医師の長時間労働は「やむを得ないもの」として当然視される傾向がありました。
しかし、医療の質や医師自身の健康を守るため、2024年4月から、働き方改革の一環として、医師にも時間外労働の上限規制が適用されています。ただし、一般の労働者とは異なる仕組みが設けられていることに注意が必要です。
実務上、当直や宿直、オンコール、自己研鑽、副業や兼業といった医師特有の働き方から、残業時間や残業代にも様々な問題が生じます。医師にも労働基準法が適用される以上、正しく理解しなければ、残業代を受け取り損ねるおそれがあります。
今回は、医師の残業時間の上限規制の内容から、労働時間の考え方、そして未払い残業代請求のポイントまで、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 2024年4月から医師にも残業時間の上限規制が適用された
- 原則は年960時間(A水準)、特例で年1860時間(B・C水準)が上限
- 医師の残業時間は、当直や宿直、オンコールなどの扱いに注意が必要となる
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医師の残業実態と働き方改革
はじめに、医師の残業実態と働き方改革について解説します。
医師の残業時間について、「令和元年 医師の勤務実態調査」によれば、病院常勤勤務医の平均的な週労働時間は、男性57時間35分、女性52時間16分となっています。年代別では、男性30代が特に長く、週60時間以上勤務する割合は47.3%。女性では20代24.2%、30代21.5%というように、若手~中堅の医師ほど長時間労働になりやすい傾向が見られます。

医師の残業(時間外労働)には、2024年4月から新たな上限規制が適用されています。
働き方改革関連法により、2019年から、原則「月45時間、年360時間」、特別条項付き36協定がある場合は「年720時間以内」「1ヶ月100時間未満」「複数月平均80時間以内」という上限が設けられましたが、医師は、救急対応や地域医療の維持などの観点から、適用を5年間猶予されました。
2024年4月以降は、医師にも、原則として年960時間(A水準)、地域医療の確保や技能向上の必要がある場合は特例として年1860時間(B・C水準)の上限が設定されています。
働き方改革による医師の残業時間の上限規制

次に、2024年4月より医師に適用された残業時間の上限規制について解説します。
医師の残業時間の上限は、年960時間が原則です。ただし、医療の公共性や地域差などを踏まえ、例外的に指定を受けた医療機関においては年1860時間が上限とされ、この場合、労働者の健康や福祉への配慮から、面接指導や休憩時間、インターバルの確保が義務とされます。
医師の残業時間の上限規制の原則
原則として、一般の勤務医の時間外労働(残業)の上限は年960時間・月100時間未満(例外あり)とされます(A水準)。月100時間未満は、いわゆる「過労死ライン」を意識した基準であり、年960時間以内でも、特定の月に偏ることを防ぐ目的があります。
規制の対象は「医業に従事する医師」であり、労働者として使用され、医行為(医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼすおそれのある行為)を行う者を指します。病院、診療所、クリニック、介護施設などで勤務し、患者への治療を行う医師が該当する一方、産業医、検診センターの医師、大学教授などのうち裁量労働制が適用される者などは含まれず、一般の労働者と同様の規制が適用されます。
「残業時間の上限規制」の解説

水準別の残業時間の上限(A・B・C水準)
医師の労働実態は勤務先や役割によって異なるため、水準ごとの上限が定められています。
一般的な勤務医が該当するA水準が原則となりますが、それ以外に、地域医療の確保や高度技能の習得を目的として、例外的に高い上限がB水準・C水準として設けられています。
A水準
A水準の残業時間の上限は、年960時間・月100時間未満(例外あり)とされます。
原則的な水準であり、後述するB水準・連携B水準・C-1水準・C-2水準のいずれにも該当しない医療機関が含まれ、診療に従事する医師の多くがこの区分に該当します。
B水準
B水準の残業時間の上限は、年1860時間・月100時間未満(例外あり)とされます。
B水準には、救急医療や地域の中核病院など、医師の確保が困難な医療機関に勤務する医師が該当します。救急医療等、地域医療提供体制の確保のためにやむを得ず長時間労働が必要な医療機関として都道府県知事の指定を受けた「B水準(特定地域医療提供機関)」と、医師の派遣を通じて地域の医療提供体制を確保する役割を担う「連携B水準(連携型特定地域医療提供機関)」があります。
C水準
C水準の残業時間の上限は、年1860時間・月100時間未満(例外あり)とされます。
C水準には、研修医や高度な技能を習得するために集中的な経験が必要な医師が該当し、教育や育成の観点から、一定期間に限って高い上限が認められています。臨床研修医や専攻医などの「C-1水準(技能向上集中研究機関)」と、特定の高度技能修得を目指す「C-2水準(特定高度技能研修機関)」があります。
追加的健康確保措置
医師の長時間労働によるリスクを軽減するための健康確保措置も必要となります。
まず、全水準共通で、特別条項を適用しても時間外労働と休日労働の合計時間を「月100時間未満」に抑える必要がありますが、健康状態に関する医師の面接指導などの追加的健康確保措置を講じる旨を36協定に定めれば、月100時間以上の時間外労働、休日労働をさせることが可能です。
また、B・C水準でも無制限に働かせてよいわけではなく、勤務間インターバルなどの継続した休憩時間の確保、宿日直勤務等によりこれが困難な場合の休息の確保、労働時間短縮計画といった健康確保のための追加的措置が義務付けられています。
なお、これらの措置は、A水準であっても努力義務とされます。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説

