労働基準法違反が発覚したとき、企業名が公表されることがあります。企業名公表によって「どの会社が法違反を犯したか」が明かされると、その企業の社会的評価は下がります。そのため企業名公表は、法令に反する「ブラック企業」への強い制裁として機能します。
違反企業の社名が公になれば、社会的な信頼を失うだけでなく、その会社に入社する人は減少し、優秀な人材の採用が困難となります。是正勧告を受けても違法行為を繰り返す場合、企業名公表は、再発防止にも効果的です。不当な処遇に苦しむ労働者は、企業名公表が会社に与える影響力に期待して、労基署への通報や働きかけを検討するのがよいでしょう。
企業名公表は、違法な長時間労働の抑止策として特に有効とされ、近年の社会問題化を背景に、厳格な運用が注目されています。
今回は、企業名公表の基準や手続きの流れ、具体的な事例をもとに、その影響などについて労働問題に強い弁護士が解説します。
労働基準法違反による企業名公表とは
企業名公表とは、労働基準法に違反した企業の社名を厚生労働省が公表する制度です(正式名称:「労働基準関係法令違反に係る公表事案」)。わかりやすく「ブラック企業リスト」と呼ぶこともあり、労働基準法に違反した企業名やその違反内容が厚生労働省のウェブサイトに掲載されます。
厚生労働省は、2017年1月20日、新たな通達(「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」(基発0120第1号))を公表し、従来のルールを変更して企業名公表をしやすくしました。
企業名公表の目的
企業名公表は、深刻な労働問題に対する制裁としての役割を担っています。
2017年より、厚生労働省によってこの公表制度が導入されました。電通事件に代表される過労死や長時間労働が社会問題となり、労働環境の改善が強く求められていたことが背景にあります。企業名公表の主な目的は、法令を遵守しない企業に対し、労働環境の是正を促すことにあります。また、社内の問題の改善にとどまらず、違法状態を是正しない企業について社会的にも警告を与え、結果として入社する人や取引先を減少させることが期待できます。
この企業名公表制度は、「過労死等ゼロ緊急対策案」に基づいて開始され、最終的には過労死の撲滅や労働者のメンタルヘルスの保護を実現する手段とされています。
「過労死について弁護士に相談する方法」の解説
行政指導と企業名公表の関係
企業名公表のほかに、法令違反の是正手段としては、労働基準監督署による「是正勧告」があります。しかし、是正勧告は、行政指導であるため強制力はなく、悪質な企業の中には、法違反があると認識しながら、是正勧告を無視するケースが見られます。そして、強制力のない行政指導の段階では企業名は非公開であるのが原則とされていました。
しかし、2015年5月18日、厚生労働省は方針を改め、違法な長時間労働が繰り返される企業については、行政指導の段階でも企業名を公表する可能性があると発表しました。新たな指針では、以下のように示されています。
「長時間労働に係る労働基準法違反の防止を徹底し、企業における自主的な改善を促すため、社会的に影響力の大きい企業が違法な長時間労働を複数の事業場で繰り返している場合、都道府県労働局長が経営トップに対して、全社的な早期是正について指導するとともに、その事実を公表する」
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説
ブラック企業の社名が公表される理由
厚生労働省がブラック企業の社名を公表する背景には、長時間労働をはじめとした法違反の是正という大きな理由があります。企業名が公表されれば、悪質なブラック企業であることが明らかになり、就活生や取引先に警告を与えます。その結果、違反企業は良い人材を採用しづらくなり、社会的な信用も低下して取引先や顧客を失うことが想定されます。
これらの点で企業名公表は、使用者にとって是正勧告以上の強いプレッシャーとなります。従来、労働基準監督署は送検した企業を発表していましたが、現在は、送検の前段階から公表の可能性があるわけです。インターネットが普及した現代では、転職時に企業の評判を検索することが一般的であり、企業名の公表によって、中長期的にブラック企業が減少することが期待されています。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
企業名が公表される条件と判断基準
次に、企業名公表の際に考慮される判断基準について解説します。
