近年、人員削減によるコストダウンを達成しようとする会社は増えています。そのなかには、悪質なパワハラで、退職を迫ってくるブラック企業もあります。
労働者に退職をうながすことを、法律用語で「退職勧奨」といいます。ただでさえ立場の弱い労働者が、パワハラをともなう激しい退職勧奨に対抗するのは難しいこと。違法な退職強要ともなれば、一人で立ち向かうのは自殺行為です。
人目を盗んでされる退職勧奨のストレスを抱え込み、パンクしてしまう労働者もいます。退職に応じないと、更に不利益な扱いを受け、苦しむ方は跡を絶ちません。いきすぎれば、不当解雇の問題にもつながっていきます。
今回は、パワハラを伴う退職勧奨のケースと、対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 退職勧奨では、労働者の同意をとるためにパワハラが起こりやすい状況
- 退職を拒否できず、強要されているなら、違法なパワハラ
- パワハラとなる退職勧奨を受けたら、拒絶の意思を伝え、証拠を集める
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退職勧奨とは
退職勧奨とは、会社が、労働者に対して、雇用契約を自主的に解約するよう、うながす申し入れのことです。何らかの条件で、労働者側から退職するよう仕向けるケースもまた、退職勧奨に含まれます。自主的に退職してもらうわけですから、適切になされれば、解雇にはなりません。
退職勧奨の目的
会社が、退職勧奨を行う目的は、大きく分けて次の2つです。
- 人員削減によるコストダウン
- 解雇リスクの回避
解雇は、労働者に与える不利益が大きいために、ハードルが高くなっています。正当な理由なく解雇すれば、不当解雇となってしまいます。一方で、退職勧奨で、労働者が自発的に辞めてくれるなら、解雇を回避することができます。したがって、「人員削減の必要があるが、解雇はしたくない」という会社が、退職勧奨をしてくるのです。
退職勧奨に同意すれば、労働契約は解約される
労働契約は、労使のいずれからでも解約することができます。労働者側からの解約を「自主退職(辞職)」、会社側からの解約を「解雇」と呼びます。そして、労使双方の合意によって解約することもできます。このとき、会社側からはたらきかけ、雇用契約を合意によって解約しようとする申し入れが、退職勧奨というわけです。
したがって、退職勧奨に労働者が同意すれば、労使双方の合意が成立し、労働契約は解約されます。
つまり、これ以降は、労働契約関係はなくなり、労働者は退職することとなります。
退職勧奨で合意退職するとき、「退職勧奨通知書」や「退職合意書」を作成します。これらの書面にサインすることは、労働者側にとってもメリットです。
退職時の合意を書面化し、
- 退職勧奨の理由
- 退職日
- 退職金の支給額
- その他労働者にとって有利な条件
などを、証拠に残しておく必要があるからです。
「退職合意書を強要されたら違法」の解説
退職勧奨と解雇の違い
労働契約を解消する方法は、次の3つに分けられます。
- 自主退職(辞職)
労働者側からの一方的な雇用契約の解約 - 合意退職
労使双方の合意による雇用契約の解約 - 解雇
会社からの一方的な雇用契約の解約
退職勧奨に応じた退職する方法は、このうち、合意退職にあたります。したがって、解雇とは、法的性質が全く異なります。
解雇は、会社から労働者に対して、労働契約を一方的に解約するという宣言を意味します。労働者にとって不利益が大きいため、解雇権濫用法理により制限され、正当な理由を要します。そして、解雇なら、労働者の同意は不要で、会社が一方的に決定できるという違いがあります。
「退職勧奨と解雇の違い」の解説
退職勧奨で、なぜパワハラが起こるのか
以上の通り、会社が労働者を辞めさせる方法として「解雇」と「退職勧奨」の2つを解説しました。この2つの方法のうち、退職勧奨が選ばれやすいこと、そして、その際にどうしてもパワハラが起こりやすくなってしまうのには、理由があります。
解雇は、一方的に労働契約を解消し、労働者の生活をおびやかす危険がある行為。そのため、解雇から労働者の地位を守るため、法律上の制限があります。これが、いわゆる「解雇権濫用法理」であり、労働契約法16条は、次のように厳しい条件を設けて会社の解雇権を制限します。
労働契約法16条
解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
労働契約法(e-Gov法令検索)
このルールによって、会社が労働者を解雇するには、次の2つの条件を満たさなければなりません。
- 解雇する合理的な理由があること
(遅刻、無断欠勤、能力不足、勤務態度の不良など) - 解雇するに足る社会通念上の必要性があること
(再三の注意指導にかかわらず、改善の兆候が見られないことなど)
