役職手当は、部長手当、マネージャー手当など、地位・役職に応じて支給されます。昇進し、役職手当がもらえるのは本来喜ばしいことのはず。しかし、役職手当と引き換えに残業代が払われなくなるケースもあります。
残業代は長く働くほど、割り増して払われるのに対し、役職手当は多くても数万円……。役職手当があるからといって残業代が不当にカットされては、総額は大幅に下がります。下手すれば、昇進前よりも給料の総額が低いということにもなりかねません。
昇進前よりも手取りが下がった…
役職手当より残業代カットが痛い
「役職手当があるなら残業代はもらえない」というのは誤った考えです。結論からいえば、役職手当があっても残業代は請求できます。そもそも、役職手当と残業代には関連はなく、両方とも払ってもらうべきです。未払いを放置すれば、働きが給料に反映されず、タダ働きになってしまいます。
今回は、役職手当があっても残業代を請求すべきことを、労働問題に強い弁護士が解説します。「適正な給料でないのでは」と悩む労働者は、ぜひ参考にしてください。
- 役職手当をもらえる労働者でも、残業代は請求できるのが原則
- 役職手当のせいで残業代をもらえない例外はあるが、要件は厳しい
- 役職手当は、残業代を計算する際の基礎賃金に含めて計算する
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役職手当があっても残業代は請求できる
結論として、役職手当と残業代は、一緒にもらえる、両立するものです。したがって、役職手当が払われても、安心して残業代請求できます。役職手当と残業代は、法的に性質の異なる、全くの別物だからです。
役職手当とは、役職者に対し、その地位に応じて支給される手当です。会社によっては「役付手当」「管理職手当」と呼ぶこともあります。職位や業務上の役割によって支給される給料の一種で、役割や責任の重さに応じて決められます。
役職手当が仕事の価値で決まるのに対し、残業代は、労働時間に応じて決まります。役職手当は、会社の裁量で決められる独自の手当で、法律で義務付けられてはいません。これ対し、残業代には法律上のルールがあります。
つまり、役職手当と残業代は、全く異なった考え方で支給される、無関係の金銭です。
役職手当 | 残業代 | |
---|---|---|
支給要件 | 労使の契約によって決まる | 労働基準法によって決まる |
考え方 | 重大な責任の対価 | 労働時間の対価 |
支給目的 | 役職者のモチベーション維持 | 時間外労働の補償と抑制 |
【役職手当の例】
- (大企業の例)部長手当、課長手当、係長手当、主任手当
- (製造業の例)リーダー手当、班長手当、工場長手当、作業長手当
- (中小企業の例)店長手当、責任者手当など。
※ 特別手当、業務手当など、実態が不明でも、役職が上がって支給された場合、役職手当の性質だと考えられる。
※ 役職手当は必ずもらえるものではない。相場もなく、会社の裁量で決まるが、数万円程度が多い。
役職手当と残業代、いずれも業務の対価に変わりはありませんが、その意味合いは大きく違います。
したがって、役職手当が支給されている労働者も、残業代を請求することができます。「役職手当を払えば残業代の支払いが免除される」といった法律の規定もありません。役職手当を理由に、残業代の支払いを拒まれるならば、違法な未払いの可能性は高いでしょう。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
役職手当によって残業代なしになる例外的なケース
役職手当によっても残業代はなくならないと解説しました。しかし、例外的に、役員手当が支給される労働者のなかに、残業代を請求できない人がいます。
注意したいのは、上記2つはいずれも、正しく運用されなければ無効だという点です。会社が、これらの反論をしてきたからといって認められるとは限りません。
役職手当が固定残業代やみなし残業に当たる場合
残業代のもらえないケースの1つ目が、役職手当が固定残業代やみなし残業に当たる場合です。この場合には、役職手当は、将来に支払うべき残業代の一部を前倒しして払ったものとみなされます。
適法なら残業代は払われない
役職手当を支給する会社のなかには、手当に残業代を含む扱いとするケースがあります。役職手当を「固定残業代である」と主張するのが、ブラック企業のやり方です。