企業名公表という厳しい制裁は、厚生労働省の定める基準に該当する場合にのみ実施されます。労働基準法に違反したからといって、必ず社名が公開されるわけではありません。公表制度の対象とされることは、企業にとっても損失が大きいので、労働者の権利を保護する必要性の高いケースに限定されるべきだからです。
厚生労働省の示す「企業名公表の基準」は、次の通りです。
- Ⅰ 「社会的に影響力の大きい企業」であること
「複数の都道府県に事業場を有している企業」であって「中小企業基本法に規定する中小企業に該当しないもの」であること。 - Ⅱ 「違法な長時間労働」が「相当数の労働者」に認められ、このような実態が「一定期間内に複数の事業場で繰り返されている」こと。
- (ⅰ)「違法な長時間労働」について、具体的には、①労働時間、休日、割増賃金に係る労働基準法違反が認められ、かつ、②1か月あたりの時間外・休日労働時間が80時間を超えていること。
- (ⅱ)「相当数の労働者」について、具体的には、1箇所の事業場において、10人以上の労働者又は当該事業場の4分の1以上の労働者において、「違法な長時間労働」が認められること。
- (ⅲ)「一定期間内に複数の事業場で繰り返されている」 について、具体的には、概ね1年程度の期間に3か所以上の事業場で「違法な長時間労働」が認められること。
同基準のポイントをまとめると、まず、企業名公表制度の対象は、社会的な影響力が大きく、抑止が必要とされる大企業に限定されています。
次に、公表の対象となる違反行為は、単なるミスや軽微な過失ではなく、労働者の生活や健康に重大な影響を及ぼす「悪質な」違反であることが求められます。この点で、違法な長時間労働の程度が「過労死ライン(1ヶ月80時間残業)」を超えるほどのものであることが要件とされています。
最後に、法令違反が継続し、改善が見られないことが条件となります。労働基準監督署から是正勧告を受けても改善しない場合には、企業名を公表することでプレッシャーをかけるしかありません。是正勧告は、労働基準監督署からの最終的な警告ともいえ、それを無視する姿勢は、法令遵守の意識に欠けるものとみなされ、企業名公表という社会的な制裁が下されるのです。
「長時間労働の問題点と対策」「長時間労働の相談窓口」の解説
企業名公表までの流れ
次に、企業名公表に至る流れについて解説します。
労働基準法に違反した企業名が公表されるまでには、労働基準監督署による一定のプロセスが踏まれるのであって、すぐに公表されるわけではありません。つまり、労働者の通報から始まり、指導や是正勧告、そして、改善されない場合に、最終的に企業名公表といった流れで進みます。
労働者の通報から調査開始まで
企業の労働基準法違反が発覚するきっかけの多くは、労働者からの通報です。
過重労働や残業代の未払などといった法違反が通報されると、労働基準監督署は、違反の有無を確認するための調査を開始します。任意に事情聴取をしたり情報提供を受けたりするだけでなく、強制的に資料を提出されたり、立入検査(臨検)をしたりする権限を有しています。
「労働基準監督署への通報」の解説
指導の実施
署長ルートの指導
違法な長時間労働や過労死などが、複数の事業場で認められた会社の経営幹部に対して、労働基準監督署長が指導を行うことがあります(通称「署長ルート」)。署長による指導は、複数の事業場で、次の要件を満たす場合に行われます。
ア 監督指導において、1事業場で10人以上又は当該事業場の4分の1以上の労働者について、①1か月当たり80時間を超える時間外・休日労働が認められること、かつ、②労働基準法第32・40条(労働時間)、35条(休日労働)又は37条(割増賃金)の違反(以下「労働時間関係違反」という。)であるとして是正勧告を受けていること。
イ 監督指導において、過労死等に係る労災保険給付の支給決定事案(以下「労災支給決定事案」という。)の被災労働者について、①1か月当たり80時間を超える時間外・休日労働が認められ、かつ、②労働時間関係違反の是正勧告又は労働時間に関する指導を受けていること。
ウ 上記ア又はイと同程度に重大・悪質である労働時間関係違反等が認められること。
長時間労働の基準は、月80時間残業となっており、次の「局長ルート」に比べ短いのが特徴です。
局長ルートの指導
労基署の指導を受けても長時間労働が続く場合や、過労死が複数の事業場で認められた場合などは、労働局長が指導を行うことがあります(通称「局長ルート)。労働局長の指導の対象となるのは、主に次の2つのケースです。
- 労働基準監督署による全社的な指導、監督の結果、労働法違反が発見されたとき
