入社日が近づくと、憂鬱になる方も出てきます。新卒入社の場合は特に、初めての社会人生活であり、不安と心配に押しつぶされてしまう方も多いのではないでしょうか。
内定をもらったときは良い会社だと思っていたけど…
労働問題がニュースになってたからブラックなのかも
就活をやりきれなかった不安感が、「内定した会社に入社してよいのだろうか」という疑問を生み、解消しきれない方からの相談も少なくありません。雇用情勢の変動、社会の変化は激しく、突然の経営不振や労働トラブルなど、思いも寄らない自体が入社の支障となることもあります。
入社辞退を検討するとき、労働者側の一方的な都合で入社を辞退できるか、気になるでしょう。入社承諾書、誓約書を書いていたり、ましてや入社直前の辞退だと、円満に進められないと会社から費用や損害の賠償を請求されてしまうケースもあります。
今回は、直前になって入社辞退を考える人に向けて、入社辞退のリスクや、損害賠償請求を受けないための注意点について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 入社辞退は、単なる入社のとりやめではなく、雇用契約の解約を意味する
- 入社予定日の2週間前であれば、入社辞退をするのに法的な問題はない
- ただし、入社直前のタイミングでの辞退は、損害賠償請求されるおそれあり
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入社辞退とは
入社辞退とは、内定をもらっている会社に対して、その内定を辞退し、入社しないことです。「入社辞退がいつまで許されるか」を知るため、まず、入社辞退の法的性質を理解してください。
「内定」は、法律的には「始期付解約権留保付労働契約」と呼ばれます。
その意味は、内定のタイミングで、既に労働契約が締結されたということであり、「今後雇うかもしれない」といった単なる予定ではないのです。
入社辞退とは、このような重要な内定を、辞退することを意味します。雇用契約書にサインをしていないと、まだなにも決まっていないような感覚な方もいますが、実際には、承諾書や誓約書にサインした時点で内定を承諾しており、法的には、労働契約が成立しているものと評価されます。
内定を承諾した時点で、既に労働契約は成立しています。内定を辞退することを意味する「入社辞退」は、締結済みの労働契約を、労働者側の事情で解約する行為なのです。「まだ入社していないから、単に入社をやめるだけ」と甘くみると、入社辞退の問題の大きさを見誤るおそれがあります。
内定は、法的に労働契約の成立という意味ではあるものの、解約が全く許されないわけではありません。労働者からの解約が内定辞退(入社辞退)であり、会社からする解約が内定取消ですが、いずれも、制限はされるものの可能なケースもあります。
「内定取り消しの違法性」の解説
入社辞退はいつまでならできる?
どうしても入社辞退せざるを得ないなら、「いつまで入社辞退できるのか」を知っておきましょう。法的に辞退できないタイミングで入社を断ると、違法となるおそれがあります。
入社辞退がいつまでもできるなら、内定を取りながら就職活動を続けられますが、企業側としても「早く入社を決断してほしい」と考えるでしょう。よくある採用選考のスケジュールは、書類選考から説明会、採用面接と進み、内々定から内定に移行しますが、この流れに沿って、いつまで入社辞退が可能なのかを慎重に判断しなければなりません。
内定承諾前ならいつでも入社辞退できる
内定の法律関係は、会社が内定を出し、労働者が受諾することで成立します。内定承諾前なら、まだ「内定を予定している」という段階に過ぎません。内定の予定にすぎない段階を、「内々定」と呼ぶことがありますが、内々定の段階なら、入社辞退はいつでも自由にすることができます。
なお、入社承諾書や誓約書にサインしたり、身元保証書を提出したりといった行為は、「入社準備を進める」という意思表示であり、内定を承諾したと評価されるおそれがあります。
正社員は、入社2週間前までなら、入社辞退できる
民法のルールでは、期間の定めのない雇用契約は、2週間前に会社に伝えれば、労働者側から一方的に解約できると定められています(民法627条)。
入社辞退がよく問題となる正社員の場合、通常は期間の定めのない雇用契約でしょうから「2週間前までなら、入社辞退は自由にすることができる」といえます。入社直前のタイミングで辞退を決意したとしても、入社日の2週間以上前なら法的には問題ありません。雇用契約が成立して入社後ですら、2週間前に言えば退職できるわけですから、まして入社前にする入社辞退なら、2週間前なら一方的に断ることができて当然です。
「退職は2週間前に申し出るのが原則」の解説
有期契約社員は、やむを得ない事由が必要
これに対して、雇用契約期間に定めのある社員は、民法のルールでも、やむを得ない事由がなけば、期間内の解約をすることができないと定められています(民法628条)。逆に、やむを得ない事由さえあれば、即座に雇用契約を解約できます。
アルバイトやパート、派遣社員、契約社員など、雇用契約期間が定められた社員だと、入社辞退にも、やむを得ない事由が必要ということになります。