確かに、役職手当が固定残業代として適法であり、かつ、残業代が役職手当に完全に含まれるなら、追加の残業代は請求できません。このとき、名目上は役職手当でも、その実質は残業代として払われているからです。
違法な扱いでないか注意
ただ、このような役職手当の払い方は、固定残業代として違法ではないかどうかという点で、労使の争いの火種となります。固定残業代は、違法な扱いとなりやすく、その場合には残業代には充当することができないからです。
役職手当が固定残業代として適法といえるには、役職手当に残業代が含まれることを労使間で合意しており、かつ、残業代に相当する部分と通常の給料とが明確に区分され、役職手当が実際にもらえるはずの残業代に満たない場合には差額を支払う必要があります。
したがって、「役職手当に残業代が含まれる」と反論されただけであきらめてはいけません。
「固定残業代」の解説
「みなし残業」の解説
管理職の場合
残業代のもらえないケースの2つ目が、管理職の場合です。
管理監督者なら残業代は払われない
役職手当をもらう労働者のなかには、管理監督者(労働基準法41条2項)に該当する人もいます。この場合、労働基準法に従い、残業代などのルールは適用除外となります。
労働基準法41条(労働時間等に関する規定の適用除外)
この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
一 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
管理監督者は、労務管理をする側なので、時間による管理にはなじまないからです。
名ばかり管理職に注意
ただし、名ばかり管理職は違法であり、注意が必要です。管理職扱いが違法なら、「役職手当がある場合の残業代の計算方法」で解説の通り、払われている役職手当もまた、残業代の基礎賃金に含んで計算する結果、より高額な請求をすることができます。
管理監督者といえるには、相応の待遇が補償されなければなりません。役職手当があれど、残業代がない結果、給料総額はふさわしい待遇とは程遠いことも。加えて、重要な職務内容、責任と権限を有し、裁量ある働き方をしているなど、経営者との一体性があり、管理監督者として扱うのに適切な労働者でないと、残業代をなくすことはできません。たとえ役職手当が支給されても、それだけで管理監督者として残業代がなくなるわけはありません。
会社から管理職扱いされて残業代をもらえないものの、その実態は、管理監督者(労働基準法41条2項)に該当しない人は「名ばかり管理職」と呼ばれ、社会問題となっています。
「管理職と管理監督者の違い」「名ばかり管理職」の解説
役職手当がある場合の残業代の計算方法
次に、役職手当があるときの残業代の計算方法と流れ、注意点を解説します。
役職手当があるときでも、残業代の計算方法の基本は変わりません。ただし、役職手当があることによって、計算時に注意すべき点があります。違法なブラック企業が相手だと、会社の言う通りの計算が正しくないおそれもあります。
役職手当と残業代の計算方法
役職手当をもらう労働者でも残業代を請求できますが、計算を正確にする必要があります。会社にとって人件費は削減したいもので、その計算方法が正しいとは限りません。役職手当がある場合も、計算式は、一般的な残業代の計算方法に準じます。
- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
「残業代の計算方法」の解説
役職手当を基礎賃金に含む場合
基礎賃金の計算をするにあたり、役職手当を含めて計算する点に注意が必要です。
残業代の基礎賃金とは、給料のうち、労働時間に対して払われる性質のもののこと。基本給は当然に含みますが、手当についても、除外賃金に該当しない限り含まれます。除外賃金とは、次のものです(労働基準法37条5項、労働基準法施行規則21条)。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住居手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1ヶ月を越える期間ごとに支払われる賃金
