退職間際に、労使トラブルの原因となりやすいのが「退職時の引き継ぎ」です。
労働者としては、転職先が決まっている場合など、すぐにでも退職したいと考えるでしょうが、会社はできる限り丁寧な引き継ぎを求めてきます。引き継ぐ業務が多くて時間がかかり、有給休暇を消化できずに残してしまうと、退職日までに間に合わずに損してしまいます。
相談者引き継ぎが終わらないと退職させないと言われた
相談者引き継ぎせずに辞めるなら損害賠償だと脅された
責任感が強く真面目な労働者ほど、業務引き継ぎを放置して退職することはできないでしょう。引き継ぎが間に合わず会社に不利益を与えないようにと従ってしまいます。しかし、退職後はもちろん、有給休暇を放棄してまで、間に合わない引き継ぎに付き合う必要はありません。
今回は、退職の引き継ぎが間に合わない時の正しい対応と、有給休暇の扱いについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 退職の引き継ぎに関して、早く辞めたい労働者と会社の間で争いが起きがち
- 退職前に計画的に指示し、引き継ぎできるようにする責任は会社側にある
- 退職の引き継ぎが間に合わないとき、有給休暇を買い取るよう交渉すべき
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退職の引き継ぎが間に合わない場合のトラブル

退職の引き継ぎが間に合わないと、労働トラブルに発展してしまいます。
「引き継ぎが不十分」「遅い」といった事態は、経営に悪影響となります。引き継ぎが完了しないのに辞められると、業務に支障が生じ、大きな損害が出ることもあります。他の社員が同じことをしないようにするためにも、厳しく罰せられるおそれがあります。
具体的なトラブルには、以下のようなケースがあります。
引き継ぎが不十分である
トラブルの1つ目が、引き継ぎが不十分であると指摘されるケースです。
可能な限り引き継ぎをしていても、退職後に会社から「不十分なので協力してほしい」と言われるのが典型例です。しかし、退職後は指示・命令をする根拠がないため、労働者側に大きなミスがある場合などを除き、無償で対応する義務はありません。
退職日までに間に合うよう、十分な引き継ぎをさせる責任は会社側にあります。
指示がないため引き継ぎできない
トラブルの2つ目が、会社側の指示がないために引き継ぎできないケースです。
例えば、どのような事項を引き継いでほしいかの指示がなく、丸投げされる場合のほか、後任者が決まらない場合もあります。退職直前になって、終わらない分量の引き継ぎを指示されても、もはや間に合いません。このように会社の指示不足で引き継ぎができないといった事態は、労働者の責任ではないと考えるべきです。
引き継ぎ期間に余裕がない
トラブルの3つ目が、引き継ぎ期間に余裕がないケースです。
後述の通り、「引き継ぎが間に合わない場合でも退職は可能」で、かつ、労働者の正当な権利として有給休暇の取得も保障されるべきです。そうすると、引き継ぎに使える時間は、会社が思っているほど多くはなく、要求するレベルに達しないことが労使の対立を生みます。
退職の引き継ぎが間に合わないのに辞めることを許せば、他の社員も「引き継ぎに協力する必要はない」と軽視し、離職率の上昇や引き継ぎ命令の無視といった不利益を拡大させかねないため、違反した社員に厳しく対応する会社もあります。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説

引き継ぎが間に合わない場合でも退職は可能
退職時は、これまでに積み重なってきたトラブルが噴出しがちです。
業務の引き継ぎが終わらないことを理由に、退職させないようにしようとする会社があります。しかし、引き継ぎが終わったかどうかにかかわらず、退職は労働者の自由です。引き継ぎが間に合わなくても、退職を妨げられる理由はありません。
労働契約の続くうちは、賃金を受領している以上、業務命令に従う必要があります。しかし、退職すれば労働者ではなく、賃金もなくなり、業務命令を聞く必要はありません。そして、法律上、期間の定めのない社員(正社員など)は、意思表示から2週間で退職可能です(民法627条1項)。

このルールは、会社の同意や承諾がなくても当てはまります。
引き継ぎが間に合わないという理由で退職を妨げようとしても、意思表示から2週間で辞めることができるので、引き継ぎに関する過剰な要求は拒否できます。むしろ会社側は、法律のルールに従って2週間で辞められるよう、それまでに引き継ぎを完了させるための方法や内容、後任者、優先度などを指示しなければなりません。
「引き継ぎが終わらなければ辞めさせない」と脅すことはパワハラにもなります。退職直前でもパワハラは違法であり、録音を残して証拠を集め、責任追及をすることが可能です。
「退職は2週間前に申し出るのが原則」の解説