医師の残業時間が長くなる理由

医師の労働時間が長くなる背景には、医療業界に特有の事情が関係します。働き方改革が推進される現在もなお、医師の残業問題が解決しにくい原因を把握しておくことが重要です。
医師不足による負担の集中
医師不足は、特に、地方の医療機関や特定の診療科において深刻です。
人員の足りない病院では、限られた勤務医で日々の診療や救急対応を回さなければならず、一人あたりの担当患者数や当直回数が増える結果、残業が避けられなくなります。不足する人員を補うために、非常勤医師や他院からの派遣を活用しても、その労働時間は通算され、長時間の勤務に陥ることは避けられません。
医療の特性と応召義務への対応
医師は、診療要請に、正当な事由がない限り応じなければならない「応召義務」を負います。そして、医療は人の命に関わり、症状の急変にも対応しなければならないため、定時になったからといって治療を中断するのは困難です。
さらに、病院によっては休日や深夜にも緊急手術や急患の対応が必要なことも多く、医師側でも強い使命感から労働時間を自主的に伸ばしてしまう傾向があります。
診療以外の煩雑な事務作業
医師の業務は、診療や手術などの医療行為にとどまりません。
意見書や診断書の作成、カルテの記入といった事務作業を伴います。さらに、院内の会議や委員会への参加、若手医師や研修医の指導など、多岐にわたる業務をこなさなければなりません。外来対応で日中に十分な時間が取れない場合、事務的な作業は診療時間外に行うしかなく、定時後の残業時間が増えてしまいます。
医師の過労死ラインと健康への影響

過酷な労働環境に置かれる医師にとって、長時間の残業は心身に深刻な影響を及ぼします。
2024年4月施行の「働き方改革による医師の残業時間の上限規制」とともに、医師が自分の身を守るには、過労死ラインの基準を理解しなければなりません。
一般に、発症前1ヶ月間に100時間、または、2〜6ヶ月の平均で月80時間を超える時間外労働がある場合、脳・心臓疾患と業務との因果関係が強いとみなされます。前述の通り、医師の場合、B水準やC水準の指定を受けた医療機関では年間1860時間まで残業が認められますが、これは月平均に換算すると約155時間となり、過労死ラインを大幅に上回る水準となっています。
万が一、過重労働によって健康を損ねてしまった場合には、労災認定の可否が争いとなります。自身の健康状態に異変を感じたときは、医師としての使命感だけで無理をせず、適切な休息を取り、弁護士などの専門家に相談することが重要です。
「過労死対策」の解説

医師特有の労働時間・残業時間の考え方
次に、医師特有の労働時間・残業時間の考え方を解説します。
どの時間が労働時間となるかの判断を誤ると、本来受け取るべき残業代を見逃すおそれがあります。労働基準法上の「労働時間」は、裁判例で「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されます(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日判決)。

医師の労働時間は、診療や手術などの時間に限りません。当直や宿直、自己研鑽や研修、学会、オンコール待機といった医師特有の働き方は、実態として「労働時間」に該当する可能性があり、実務上も争いになりやすいです。
宿直・当直勤務の扱い
宿直・当直について、形式的に「残業ではない」という扱いは不適切です。
あくまで労働の実態で判断すべきであり、宿直・当直中でも、定期巡回や急変時の応急処置を行った時間については労働時間となる一方、仮眠時間は労働時間にならないのが原則です。「監視又は断続的労働」(労働基準法41条3号)であれば残業代が生じないものの、次の通達の要件を満たし、労働基準監督署の許可を得る必要があります(令和元年7月1日基発0701第8号)。
- 通常の勤務時間の拘束から完全に開放された後のものであること
- 宿日直中に従事する業務は、一般の宿日直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること
- ①と②以外に、一般の宿日直の許可の際の条件を満たしていること
宿直や当直中、仮眠時間とされても、救急搬送が頻繁に発生するなど、継続的に業務に従事していた場合、労働時間として扱われ、残業代を請求できます。上記の許可が得られない場合、宿日直手当などを支払っても、残業代の支払いを免れることはできません。
「仮眠時間の残業代」の解説

