができます。
パワハラと指導との違いは「程度問題」だと解説しましたが、その区別が「微妙」ではなく、「誰が見ても明らか」といえる事案は、以下の3つです。
暴力をともなう指導はパワハラ
指導の対象となった労働者にどれほど大きなミスがあり、注意指導が必要だったとしても、暴力は許されません。暴力で従わせようとするやり方が、違法なパワハラとなるのは明らかです。
身体的な攻撃を伴うのは、パワハラのなかでも特に重度のものです。不法行為(民法709条)として慰謝料請求の対象となるだけでなく、暴行罪(刑法208条)、傷害罪(刑法204条)といった刑法違反となり、犯罪行為に該当します。
「労働基準監督署への通報」の解説
人格否定をともなう指導はパワハラ
人格や人間性の否定を伴うケースもまた、パワハラにあてはまる典型例であり、断じて許されません。注意指導が必要なのは、あくまで業務に関連することが理由であり、人格や人間性は業務とは無関係です。「罪を憎んで人を憎まず」というように、ミスは改善すればよく、労働者自身を責めてはいけません。
例えば、次の発言は、指導とは無関係な人格否定であり、明らかなパワハラです。
- 「バカ」「死ね」など、労働者への悪意のある発言
- 「ブス」「ハゲ」「チビ」など、容姿や外見を指摘する発言
- 「給料泥棒」「無能」など、必要以上に攻撃的な発言
なお、これらの発言が性的な意図をもってされるなら、セクハラ発言となる可能性もあります。
「セクハラ発言になる言葉の一覧」の解説
必要以上の被害を与える目的ならパワハラ
業務指導や注意の目的は、労働者にダメージを与えることではありません。行き過ぎた指導、上司の熱意は、部下に必要以上の被害を与えてしまいます。しかし、これでは、パワハラになっていると言わざるを得ません。集団で行えば、職場いじめや無視といったパワハラにあたることもあります。パワハラで必要以上の被害を受けたなら、直接の加害者はもちろん、会社にも慰謝料をはじめとした損害賠償を請求することができます。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
パワハラと指導の違いを理解するための注意点
最後に、パワハラと指導の違いを理解するのに、注意すべきポイントを解説します。
問題社員の指導のしかたを知る
問題社員がいる場合など、指導はどうしても必要な場面があります。
社長や上司など、上の立場にいる者ほど、社内の秩序を守るため、指導をしなければなりません。このとき、正しい指導のしかたを知らないと、指導を受けた人から「パワハラだ」という指摘を受けてしまいます。萎縮していては適切な指導ができず、企業秩序は守れません。指導は、正しい目的と方法を理解して行えば、パワハラになることはなく、全く問題ありません。
正しい指導をするには、次の注意点を守って進める必要があります。
- 指導する相手の人格を尊重する
- 相手の立場や感情を理解して、過度に否定しすぎない
- 問題点を具体的に指摘してフィードバックを伝える
- 改善策を明確に伝える
- 公平に指導する(特定の社員だけをターゲットにしない)
- 明確な基準に基づいて公正に指導する
- 他社員の前で指導をしない
- 問題点に見合った重さの指導をする
これらの注意点を守った指導なら、被害者としても忠実に従って問題点を改善すべきであり、パワハラとして訴えるべきではありません。加害者としても、パワハラだと誤解されるリスクを避け、職場での円滑なコミュニケーションを図ることができます。
パワハラは上司から部下への指導に限らない
本解説は、パワハラと指導の違いが問題になりやすい「上司が部下に指導する」という場面についての説明した。しかし、職場でのパワハラが起こるのは、上司から部下に対してだけではないことにも注意が必要となります。上司から部下へのパワハラは、職場における上下関係、主従関係という優越的な立場を利用しており、パワハラになりやすいですが、同僚同士や、部下から上司に対しても、パワハラが起こることはあります。
このとき、職場の地位が同じであったり、むしろ下だったりしても、能力や経験、コミュニケーション力など、様々な観点で優越する人から、パワハラを起こされることがあります。
「逆パワハラの違法性と訴える方法」の解説
まとめ
今回は、パワハラと指導の違いについて、法的な観点から解説しました。
指導のつもりでしている言動も、行き過ぎると違法なパワハラになります。悪質な会社は、業務に関連する指導のふりをして、悪意をもってパワハラをしてくるので、労働者側で正確に区別するのは非常に困難です。客観的に見ればパワハラでも、被害を受けている最中には冷静に判断できず、「指導なのかもしれない」と不安がよぎると、断固として拒否するのは難しいことでしょう。
その場で社長や上司に「パワハラに該当するので止めてほしい」と伝えても、「これは指導だ」「注意されるような非がある自分が悪い」などと責められ、泣き寝入りする労働者も数多くいます。このようなケースで対面でパワハラを主張し続けていると、問題社員扱いされ、減給や降格、最悪は解雇といった更に大きな不利益を被るおそれもあります。
パワハラと指導の違いを理解し、違法なパワハラは拒否すべきです。労働者だけでは対抗が難しいときは、弁護士に依頼して慰謝料請求するなどの方法で、正当な権利を主張するのが最善です。
- パワハラと指導の違いは、行為の目的、態様、程度などで総合的に判断する
- パワハラと指導を区別することで、それぞれ適切に対処する必要がある
- パワハラと指導の違いを理解し、パワハラの被害・加害を回避することが重要
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【パワハラの基本】
【パワハラの証拠】
【様々な種類のパワハラ】
- ブラック上司のパワハラ
- 資格ハラスメント
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