「契約社員がすぐ辞めたいとき」の解説
できるだけ早めに入社辞退しないと損害賠償のリスクあり
以上の通り、「無期契約の社員は2週間前、有期契約の社員ややむを得ない事由が必要」というのが民法における入社辞退のルールです。この期限前ならいつでも自由に入社辞退できるのが法律ですが、実際は、できるだけ早く伝えなければ事実上の弊害があることもあります。
入社辞退によって会社が損害を受けたときは、損害賠償の請求をされるリスクがあります。このとき、会社の主張する損害が、果たして労働者の責任なのかは大いに争いがあるものの、入社辞退をできるだけ早く伝えておけば、リスクを回避して円満に進む可能性もありました。ましてや、入社前日や、入社当日に辞退を伝える方もいますが、もはやバックレと同義であり、非常にリスクの高い行為だと言わざるを得ません。
「会社から損害賠償請求された時の対応」「仕事をバックレるリスク」の解説
できるだけ円満に、入社辞退を進める方法
次に、できるだけ円満に入社辞退を進めるための方法について解説します。
入社辞退がある程度の時期までは可能だとして、できるだけ損害賠償のリスクは減らしたいところでしょう。入社辞退は、できるだけ早く、誠実に伝えるのがマナーです。
入社辞退の理由をよく説明する
まず、入社辞退せざるを得なくなった理由をよく説明してください。どうしても入社辞退が必要となると説得的に説明できれば、理解を示してもらえるかもしれません。一度は内定をもらい、入社する意向を示したのなら、誠意をもった話し合いをする方がよいでしょう。
入社辞退を突然伝え、理由を知らせないのでは「勝手な都合で辞退したのではないか」「最初から入社する気がなかったのでは」「嫌がらせではないか」といった疑念を抱かれ、損害賠償請求されるなどリスクが拡大しやすくなってしまいます。
「求人内容と違う労働条件は違法」の解説
入社辞退の伝え方に注意する
次に、入社辞退せざるを得ない理由があるなら、その伝え方にも注意が必要です。入社辞退の伝え方は、メール、電話などが通例です。
入社辞退を伝えるメール
入社辞退を伝えた証拠が残るよう、メールやチャットなど文書で入社辞退を伝えるのがお勧めです。メールなら、面と向かって入社辞退をしなければならない恐怖、後ろめたさも軽減することができます。入社辞退を伝えるメールの例文は、次の通りです。
件名:入社辞退のご連絡
本文:
○○株式会社
代表取締役 ○○様
平素より大変お世話になっております。先日内定を受諾いたしました○○○○です。
この度は、良いご縁をいただきまして誠にありがとうございます。有り難いお話をいただき誠に恐縮ですが、母の病状が芳しくなく、実家で介護をする必要が生じてしまいました。誠に勝手ではございますが、入社を辞退させていただきく存じます。
採用選考のため、貴重なお時間をいただいたにもかかわらず、このような連絡となってしまったこと大変申しわけございません。本来であればお伺いして直接お詫び申し上げるべきではございますが、明日には帰省しなければならないため、メールでのご連絡となりましたこと、何卒ご容赦くださいませ。
末筆となりますが、貴社の益々のご繁栄を心よりお祈り申し上げます。
入社辞退を伝える電話
メールだけでは、印象がドライに伝わりすぎ、会社の反発を招くおそれもあります。リスクを減らすためには、電話をして、直接謝罪を伝える方法もおすすめです。人事担当者など、選考プロセスで密に接した担当者がいるなら、メールの後に電話をすべきです。
転職エージェント経由で入社辞退を伝える
中途採用の転職のケースなど、転職エージェント経由で会社と連絡をとっている場合、入社辞退についても転職エージェント経由で伝えることで、できるだけもめごとを回避することができます。
「懲戒解雇が再就職で不利にならない対策」の解説
入社準備の書類を返却する
最後に、入社辞退するときは、既に入社準備の書類が送られてきていたら返却します。会社と話し合いが円満に進めば、会社の指定する送り先に郵送するのがよいでしょう。社員証やセキュリティカードなど、捨ててしまうと問題になるので、入社辞退でも必ず保管しておいてください。
万が一、損害賠償請求される危険性が高いときには、弁護士に退職代行を依頼して、書類返却などの窓口も一括して任せることができます。
「退職したらやることの順番」の解説
入社辞退して会社から損害賠償を請求されるケースと、対処法
次に、入社辞退を理由として、会社から損害賠償を請求されるケースと、その対処法を解説します。
早いタイミングで内定を出す会社ほど、内定辞退をおそれ、危機感を持っています。売り手市場の業界だと、良い人材を確保するには早く内定を出さなければならず、内定を出してから実際の入社予定日まで、かなりの期間があるというケースもあります。
会社としては入社辞退を避けたいのは当然で、入社辞退をしそうな内定者に、損害賠償を請求するとプレッシャーをかけ、入社辞退を回避しようとする会社もあります。
2週間を切った直前タイミングの入社辞退で損害賠償請求されるケース
前章の通り、民法のルールでは、2週間前に伝えれば、労働契約を解約できます。つまり、2週間前までなら、労働者から一方的に入社辞退できるわけです。