退職の引き継ぎが間に合わない時の対応

次に、退職の引き継ぎが間に合わない時にすべき対処法を解説します。
引き継ぎが間に合わない場合、労使の対立は深まります。労働者が対応を誤れば、不当な引き継ぎを押し付けられたり、責任を追及されたりするおそれがあります。適切に対応すれば、引き継ぎの間に合わない原因が会社にあると明らかにした上で退職することが可能です。
退職の引き継ぎは計画的に進める
退職を決意したら、できる限り早期に会社に伝え、計画を立てましょう。
必要な引き継ぎと、発生する業務量を確認し、スケジュールを話し合ってください。間際になって「退職の引き継ぎが間に合わない」という事態は絶対に避けましょう。会社側が配慮することですが、労働者側でも、退職希望日から逆算して提案すべきです。
退職の引き継ぎについて事前に計画すべき事項は、次の通りです。
- 誰に引き継ぐか(後任者の選定)。
- 引き継ぐ必要のある業務を検討する(引き継ぎ事項の確定)。
- 顧客先や取引先をリストアップする(連絡先、担当者、商談の状況など)。
- アカウントのログイン情報(ID・パスワードなど)を整理する。
- 引き継ぎの方法を決める(OJT、口頭、書面など)。
- 引き継ぐ業務の優先順位を決める。
- 客先への挨拶回りの日程を調整する。
早めに会社に伝えれば、たとえ引き継ぎが間に合わなくても、計画的に進めなかった会社の責任であり、労働者の責任ではありません。むしろ、社員が一人辞めたことで業務が回らないのは、会社の労務管理の不備である可能性もあります。
上司に相談して業務範囲を絞り込む
引き継ぎが間に合わないことが明らかになった時点で、速やかに上司に報告しましょう。
一人で抱え込むと、無理に残業したり、有給休暇を取れなかったりといった事態になりかねません。限られた時間でどの業務を優先して引き継ぐかは、上司の指示を仰ぐべきです。重要度の低い業務は切り捨てたり、簡略化したりといった判断は、自己判断で決めず、会社の責任で行ってもらい、引き継ぎ不足を理由としたトラブルの原因を減らしておきましょう。
引き継ぎのマニュアルを作る
退職の引き継ぎは、業務マニュアルや手順書の作成など、書面化がおすすめです。
分量が多いときや、専門性が高く複雑な引き継ぎを要するとき、後任者が決まっていないときなども、作成したマニュアルを渡すことで解決できます。特に、引き継ぎが間に合わない場合に、退職後の不当な呼び出しを防ぐためにも有効です。
自身の業務が多く、退職時に引き継ぎが間に合わなくなると予想される場合、業務を進める最中にマニュアル化しておくのもよいでしょう。書面を交付する方法による引き継ぎなら、社長や上司との対面の機会を減らせるため、退職前のハラスメントを回避することも可能です。
「退職後の呼び出しの違法性」の解説

後任者が決まらなくても引き継ぎは進める
後任者が決まらず引き継ぎできないケースがあります。
しかし、会社が後任を指定しなくても、退職を延期する必要はなく、最低限の引き継ぎは進めておくのがよいでしょう。この場合、引き継ぎ先は直属の上司、あるいは部署全体とし、特定の人に口頭で教えることができなくても、誰が見ても分かるようにしておくべきです。
前章のマニュアル作成のほか、資料やデータを整理して共有フォルダに保存したり、引継書を上司に渡したりすれば、最低限の引き継ぎ義務は果たしたといえます。
退職後の連絡対応を取り決める
退職後も会社から業務に関する質問や連絡が来るのを防ぐため、ルール化しておくべきです。
「退職後は一切対応しない」と取り決めるのが理想ですが、円満な関係を保つため、「退職後◯週間、緊急時に限りメール対応する」などの条件を提案するのもよいでしょう。連絡先を教えず、一切協力しないといった対応は、かえってトラブルを拡大するおそれもあるため、範囲を限定した上で協力姿勢を見せておくのも一つの方法です。
有給休暇は消化する
退職の引き継ぎが間に合わない場合でも、有給休暇は消化しておきましょう。
有給休暇は、労働基準法39条の定める正当な権利であり、一定期間働いた社員への恩恵として、給与を受け取りながら就労義務を免除されます。法律上の権利なので、条件を満たせば必ず付与され、会社が取得を妨げるのは違法です。

有給休暇を取得すれば、その日は「休暇」であり、労働義務はなく、業務の引き継ぎに応じる必要もありません。
有給休暇の取得に会社の同意や承諾は不要であり、取得日を変更できる「時季変更権」も、退職直前だと変更する日がないため行使できません。「業務の引き継ぎが必要だから」という理由があっても、有給休暇を拒否することは許されず、退職予定の労働者としては、有給休暇であることを伝えて休んだ上で、給与が支払われない場合には未払い分を請求するのが正しい対応です。
「給料未払いで泣き寝入りしないためには?」の解説

