部下を持たずに「管理職」扱いされる、いわゆる「部下なし管理職」が増えています。
部下がいなくても、役割や職種、地位によっては労働基準法41条2号の「管理監督者」に該当し、残業代が受け取れないことがあります。管理監督者は、部下を「監督」する役割が多いものの、人事などの「管理」のみでも該当します。つまり、「監督」をせず「管理」のみ担当する「部下なし管理職」も、十分な処遇を保証されれば法的に「管理監督者」と評価できます。
しかし、会社から管理職扱いされても、必ずしも残業代の支払いが免除されるとは限りません。部下なし管理職は特に、管理監督者性が否定され、問題のある「名ばかり管理職」となりやすい性質があるため、権利を侵害されないよう注意しなければなりません。
今回は、部下なし管理職の実態と、残業代に関する法的な考え方について、労働問題に強い弁護士が解説します。
部下なし管理職とは
部下なし管理職とは、その名の通り、部下を持たない管理職のことで、例えば「担当部長」「担当課長」などの立場で部下を持たない人が典型です。管理職は「部下を持つ役職」のイメージが強いですが、部下がいなくても管理職扱いされるケースが増えています。
部下なし管理職の仕事内容と役割
管理職は、組織内において業務や部署の責任者としての役割を担う人のことです。部下を有し、その指導や監督を業務とすることが多いですが、部下のいない管理職もいます。「部下なし」だからといって管理職の役割が軽視されるわけではないですが、同じ「管理職」でも、部下の有無により期待される仕事や役割に違いがあります。
残業代の払われない「管理監督者」(労働基準法41条2号)は、正確には「監督若しくは管理の地位にある者」と呼びます。つまり、部下の指導や評価、業務時間の把握といった「監督」はせず、「管理」のみを職務とする人も、「管理監督者」になり得ます。部下なし管理職は、経営判断や管理業務を中心とすることが多く、経営側に近い立場にある点は、部下のいる管理職と共通です。
「管理職と管理監督者の違い」の解説
部下なし管理職が増える理由
近年、部下なし管理職が増える背景には、いくつかの理由があります。
部下なし管理職は、決して違法でも不当でもありません。しかし、悪質な企業では、管理職の肩書を与えながら部下を与えず、実質的に責任ある業務もさせないことで、やりがいを奪って退職を促したり、リストラ対象にしたりする不当なケースも見られます。
このような不当な処遇の犠牲にならないよう、勤務先が部下なし管理職を置いているなら、その理由が適切かどうか、検討しなければなりません。
業務の効率化が求められている
人件費を削減し、少数精鋭による効率的な業務遂行を目指す流れは、「部下なし管理職」が増える一因となっています。企業規模が拡大すると、ライン管理職では対応しきれない経営の意思決定をサポートするため、スタッフ管理職を配置するケースもあります。
スキルや成果が重視されるようになった
部下なし管理職は、高度なスキルを求められる専門職的なポジションが多いです。
部下を指導して組織全体の成果を上げるのではなく、個人のスキルや経験を活かして単独でも成果を出すことが期待される人が増えているため、「部下なし管理職」が重要視される傾向が強まっています。
企業の組織構造が変化した
旧来の年功序列や終身雇用の文化が崩壊し、長期的な勤続による昇進は当たり前ではなくなりました。こうした変化から、部門を統括するポジションの数は減るため、管理職のポストに就けないけれど一定の責任を有する社員に、「部下なし管理職」という処遇をする企業が増えています。
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部下なし管理職の具体例
部下なし管理職のよくある具体例を紹介します。「部下なし管理職」と一言でいっても、会社によって様々な特色があります。
専門職としての部下なし管理職
管理職ポストが不足する中、役職に就けない社員の救済として、専門職的な管理職ポジションを設けることがあります。従来の業務が「管理職にふさわしい高度な専門性ある仕事」と評価され、それに見合った肩書を付与されるケースです。このとき、担当する仕事は変わらないまま、肩書や待遇が管理職に引き上げられます。
給料の増額や手当の支給など、十分な待遇が保証され、働き方に裁量が認められるなら、労働基準法41条2号の「管理監督者」として残業代を払わないのも正しい扱いといえます。しかし、労働時間の拘束が強かったり、待遇が不十分だったりする場合、支払うべき残業代が未払いとなり、違法となるリスクもあるため注意が必要です。
外資系企業における部下なし管理職
外資系企業は、昇進できなければ退職を促される「アップ・オア・アウト」の文化があり、管理職ポストが不足することはなくても、部下なし管理職は多く存在します。