これ以外の手当は全て、基礎賃金に含まれる手当です。役職手当は除外賃金に該当しませんから、基礎賃金に含んで計算するのが原則です(当然ながら、基礎賃金をできるだけ高く計算できる方が、労働者側にとって有利です)。
役職手当のある場合の残業代の計算について、具体例をもとに計算します。
【労働条件】
- 基本給:45万円
- 役職手当:5万円
- 月平均所定労働時間:160時間
1ヶ月40時間の時間外労働について、残業代の計算は次の通りです。
(45万円+5万円)/160時間×1.25×40時間=156,250円(1ヶ月あたり)
就業規則に次のように定める会社もありますが、従う必要はありません。
- 「役職手当は、残業代の計算で、基礎賃金に含めない」
- 「役職手当を残業代とし、追加の支払いはしない」
残業代の計算方法は、労働基準法に従うべきで、会社が勝手に決められはしません。
法律に違反し、労働者に不利な内容の就業規則は、違法であり、無効となります。
役職手当を基礎賃金に含まない場合
役職手当は、残業代を計算する際に基礎賃金に含むのが基本だと解説しました。
しかし、例外的に、基礎賃金に含まず計算すべき場合があります。それが、役職手当が、固定残業代として支払われているケースです。残業代の性質を有する手当は、二重払いを避けるため、基礎賃金からは除かれるからです。ただし、このときには、前章で解説の通り、役職手当に含まれた残業時間を超えて働けば、さらに追加の請求ができる点に留意しておかなければなりません。
なお、これはあくまで、役職手当による残業代の支給が有効な場合です。
残業代と通常の給料が明確に区分されていないなど、固定残業代としても違法な扱いがされているなら、その役職手当は残業代の支払いとはならず、原則通り、役職手当を基礎賃金に含めて計算し、より高額の残業代を請求できることになります。
役職手当と残業代の相殺はできない
残業代を払ってもらえていないならば、役職手当と相殺される心配はありません。役職手当はあくまで役職に応じて支払われる賃金。役職手当を残業代とする合意がなく、残業代の弁済として有効ではないからです。
ただし、役職手当を、残業代の性質を有するものとして扱った裁判例もあるので、注意を要します。
東京高裁平成21年12月25日判決は、管理監督者性を否定し、残業代請求は認めたものの、課長代理の職に応じて支給された特励手当が、実質的には割増賃金の性質を有すると評価しました。結果として、この手当は残業代の基礎賃金から控除され、割増賃金の既払い分として扱われます。
なお、役職手当と残業代を、法的な意味で相殺することはできません。相殺とは、相対立する債権を対等額で消滅させることを意味します。役職手当の請求権、残業代の請求権はいずれも労働者の権利で、対立した債権にはなり得ません。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説
役職手当をもらいつつ残業代を請求する方法と、具体的な手順
次に、役職手当をもらいつつ残業代を請求する方法と、具体的な手順を解説します。
残業代請求は、交渉、労働審判、訴訟という手順を踏むのが効果的です。また、会社から役職手当に関する反論が予想されるなら、再反論を準備しておきましょう。
手順を踏み、損せず回収するには、法的な知識を有する弁護士のサポートを受けてください。
証拠を集める
残業代を請求するには、残業したことの証拠が必要です。必要な証拠は、大きくわけると以下の3種類です。
残業代未払いの理由が役職手当にあるなら、会社の反論に合わせて、再反論の証拠も準備しましょう。手持ちの証拠が少ないからといってあきらめる必要はありません。
「残業の証拠」の解説
内容証明で請求する
違法な残業代の未払いがある場合、会社と争って権利を実現する必要があります。まずは、内容証明で、残業代の請求書を会社に送ります。内容証明なら、会社に本気度を示すとともに、送付日、送付内容を証拠化できます。
交渉がまとまるなら早期解決できます。そのため、いきなり法的手続きに進むのでなく、まずは会社と交渉するようにします。
自分1人でも交渉はできますが、証拠収集、残業代の計算など、かなりの作業負担です。会社とのやり取りにも大きなストレスを感じるでしょう。経験豊富な弁護士に代わりに交渉してもらうことで、有利に進めることができます。
「残業代の請求書の書き方」の解説
法的手続きに移行する