退職日を遅らせる
どうしても退職の引き継ぎを要するケースでは、退職日を遅らせる手も有効です。
退職日を、本来の予定日よりも後の日付にすれば、引き継ぎを行う時間を確保でき、完了後に安心して有給休暇を全て消化することも可能です。労働者としても、退職後に不当な呼び出しを受けるくらいなら、給与を受け取って引き継ぎを行う方がよいでしょう。
ただし、既に転職先の入社日が決まっている場合、この方法は使えません。
「退職届の書き方と出し方」の解説

有給休暇の買い取りを求める
退職日を動かせず、引き継ぎも間に合わない場合、有給休暇の買取も検討しましょう。
有給休暇を強制的に消滅させる「買い上げ」は違法ですが、労働者の同意のもとに「買い取り」をすることは許されます。業務の引き継ぎのために有給休暇の消化が十分にできなくても、その分の金銭が支給されるなら、経済的な損失は回避できます。円満退職で、「会社に協力したいが、損はしたくない」というときに有効な方法です。
有給休暇の買い取りは、あくまで会社の配慮であり、強制はできません。そのため、有給休暇を買い取ってもらうためには、会社との交渉が必要です。労働者側では、「退職の引き継ぎに協力する」ことを交渉材料にできるので、重要な引き継ぎが間に合わずに業務に支障が生じかねない場合、会社としても有給休暇の買い取りに応じてくれる可能性が高いと考えられます。
「有給休暇の買取の違法性と例外」の解説

引き継ぎせず退職するリスク

最後に、引き継ぎをせずに辞めた場合に労働者が負うリスクについて解説します。
会社の要求が高いと、「引き継ぎをせずに逃げてしまいたい」と感じることもあるでしょう。しかし、多くのリスクがあるため、全く引き継ぎせずに辞めるのはおすすめできません。
違法な引き留めを受ける
まず、違法な引き留めを受けることです。
本来、退職は労働者の自由ですが、会社としても引き継ぎをせずに辞められると業務に支障が生じるため、どうしても引き継ぎをさせようと、違法性を知りながら強く引き止めるケースです。
「退職は自由にできる」とは言っても、会社が協力的でないと事実上の弊害があります。例えば、離職票がもらえない、最終給与を支払ってもらえないといったケースであり、最悪の場合、転職先での就労に支障が出てしまう危険もあります。
「会社の辞め方」の解説

悪い噂を流される
次に、退職時の嫌がらせを受けることです。
典型例が、業界内で悪い噂を流されるといったケースです。退職の引き継ぎが間に合わない場合、会社には「迷惑を掛けられた」という気持ちが生まれます。本来、退職日までに引き継ぎを終えられなかった責任が会社の管理不足にあるとしても、感情的な対立は避けられません。
このとき、労働者としても、すべきである引き継ぎを怠ったという場合、転職先や業界内の信用を失うおそれがあります。
「ヤメハラ」の解説

損害賠償を請求される
最もリスクが高いのが、引き継ぎ不足を理由に損害賠償を請求されるケースです。
業務上のミスによって会社に損害を与えると、賠償請求されるおそれがあるところ、引き継ぎの不手際や遅れによって損害が生じる場合もあります。
- 取引先で必要な連絡に漏れがあり、顧客を失った。
- アカウントのパスワードが共有されておらず、業務に遅れが生じた。
- 商談の進捗状況が共有されず、競合企業に負けて失注した。
ただし、労使関係では、会社が労働者に損害賠償できるのは例外であり、会社に利益が帰属する分、責任や損害は限定的に判断されます(報償責任の原則)。したがって、退職の引き継ぎが間に合わない場合でも、故意や重過失があるといった悪質な場合でない限り、損害賠償請求は認められにくい傾向にあります。
「会社から損害賠償請求されたときの対応」の解説

【まとめ】退職の引き継ぎが間に合わない場合

今回は、退職の引き継ぎが間に合わないときの対応について解説しました。
会社は、丁寧に、時間をかけて引き継ぎをしてほしいと望むでしょう。できるかぎり円満に退職するには、業務引き継ぎを速やかに終了させることが重要ですが、会社の要求が高かったり指示が不適切だったりすると、退職日までに終えられないケースもあります。
本来、退職前に消化する予定だった有給休暇があるなら、退職の引き継ぎが間に合わない場合でも取得できます。そして、会社が取得を阻止しようとする場合には、未消化分の有給休暇を買い取ってもらえるよう交渉しましょう。
そもそも、業務の引き継ぎを退職日までに終えられるよう指示するのも会社の責任です。有給休暇は労働者の権利であり、放棄してまで引き継ぎに協力する必要はありません。退職の引き継ぎが間に合わないことでトラブルになりそうなときは、弁護士に相談してください。
- 退職の引き継ぎは、早く辞めたい労働者と会社の間でトラブルが生じがち
- 退職前に計画的に指示し、引き継ぎをさせる責任は会社側にある
- 退職の引き継ぎが間に合わないとき、有給休暇を買い取るよう交渉すべき
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