人員削減を理由とした解雇は、法律用語で「整理解雇」と呼ばれ、更に厳しい条件があります。まったくの会社の都合による解雇だからです。具体的には、「整理解雇の4要件」を満たさなければ、不当解雇となります。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避の努力
- 人選の合理性
- 解雇手続の妥当性
人員削減が理由の解雇は、会社の存続に関わるようなリストラでもない限り、まず認められません。
一方、退職勧奨ならば、労働者の同意さえあれば、労働契約を解消できます。このとき、不利益を受ける労働者が同意しているので、他には厳しい条件はありません。会社が、「解雇」より「退職勧奨」を好む理由は、この条件の緩さにほかなりません。
退職勧奨なら、しっかり同意さえとれれば、後から「不当解雇」だと責任追及されるリスクもありません。このとき、会社が「解雇」せず「退職勧奨」にこだわろうとするあまりに、同意をとるために「パワハラ」にあたるような不適切な発言、行動が起こってしまいがちなのです。
「パワハラが起こる理由」の解説
パワハラと、違法な退職勧奨との関係
退職勧奨は、会社が労働者に対して、労働契約の解消を「うながす」行為に過ぎません。そのため、労働者は拒否することができます。退職勧奨は「不要な人材だ」といわれたようで決して気持ちいいものではないですが、適切にされていれば、退職勧奨そのものは違法ではありません。
しかし、度が過ぎる退職勧奨は「パワハラ」であり、違法です。前章でも解説の通り、退職勧奨は、パワハラの起こりやすい状況にあります。
以下では、パワハラになる退職勧奨と、それが違法となる理由について解説します。
パワハラとは
パワハラとは、パワーハラスメントの略称。社内の優越的な地位を利用した嫌がらせのことです。
退職勧奨では、会社が、人事権をはじめとした権力をちらつかせてストレスを与えます。注意指導を超えて、嫌がらせ、いじめをし、精神的、肉体的苦痛を与えるのはパワハラです。
典型的なパワハラのケースには、次の例があります。
- 上司が部下に、「お前のせいで業績が伸びない」とののしる
- 「本当に使えない奴だな」、「目障り」、「給料泥棒」などの人格否定
- 理不尽な暴言を浴びせる
- 殴る・机を叩くなどの暴力を振るう
- 達成不可能なノルマを課し、達成できない部下をいびる
- 仕事を教えない、仕事を与えないなどのネグレクト
「パワハラにあたる言葉一覧」の解説
パワハラになる退職勧奨とは
ただ退職をうながすだけでなく、退職をちらつかせ、権力をたてにして退職を迫るのは、パワハラです。このような退職勧奨は、パワハラをともなうものであり、違法です。
「退職勧奨」とは、退職をうながす行為。労働者が拒否すれば、それで止みます。しかし、退職が強制されているなら、「退職強要」と呼ばれる違法行為になります。
退職強要は、労働者に対して不当に不利益を与えますから、違法行為なのが明らかです。パワハラを伴う退職勧奨の例には、次のケースがあります。
- 理由なく「今やめないと解雇だ」など、解雇をちらつかせてくる
- 「やめないなら減給する」など、不利益に扱うと脅してくる
- 退職に同意するまで、しつこく何度もはたらきかける
- 業務で負ったケガなのに、何度も呼びつけ「迷惑をかけている」と責める
- 「普通は辞表を出すべき」と、常識を押しつけてくる
- 「給料泥棒」などと罵倒する。
- 「うちの会社には合わない」と転職を勧められる
- シフトを減らしたりチームから外したりして、暗に退職を迫る
- 退職勧奨に応じないことを理由に、無理な異動、実現困難なノルマを課す
「退職勧奨の手口と対処法」の解説
不法行為や犯罪に当たる可能性もある
ここまで解説の通り、パワハラになる退職勧奨は違法で、労働者の精神と肉体に大きなダメージです。そのため、不法行為(民法709条)にあたり、これによって受けた苦痛について、会社に慰謝料を請求できます。
また、パワハラにあたる退職勧奨を継続することによって労働者の健康状態が悪化すれば、会社側が負う安全配慮義務に違反することにもなります。更に、暴力をともなう退職勧奨なら暴行罪、解雇や減給などの財産、身分上の不利益をちらつかせてくるようなケースは強要罪など、刑法上の犯罪行為になるおそれもあります。
不法行為や犯罪に当たるようなパワハラをともなう退職勧奨は、言うまでもなく違法です。
「労働基準監督署への通報」の解説
パワハラになる退職勧奨への対処法
パワハラになる退職勧奨は、違法な退職強要だとわかります。当然ながら、言うなりになってしたがう必要はなく、戦うべきと理解いただけるでしょう。
とはいえ、会社よりも弱い立場にある労働者が、一人で立ち向かうのは困難なことも。パワハラになる退職勧奨と戦うため、対処法について解説します。
はっきりと拒絶する
パワハラになるような退職勧奨は違法であり、したがう必要がありません。もとより、退職勧奨は、労働者の自由な意思をうながすもの。決して、退職を強制するものではありません。