成果主義の考えの強い外資系では、部下は管理職に必須のものとは考えられていません。部下なしでも、専門的なスキルや経験で貢献できるなら、管理職としての責任と共に、相応の給与が保証されます。例えば、プロジェクトマネージャーやスペシャリストなどの役職で、チームに直接指導するのでなく、プロジェクト全体の責任者として専門的かつ戦略的な意思決定を行う人も多くいます。
ただ、外資系ほど、部下なし管理職がリストラされる傾向も顕著です。成果が重視される分、貢献が少ないと部下の有無にかかわらず「不要」と判断されます。部下がいないと地位も不安定になりやすく、評価が低いと容易に地位を奪われてしまいます。
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部下なし管理職の法的な問題点
次に、部下なし管理職が抱える法的な問題点について解説します。
部下なし管理職そのものは違法ではないものの、「部下がいないのに管理職である」という状況は、一般的な「管理職」のイメージと異なります。そのため、重い責任の割に労働法の保護が不十分となってしまうケースも多く、労使間の紛争が生じやすい状況にあります。
部下なしだと管理監督者性が認められづらい
労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(いわゆる「管理監督者」)に該当すると、残業代の支払いが免除されますが、この判断は「会社が管理職として扱うかどうか」とは、必ずしも一致しません。部下なし管理職は「管理監督者」とは認められづらく、不当に管理職扱いされて残業代が払われないトラブルが起こりやすいです。
「管理監督者」には、経営者と一体的な役割や責任が求められます。部下の指導や監督、評価といった「監督権限」は経営上の重要な権限の一つです。部下なしでも「管理権限」のみで管理監督者となることはあるものの、その場合、管理権限は非常に高いレベルである必要があります。
部下なし管理職が「管理監督者」に該当しない場合、通常の社員と同じように労働時間を把握し、残業代を払う必要があります。裁判例でも、部下なし管理職の管理監督者性を否定し、残業代請求を認めたケースがあります。
管理職待遇の部長が、役付手当11万円を受給していたものの、顧客と協力してブランド製品の開発を担当し、部下がいたのは一時期のみで、大半の期間は一人で業務を遂行していたケースで、残業代を請求した事例。
裁判所は、部下の人事権や管理権を常に掌握していたわけではなく、人事労務の決定権も有せず、むしろ専門職的な色彩の強い業務であったことなどから管理監督者性を否定し、残業代の請求権を認めた。
「残業代請求の裁判例」の解説
名ばかり管理職になりやすい
部下なし管理職は、形式的に「管理職」の肩書が与えられても、実際は通常の社員と変わらない業務に従事するケースが少なくありません。このような扱いは、いわゆる「名ばかり管理職」であり、残業代を払わないのは違法となる可能性があります。
名ばかり管理職は、残業代が支払われない一方で、労働基準法41条2号の「管理監督者」の実質がないため、違法な残業代未払いの状態となります。部下なし管理職で残業代が払われない場合に違法な扱いが疑われるなら、労働基準監督署と弁護士に速やかに相談し、未払いの残業代を請求するといった対応が必要です。
「名ばかり管理職」の解説
部下なし管理職はリストラ対象になりやすい
部下なし管理職を導入する企業ほど、業務効率や成果を重視する傾向にあります。部下なし管理職は、部下の監督をしないないため貢献度が見えづらく、ライン上のポストでもないため地位が不安定であることから、人員整理の対象となりがちです。部下なしだとしても管理職の報酬をもらっていると、「年収に見合った成果がない」と判断されやすい面もあります。
辞めてほしい社員に責任ある仕事を与えないために、一時的に部下なし管理職のポジションに留め置くという不適切なやり方をする企業もあります。
しかし、会社の勝手でリストラができるわけではありません。部下なし管理職として解雇されたり、退職勧奨されたりした場合、その違法性を確認することが重要です。部下がいないからといって不当な扱いをされる理由はなく、退職届や退職合意書を提示されたとしても、その場でサインせずに持ち帰り、不当ではないか確認してください。
「管理職のリストラ」の解説
部下なし管理職の残業代の考え方
次に、部下なし管理職の残業代の考え方を解説します。
部下なし管理職は、その働き方の実態が「管理監督者」でないときは、残業代を請求できます。残業代の時効は3年のため、気付いたタイミングですぐに行動する必要があります。
部下なし管理職に残業代の支払いが必要なケース