自己研鑽の扱い
最新の医学知識を身に付けるには、文献調査や研究など、自己研鑽が必要です。
厚生労働省の通達(「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」)は、以下の通り、業務上の必要性、上司の指示といった基準をもとに、自己研鑽の労働時間性を認めています。
Ⅰ 一般診療における新たな知識・技能の習得のための学習
例:診療ガイドラインについての勉強、新しい治療法や新薬についての勉強、自らが術者等である手術や処置等についての予習や振り返り
【労働時間に該当する基準】
- 診療の準備行為または診療後の後処理として不可欠である。
Ⅱ 博士の学位や専門医の取得を目的とする研究や論文作成
例:院内外での勉強会や学会への参加・発表準備、臨床研究に関する診療データの整理・症例報告の作成・論文執筆、大学院の受験勉強、専門医の取得や更新に関する症例報告作成・講習会受講
【労働時間に該当する基準】
- 実施しない場合には制裁が課され、実施が余儀なくされている。
- 業務上必須である。
- 業務上必須でなくとも上司が指示して行わせている。
Ⅲ 手技を向上させるための手術の見学
例:手術・処置等の見学の機会の確保、症例経験を蓄積する目的の所定労働時間外の見学(見学の延長上で診療または診療の補助を行う場合を含む)
【労働時間に該当する基準】
- 見学中に診療を行った時間
- 見学中に診療を行うことが慣習化、常態化している場合の見学時間
したがって、自発的な勉強は労働時間に該当しませんが、新しい治療法の導入に伴い習得が必須とされる場合などは、指示がなくても労働時間となる可能性があります。
研修・学会への参加
研修、学会への参加、発表資料や論文の執筆も、業務である限り労働時間となります。「使用者の指揮命令下に置かれているか」で判断され、例えば次の時間は、労働時間となります。
- 病院から参加が義務付けられた研修
- 業務として行う症例検討や発表準備
- 勤務時間内に実施される勉強会
- 医療機関に割り当てられた論文の執筆
- 上司に指示され、院内の臨床データを研究発表する場合
形式上は「任意」でも、参加しないと不利益な扱いを受けるなど、実質的に強制参加に等しい場合、黙示の指示があったとされ、労働時間に該当します。一方、完全に任意参加の勉強会、自分のスキル向上のための学習などは、労働時間とは評価されにくい傾向があります。
「自主的なサービス残業」の解説

オンコール待機時間の扱い
オンコール(呼び出し待機)では、「待機時間」が労働時間となるかが問題とされます。
宿直や当直と比べ、オンコール待機は場所的な制約が緩く、自由度が高い傾向にあります。しかし、一定の制約があることが多く、労働時間性が肯定される場合も少なくありません。
【労働時間とされる場合】
- すぐに対応できる場所での待機が義務付けられる。
- 外出制限が強く、自由な利用は事実上不可能。
- 呼出頻度が高く、業務対応が常に想定される。
【労働時間とされない場合】
- 場所的制限がなく、自由に過ごすことができる。
- 呼出があることはごく稀である。
人命がかかる場面で緊張を強いられ、病院から一定距離での待機を命じられるなどの制約があり、違反すれば注意指導や懲戒処分などの制裁が加えられることも、労働時間性を肯定する要素となります。なお、実際に呼び出されて対応した時間は、当然ながら労働時間となります。
副業・兼業の労働時間の通算
非常勤や他院への派遣など、副業・兼業をする医師は少なくありません。
医師が複数の医療機関に勤務する場合、時間外・休日労働時間は、全ての勤務先を通算して把握しなければなりません(主たる勤務先と副業先がともにA水準なら、通算年960時間以下、一方がB・C水準なら通算年1,860時間以下に収める必要があります)。
労務管理を簡便にする方法として、あらかじめ各医療機関での労働時間の上限を設定する「管理モデル」の導入が可能です。設定した範囲を逸脱して労働させた場合、その逸脱させた使用者が法違反の責任を問われます。
医師でも残業代を請求することができる