はっきりと断らなかったり、優柔不断な態度を示したりすると、会社はつけあがります。退職強要を拒否しないなら、続けても違法ではないといえるので、以下のような理不尽な反論を許してしまいかねません。
断らなかったから、はたらきかけを続けただけ
嫌だと言ってくれれば退職勧奨しなかったのに
しつこい嫌がらせをされても、仕事を辞める気がないなら、まずは退職勧奨に応じる意思がないとはっきり伝えるのが大切なポイントです。
「退職勧奨の拒否」の解説
労働審判で争う
退職する意思がないと伝えた後も退職勧奨が続き、パワハラがエスカレートしたり、不当な異動や解雇などの実害が生じたりするケースでは、労働審判や訴訟といった裁判手続きを利用して救済を受ける必要があります。
パワハラによって受けた精神的、肉体的な苦痛について、慰謝料などの金銭賠償を請求することができます。また、不当な異動や解雇に対しては、地位確認請求をすることで元の地位の回復を請求することができます。
「労働問題の種類と解決策」の解説
「動かぬ証拠」を収集する
労働審判や裁判で確実な救済を受けるには、パワハラになる退職勧奨をされた事実を証明しなければなりません。退職勧奨、パワハラはいずれも、労働者側で立証をする責任があるからです。そのために、パワハラがあったと裏付ける「動かぬ証拠」を集めなければなりません。
退職勧奨や不利益処分を記載した書面があればとても有利です。その他にもパワハラに当たる発言を密かに録音しておけば、有力な証拠になります。
度重なる退職勧奨により、うつ病、適応障害などの精神疾患にかかったときや、暴力によって負傷してしまったときは、医師の診断書やケガの写真などがあれば、良い証拠になります。
「パワハラの証拠」の解説
安易なサインはNG
パワハラになる退職勧奨に対処するとき注意しなければならないのは、安易に「退職勧奨通知書」や「退職合意書」にサインしないことです。
「サインをした」ということは「合意があった」「任意だった」ということ。書面は、とても強力な証拠なので、労働審判や裁判で、会社側に有利な証拠として利用されてしまいます。パワハラによって受けた精神的苦痛に対して慰謝料を請求することが難しくなる上、復職はほとんど不可能になるので、退職勧奨に応じる意思がないのであれば絶対に書類にサインをしてはいけません。
「パワハラではないか?」「退職強要ではないか?」と感じたときは、会社から出された書面には、すべて署名(サイン)はしない、という強い姿勢で臨みましょう。
「退職届の撤回」の解説
早めに弁護士に相談する
パワハラになる退職勧奨を受けたら、早い段階で弁護士に相談するのがお勧めです。
エスカレートするパワハラを放置しておくと、ますます悪化します。ストレスに耐えきれずに退職勧奨に屈してしまってから後悔しても遅いことも。退職を拒否したことで、違法な異動や減給、解雇といった不利益を受ける危険もあります。
会社に悪意があると、状況が悪くなるまで我慢しても、改善は期待できません。早期に弁護士に相談し、会社と交渉してもらうのが、紛争の激化やパワハラ被害の増大を防ぐ近道です。労働問題に精通した弁護士に相談すれば、パワハラ被害や不利益について、的確なサポートを得ることができます。労働審判や裁判など、ふさわしい手続きを利用し、被害回復を図ることもできます。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
まとめ
今回はパワハラを伴う退職勧奨のケースとその対処法について解説しました。退職勧奨がパワハラになるならば、そのようなことは違法であり決して許されません。
パワハラにあたる不適切な退職勧奨の被害を、甘んじて受ける必要はまったくありません。我慢せず、戦うのがよいでしょう。退職勧奨に応じる意思がないならば、断固として退職を拒否して争ってください。
一人でパワハラに対抗するのが難しいとき、ぜひ弁護士にご相談ください。パワハラをともなう、過酷な退職勧奨から逃れるサポートをすることができます。
- 退職勧奨では、労働者の同意をとるためにパワハラが起こりやすい状況
- 退職を拒否できず、強要されているなら、違法なパワハラ
- パワハラとなる退職勧奨を受けたら、拒絶の意思を伝え、証拠を集める
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【解雇の種類】
【不当解雇されたときの対応】
【解雇理由ごとの対処法】
【不当解雇の相談】
★ 退職勧奨の労働問題まとめ
【退職勧奨・退職強要】
- 退職勧奨とは
- 退職勧奨のよくある手口
- 違法な退職勧奨を断る方法
- 退職勧奨は会社都合となる
- 退職勧奨と解雇の違い
- パワハラとなる退職強要
- 「退職しないと解雇」は違法?
- 遠回しに辞めろと言われたら
- 「明日から来なくていい」
【リストラ・希望退職】
【報復人事・左遷】