部下なし管理職もまた、労働者の立場に変わりありません。前述の通り、部下がいないことで、事実上、管理監督者とは認められづらい傾向にあり、部下のいる管理職に比べて名ばかり管理職になりやすく、残業代の支払いが必要となる可能性が高いといえます。
部下なし管理職が、労働基準法41条2号の「管理監督者」でないなら、残業代が発生し、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えて働けば、残業代を請求できます。部下なし管理職は、専門性の高い業務を担当していることもあり、「使用者の指揮命令下に置かれる時間」という「労働時間」の定義に該当するか、判断が困難なこともあります。会社側でも「管理監督者として残業代は不要だ」と考えていた部下なし管理職から残業代を請求されるのは想定外であり、交渉が難航して裁判に発展することも視野に入れなければなりません。
残業代請求が交渉では解決できずに裁判になる場合には、労働者側で、残業代を証明する証拠を準備する必要があります。
「残業代を取り戻す方法」「残業の証拠」の解説
部下なし管理職の残業代の計算方法
損なく残業代を回収するには、残業代の計算方法を理解しておく必要があります。計算の方法は、管理職であれ平社員であれ変わりはなく、次の計算式で算出します。
- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
部下なし管理職の残業代計算で、よく争点となるのが管理職手当の扱いです。部下の有無に関わりなく「管理職手当を基礎賃金に含めるべきか」が争いになります。管理職手当は、明確に「残業代に充当するもの」と定められていない限り、労働時間の対価として支給されていると言うことができ、基礎単価に含めて計算するのが通常です。
また、万が一、管理監督者に該当するとしても、深夜帯(午後10時から午前5時)に労働をすれば深夜手当を請求することができます。
「残業代の計算方法」の解説
部下なし管理職についてのよくある質問
最後に、部下なし管理職について、よくある質問に回答しておきます。
部下なしの課長でも管理職になる?
「課長以上は管理職」という扱いをする会社があります。部下がいなくても管理職となり得るので、部下なしの課長が管理職となることもあります。
ただし、「管理職」と「管理監督者」は別物であり、会社が管理職扱いをしても、労働基準法41条2号の「管理監督者」の要件を満たさない限り、残業代の請求権は失われません。「部下なし」かつ「課長」の場合、経営の重要な決定に関与せず、処遇も十分でないことも多いでしょう。実態として管理監督者とは評価できないなら、会社が管理職扱いをしている課長でも、残業代を請求することができます。
「課長で残業代が出ないのは違法?」の解説
管理監督者の条件に部下の有無は関係ある?
部下なし管理職も「管理監督者」に該当すると判断されることはありますが、実際には「部下の有無」は判断に大きく影響します。「管理監督者」は、労働時間の規制を超えて活動することが要請される重要な職務と責任があり、実際の勤務態様も規制になじまない者について、地位の特殊性を考慮し、労働時間や休日の規制を適用しない制度です。
管理監督者と認められるには、その職責からみて経営者と一体的な立場にあることが必要ですが、部下なしだと「監督」の権限はなく「管理」のみを職務とするため、部下がいる場合に比べて一体性が否定されやすい傾向にあります。
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説
まとめ
今回は、部下なし管理職に生じやすい労働問題について解説しました。
部下がいないとしても、その役割によっては管理職のポジションを与えられることがあります。しかし、部下なし管理職は、必ずしも労働基準法41条2号の「管理監督者」に該当するとは限りません。部下のいる管理職ですら、違法な「名ばかり管理職」となれば残業代の未払いが生じるところ、部下なし管理職だと特に、リストラ候補とされたり、社内に行き場のない人を辞めさせる口実に利用されたりするケースもあり、不当な処遇を受けることが少なくありません。
しかし、部下のいない管理職こそ、管理監督者の法的要件を満たさないケースが多く、その場合には、管理職扱いされていても残業代を請求できます。自身の労働条件をしっかりと確認し、問題のあるときは、速やかに弁護士にご相談ください。
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【残業の証拠】
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【残業代請求の方法】