次に、医師であっても残業代を請求できることについて解説します。
病院や医療法人などに雇用されて賃金を受け取る限り、労働基準法9条の「労働者」に該当するので、勤務医や研修医など、多くの医師は残業代を請求できます。残業代のルールは一般の労働者と変わらず、「残業代の計算方法」に従って算出します。
一方で、以下の通り、医師特有の残業代に関する注意点があります。
研修医でも残業代は請求できる?
研修医も、労働基準法9条の「労働者」に該当する場合は、残業代が支給されます。
裁判例でも、指導医の指導の下でプログラムに従い医療行為に従事する場合、病院開設者のための労務遂行の側面を有し、病院の指揮監督下でこれを行ったと評価できる限り、研修医は労働基準法上の労働者に当たると判断されました(関西医科大学事件:最高裁平成17年6月3日判決)。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説

医師は管理職(管理監督者)に該当する?
「管理職だから」という理由で残業代が支払われない医師もいます。
管理監督者(労働基準法41条2号)に該当する場合、労働時間、休憩、休日に関する規定が適用除外となる結果、時間外と休日の残業代を受け取ることはできません。ただし、医師がこれに該当するかは、「部長」「医長」といった名称ではなく、実態に基づいて判断されます。
経営上の決定に参画し、部下の採用・解雇・人事考課などの権限を有し、労働時間について裁量を有し、地位にふさわしい待遇を受けているなどの要件を満たさなければ、「名ばかり管理職」であり、残業代を支払わないことは違法となります。

医師は一般に、年収が高く設定され、看護師や事務職などの監督を行う立場にあることが多いものの、それだけで「管理監督者」となるわけではなく、経営に関与しているか、自身の労働時間に裁量があるかといった点も重要な要素である点に注意しなければなりません。
「管理職と管理監督者の違い」の解説

医師の固定残業代制(みなし残業)は有効?
一定の残業代を前もって支払う「固定残業代制(みなし残業)」である医師もいます。
しかし、この制度は、通常の賃金と残業代に相当する部分が明確に区別されていなければならず、それ以上の残業代が生じたら差額を支払う必要があります。
医師の固定残業代制の有効性は、裁判でも争いになっています。
最高裁平成29年7月7日判決(医療法人康心会事件)では、年俸1,700万円に①本給(月額86万円)、②諸手当(役付手当、職務手当及び調整手当)、③賞与(本給3ヶ月相当分)が含まれるとされ、時間外勤務規定により、「勤務日の午後9時から翌日午前8時30分の間および休日に発生する緊急業務に要した時間」「通常業務の延長とみなされる時間外業務」は時間外手当の対象外とされていました。
最高裁は、残業代に当たる部分を他の賃金と判別できず、年俸に含んで残業代を支払っているとはいえないと判断し、高待遇であるなどの理由によって残業代の支払いを認めなかった原判決を破棄し、高裁に差戻しました。
「固定残業代の計算方法」の解説

年俸制や高額年収の医師は残業代をもらえない?
年俸制の医師や、高額な年収を得ている医師でも、それだけで直ちに残業代請求が制限されるわけではありません。どれほど高額な年俸でも、通常の賃金との区別が不明確であれば、残業代として支払ったことにはなりません。年収が高いことは、前述の管理監督者性の判断における「待遇」の指標の一つとなるものの、権限や労働時間の裁量といった他の要件を満たさない限り「名ばかり管理職」であり、残業代の請求は可能です。
「年俸制の残業代」の解説

【まとめ】医師の残業代

今回は、医師の残業時間と、働き方改革における規制について解説しました。
働き方改革により、これまで猶予されてきた医師の労働時間にも明確な上限が設けられました。原則となるA水準(年960時間)に加え、地域医療や研修の必要性に応じた特例水準(年1860時間)も存在するため、自身がどの区分かを把握することが重要となります。
医師にも労働基準法が適用されるため、未払いの残業代を請求できます。ただし、働き方の特殊性から、当直や宿直、オンコール、自己研鑽、副業や兼業といった実態に応じて、どの時間が労働基準法上の「労働時間」なのかを理解しなければなりません。
医療業界の常識や院内の慣習に流されることなく、法律に基づいて、自身の労働実態を把握し、必要な証拠を確保しておくことが重要です。
- 2024年4月から医師にも残業時間の上限規制が適用された
- 原則は年960時間(A水準)、特例で年1860時間(B・C水準)が上限
- 医師の残業時間は、当直や宿直、オンコールなどの扱いに注意が必要となる
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