逆に、入社予定日まで2週間を切ると、入社辞退は容易ではないことを意味します。2週間を切った直前タイミングでの入社辞退だと、会社が負った損害の賠償を請求されるおそれがあります。入社辞退のトラブルでよく賠償請求されるのは、次の損失です。
- 入社準備にかかった費用
- 名刺代
- PC・スマホなどの準備費用
- 新たな人材確保のための求人費用
たとえ2週間を切ったタイミングで入社辞退したとしても、会社が請求する損害が、全て妥当なものとは限りません。会社の損害賠償請求は、不法行為(民法709条)を根拠としますが、請求する損害と入社辞退との間に「因果関係」があることが条件となります。つまり「入社辞退によって損害を被った」と説明できる必要があり、入社辞退がなくてもかかった費用や、辞退を伝えられた後に会社の努力で回避することのできた支出などは、賠償請求が認められません。
入社準備にかかった費用を損害賠償請求されるケース
会社として、内定を出した場合には、入社に向けた準備を進めます。あなたが入社する前提で相当な費用がかかったとき、入社辞退すると損害として請求されても仕方ありません。
入社予定日までの間に、内定者懇談会、入社前研修などのイベントでフォローアップする会社は多いもの。更に、入社前から、パソコンをセッティングしたり名刺や印鑑、社員証、バッジなどを作成するといった準備をしています。4月入社の新卒社員であれば、会社にもよりますが1月頃からは受け入れ準備をはじめるでしょう。
特別な技術、能力をもった中途入社の社員の場合は特に、あなたを受け入れるための特別な準備をしているかもしれません。
特殊な業務用ソフトの購入など、その労働者が入社しなければ無駄になってしまう準備があるときは、入社辞退による損害賠償請求を受けやすくなります。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
入社辞退のリスクを減らすための注意点
最後に、入社辞退のリスクを少しでも減らすための注意点について解説します。
労働者側として、どうしても入社辞退せざるをえないケースがあるのは理解できます。例えば、入社日までに思いも寄らない会社の実態が明らかになったり、本命候補の会社をあきらめきれなかったり、家族の事情で入社が難しくなってしまったりといったケースです。
入社承諾書、誓約書の提出前に検討する
入社辞退によるリスクを少しでも減らすため、入社承諾書、誓約書の提出前によく検討することが大切です。入社承諾書、誓約書を軽くみている方も多いですが、これらの書類によって内定を受諾することは、つまり、雇用契約を締結することを意味するからです。
入社辞退を避けたい会社は、入社承諾書に早くサインをさせようとしてきます。そのため、強い心理的圧力を感じ、入社承諾書、誓約書を提出してしまう例も多いです。
入社承諾書、誓約書を提出し、内定を受諾した後であっても、入社辞退をすること自体は可能で、入社日の2週間前までに伝えれば法的には良いのですが、少しでも会社の怒りをやわらげ、損害賠償請求されるリスクを下げておく方がよいでしょう。
「誓約書を守らなかった場合」の解説
内定承諾を待ってもらう
入社辞退による法律問題を起こしてしまわないために、内定受諾を待ってもらう手もあります。同時進行で複数の企業の面接を進め、第二希望が、第一希望の会社よりも早く内定が出てしまったケースでは、このような交渉が有効なこともあります。
内定がなくなってしまうのが怖いからといって、「あとで辞退すればよいだろう」と軽々しく内定を受諾してしまうと、後に大きなリスクとなって降り掛かってくるおそれがあります。いざ入社直前というタイミングで入社辞退を伝えるよりは、あらかじめ内定受諾の期限を延期してもらえないかお願いしたり、一旦内定を留保したりといった対応が誠実です。
前もって入社辞退の可能性を伝えておけば、会社としても入社しない可能性があることを見越してその他の選考を進められるので、損害を負わないよう対策できます。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
まとめ
今回は、入社辞退に関する労働トラブルについて解説しました。
入社辞退は、新卒入社、中途の転職のいずれでも問題になりますが、退職の自由があるため、たとえ入社前だとしても、どのような仕事をするか(もしくは、しないか)は、労働者が自由に決めることができます。
民法のルールによれば、入社辞退は、労働者の一方的な都合でできるもので、その期限は、正社員なら「入社予定日の2週間前」です。損害賠償請求をされないよう、できるだけ早めに、理由を示して誠実な方法で伝えるのがポイントです。入社辞退による揉め事を起こしたくないときは、弁護士に代わりに伝えてもらうのも有効な手段となります。
- 入社辞退は、単なる入社のとりやめではなく、雇用契約の解約を意味する
- 入社予定日の2週間前であれば、入社辞退をするのに法的な問題はない
- ただし、入社直前のタイミングでの辞退は、損害賠償請求されるおそれあり
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