- 月100時間以上の残業があり、過労死にいたる労働者がいるとき
特に、2番目の基準は、次のように具体化されています。
概ね1年程度の期間に2箇所以上の事業場で、下記(ア)又は(イ)のいずれかに該当する実態が認められ(本社で2回認められる場合も含む。)、そのうち、下記(イ)の実態が1箇所以上の事業場で認められること。
(ア) 監督指導において、1事業場で10人以上又は当該事業場の4分の1以上の労働者について、①1か月当たり100時間を超える時間外・休日労働が認められること、かつ、②労働時間関係違反であるとして是正勧告を受けていること。
(イ) 監督指導において、過労死に係る労災支給決定事案の被災労働者について、①1か月当たり80時間を超える時間外・休日労働が認められ、かつ、②労働時間関係違反の是正勧告を受けていること。
是正勧告
指導によっても改善が見られないときには、是正勧告がなされます。是正勧告は、行政指導の性質であって強制力はないものの、法令違反が発見された場合に行われるものなので、改善しなければ法違反の状態が継続し、悪質な場合には刑事罰が下る可能性もあります。
「労働基準監督署の是正勧告」の解説
企業名公表
指導や是正勧告に従わず、改善が見られない企業には、より厳しい対応として、企業名の公表が検討されます。公表は、厚生労働省の基準に基づき、悪質な違反が継続していると判断された場合になされます。公表前に、再度企業に通知し、最終的な改善の機会を与えることもあります。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
労働者が知っておくべき企業名公表のポイント
最後に、労働基準法違反による企業名公表について、労働者が知っておくべき重要なポイントを解説します。企業名公表は、使用者にとって重大なリスクであり、必ず対応が求められますが、労働者にとっても、違法な労働環境から身を守るための有効な手段となります。
労働基準監督署への相談から始める
労働基準監督署は、労働基準法に基づいて法違反の企業を監督する公的機関です。
職場に、違法な長時間労働や未払い残業代などの法違反があるとき、まずは労基署に相談するのが効果的です。労基署の調査も、労働者からの通報をきっかけに始まることが多く、悪質な企業について最終的に企業名公表による制裁を下すためにも、まずは相談から始めましょう。
「労働基準監督署が動かないとき」の解説
企業名公表のために弁護士を活用する
労働基準法違反について適切な対応をするために、弁護士のサポートを得るのがお勧めです。
企業名公表は行政の手続きであり、弁護士が直接関与することはできません。しかし、労働基準監督署は、全ての案件に直ちに対処するわけではなく、まして、違反内容が「悪質」と判断されない場合には、企業名公表に踏み切らない可能性も大いにあります。
弁護士に依頼することで、労働基準監督署への通報を代わりに行ってもらったり、面談に立ち会ってもらったりといった対応で、労基署の迅速な対応を促すことができます。また、未払い残業代の請求など、法的に認められる権利については、弁護士を通じて裁判手続きを行い、適正な補償を求めることができます。
「労働問題の種類と解決策」の解説
労働基準法違反に対して労働者が声を上げる必要がある
企業の労働基準法違反に対し、労働者が声を上げることは問題解決の第一歩です。
確かに、企業名公表は強力な効果があり、労働環境の改善につながる可能性が高いですが、その手続きはあくまで行政によるもので、労働者が努力しても公表が早まるわけではありません。労働基準法は、労働者が安全で健康的な職場環境を享受できることを保障していますから、自身の権利を守るためにも、積極的に行動することが重要です。
「サービス残業を告発する方法」の解説
まとめ
今回は、労働基準法違反による企業名公表について解説しました。
企業が労働基準法を遵守せず、違反を繰り返した場合、厚生労働省によって企業名が公表されることがあります。「社名が明らかにされる」ことは、ブラック企業にとって強力な制裁の手段であり、その抑止力によって、法違反の企業が減少することが期待できます。
特に、長時間労働や過労死といった深刻な労働問題については、企業名公表によって未然に防止できるという重要な役割を果たします。法違反を明らかにすることで犠牲者を減らすことができるので、こうした公表制度は、労働者にとっても職場環境の改善を促すための手段となります。
適切に活用し、自身の安全と権利を守るために、労働基準法違反が深刻化する前に、ぜひ弁護士に相談してください。