話し合いでまとまらない場合、労働審判や訴訟といった法的手続きに移行します。交渉が長期化するなら、裁判所を利用する方が、かえって解決が早いこともあります。
労働審判は、労働者保護のための手続きで、訴訟よりも簡易、迅速な解決が望めます。話し合いを重視し、柔軟な解決が可能なのも、労働審判による残業代請求のメリットです。それでも、解決に至らないときは、訴訟に移ります。
弁護士なら、労働審判から訴訟に至るまで、継続したサポートが可能です。
「労働者が裁判で勝つ方法」の解説
役職手当があっても残業代請求を認めた裁判例
最後に、役職手当をもらう労働者の残業代請求を認めた裁判例について解説します。
役職手当があって残業代が出ないケースは、しばしば裁判でも争われます。労働問題を争う裁判では、残業代請求に対して、会社から「管理監督者である」「役職手当に含まれている」といった反論が出されて争点となる例も少なくありませんが、あきらめてはいけません。
東京高裁平成30年11月22日判決(コナミスポーツクラブ事件)
コナミスポーツクラブの支店長の残業代請求に関する事案です。会社は、月5万円の支店長手当を払っており、管理監督者に該当するとして争いました。
本事案における支店長は、非管理職と比べ、本給部分の差はわずかであり、残業代を含めると、非管理職の給料を下回る可能性がありました。さらに支店長には、恒常的な残業を余儀なくされた実態も認められ、役職手当のみの支給では、残業代が支給されない点を補うほどの待遇とは評価できませんでした。
第一審(東京地裁平成29年10月6日判決)は、以上の点を考慮し、管理監督者としてふさわしい待遇とは言い難いと判断し、会社に対し、約400万円の支払いを命じ、会社からの控訴も棄却されました。
岐阜地裁平成27年10月22日判決(穂波事件)
フードコートの飲食店の店長が、会社に残業代を請求した事案です。本事案では、毎月10万円の支給額で、83時間の残業に相当すると定められた「管理職手当」が、固定残業代として有効かどうかが、争点の1つとなりました。
裁判所は、残業時間の上限(月45時間)の2倍に近いほど長時間に相当する固定残業代について「相当な長時間労働を強いる根拠となるものであって、公序良俗に違反するといわざるを得」ないとして無効と判断。
会社に対し、約500万円の支払いを命じました。
(参考:飲食店の残業代)
東京地裁平成20年1月28日判決(日本マクドナルド事件)
マクドナルドの店長の管理監督者性が争われ、名ばかり管理職の違法性について判断した有名な裁判例。
その権限と責任に照らして事業全体を経営者と一体的に遂行する立場にはなく、 長時間労働を強いられ労働時間を自由に決定できなかったこと、待遇が管理監督者には不十分であったことなどから管理監督者性を否定し、残業代の支払いを命じた。
福岡地裁平成19年4月26日判決(姪浜タクシー事件)
タクシー会社の営業部次長が残業代を請求した事案。裁判所は、多数の乗務員を指導監督する立場にあり、労働基準法41条2号にいう管理監督者に該当すると判断し、深夜割増賃金の支払義務はあるとして請求を一部認容した。
なお、残業代以外に退職金も請求した部分については、被告による退職金規程の変更は著しい退職金額の差異を生ずるもので、著しく不合理であるとし、変更前の退職金規程に従った退職金の請求を認容した。
まとめ
今回は、役職手当をもらえる場合の、残業代の考え方について解説しました。
会社の言い分はどうあれ、労働者としての正当な権利は守るべきです。役職手当は残業代とは無関係で、役職手当があるとしても残業代を払わない理由にはなりません。ただし、役職手当があると、会社の反論を踏まえ、残業代の計算方法に特別な配慮を要します。役職手当を、残業代の基礎賃金に含めて計算するなど、例外的な扱いとなる場合もあります。
役職手当がもらえていても、残業代請求をあきらめるべきではありません。不当な給料支払いにお困りの労働者は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。
- 役職手当をもらえる労働者でも、残業代は請求できるのが原則
- 役職手当のせいで残業代をもらえない例外はあるが、要件は厳しい
- 役職手当は、残業代を計算する際の基礎賃金に含めて計算する
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