労災に遭って退職する場合、給付の打ち切りを懸念する方からの相談があります。
労災保険は、業務中や通勤中のケガや病気に対して支給される公的な補償であり、退職した後でも給付を受けられるのが原則です。在職中の事由に基づく限り、保険給付(休業補償給付など)を退職後も継続して受給でき、また退職後に初めて請求を行うことも可能です。
事業主(会社)は、退職者の労災申請にも協力する義務がありますが、治療中や申請中に退職した場合、会社が非協力的になるなど、トラブルに発展するケースもあります。
今回は、労災保険給付を退職後でも受け取れること、その申請方法、治療中や申請中に退職する際の注意点について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 在職中の業務災害・通勤災害であれば、労災保険給付は退職後も受給できる
- 治療中の退職でも継続受給でき、申請中の退職でも労災認定を受けられる
- 会社には労災申請協力義務があり、退職後も協力する必要がある
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
労災保険給付は退職後でも受け取れる?

はじめに、退職後に労災保険給付を受け取れるかという点について解説します。
結論として、退職しても労災保険給付は受給することができ、在職中に給付を受けていた場合には、そのまま支給され続けます。
退職しても労災保険給付は継続される
労災保険給付は、退職した後でも受け取ることができます。
在職中の事由に基づく保険給付であれば、退職後も受け取ることができます。労働者災害補償保険法12条の5第1項にも、「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によつて変更されることはない」と定められ、保険給付を受ける権利が退職によって変更されないことが明記されています。
そもそも労災保険は、業務中や通勤中のケガ・病気について労働者を保護するための制度です。そのため、在職中に発生した業務災害や通勤災害に基づくものであれば、退職後であっても引き続き労災保険の給付を受けることができます。
これは、療養(補償)給付、休業(補償)給付、障害(補償)給付、傷病(補償)年金、遺族(補償)給付など、いずれの給付にも当てはまります。
労災の療養中でも自主退職できる
労災の療養中でも、自主退職すること自体は労働者の自由です。
労働基準法19条は、労災(業務災害)の療養による休業中とその後30日間の解雇を制限しています。これは、業務に起因する災害に遭った労働者を解雇から保護する目的であるため、労働者から一方的に退職する「自主退職(辞職)」を制限するものではありません。
労働者の自由なので、退職勧奨を受けても、必ず退職しなければならないわけではありません。ただ、すぐに復帰するのが難しく、ゆっくり静養したいと望む方もいます。なお、自主退職のほか、合意退職や定年退職でも、「退職しても労災保険給付は継続される」という点は変わりません。
「退職届の書き方と出し方」の解説

失業保険の延長手続きを行う
労災によって退職する場合、離職票上の離職理由を確認することが大切です。
業務に起因して病気やケガになったケースでは、離職直前6ヶ月の間に3ヶ月連続して月45時間を超える時間外労働があった場合、上司からのセクハラやパワハラがあった場合などは「特定受給資格者」として会社都合退職の扱いを受けられます。また、心身の障害、疾病、負傷などによる離職など、正当な理由のある自己都合退職の場合は「特定理由離職者」となります。
これらの場合、給付制限期間なく失業保険を受給できるといった有利な待遇を受けられます。なお、療養中は失業保険を受給できないため、受給期間の延長手続きを行うことで、本来1年である受給期間を4年に延長でき、体調が回復してから受け取れるようにしておけます。
「自己都合と会社都合の違い」の解説

退職後に労災申請はできる?

次に、退職後でも労災申請が可能かという点について解説します。
「退職しても労災保険給付は継続される」と解説しましたが、これに対して、退職後になってはじめて労災を申請するケースもあります。この場合でも、退職後の申請も問題なく可能です。
退職後でも労災申請は可能
労災申請は、退職後でも行うことが可能です。
例えば、在職中は軽症だと思っていたものの、退職後に重症化し、はじめて労災申請するケースがあります。また、在職中は会社の誤った説明により健康保険を使用していたが、退職後になって労災申請が可能なことに気付くケースもあります。これらの場合も、原因となった業務災害や通勤災害が在職中に発生していれば、退職後に労災申請し、認定を受けることができます。
長時間労働やハラスメントによってうつ病や適応障害といった精神疾患を発症したケースでは、健康状態が悪化しており、在職中には申請手続きが難しいこともあります。
退職後は会社との連絡が取りづらくなるケースもあるため、退職前から資料を確保しておくことが重要です。
「労災について弁護士に相談すべき理由」の解説

会社が協力しない場合でも申請できる
会社が労災申請に協力しない場合でも、労災申請は可能です。
このことは在職中でも当てはまりますが、退職後に初めて申請するケースでは特に、会社が労災であることを否定し、申請書への証明を拒否してくることが少なくありません。次のような対応で、退職後の労災申請を妨げようとする会社について、相談を受けることがあります。
- 「過去の労災の証拠はない」と言われる。
- 労災を認めず、申請書への証明を拒否される。
- 労災ではなく健康保険を使うよう指示される。
- 「退職後の手続きには対応しない」と言われる。
しかし、会社には、労災申請に協力し、必要な証明を行う義務があります(労災保険法施行規則23条)。そして、この義務は、労働者が退職した後であっても免除されません。たとえ事業主がパワハラの事実などを否定している場合であっても、労災の手続きには協力すべきとされます。
そもそも労災の請求に会社の同意は不要であり、会社が証明を拒否した場合でも、労働者は労働基準監督署へ直接申請することができます。この場合、申請書の事業主証明欄は空欄で提出することができ、労働基準監督署が会社へ証明拒否理由書の提出を求めることとなります。
もっとも、会社が非協力的なケースでは、労災であることを証明するために証拠が重要となります。そのため、できる限り退職前に、入手できる証拠を集める必要があります。
「労災申請を会社が拒否する場合」の解説

退職後の労災申請では時効に注意する

退職後に労災保険給付を請求する場合、時効に注意しなければなりません。
退職後の労災申請は可能ですが、時効期間が経過していると、保険給付を受ける権利は消滅し、請求できなくなってしまいます。時効の期間は、給付の種類ごとに次の通りです。
| 給付の種類 | 起算点 | 期間 |
|---|---|---|
| 療養(補償)給付 | 費用支出が確定した日の翌日 | 2年 |
| 休業(補償)給付 | 賃金を受けない日の翌日 | |
| 葬祭料(葬祭給付) | 死亡した日の翌日 | |
| 介護(補償)給付 | 介護を受けた月の翌月1日 | |
| 二次健康診断等給付 | 一次健康診断の結果を知ることができる日 | |
| 障害(補償)給付 | 症状固定日の翌日 | 5年 |
| 遺族(補償)給付 | 死亡した日の翌日 | |
| 傷病(補償)年金 | - | - |
なお、会社は労働者の健康と安全に配慮する義務を負い、この安全配慮義務違反の場合には損害賠償を請求できます。これは、労働契約上の債務不履行を意味しており、「債権者がその権利を行使することができることを知った時から5年」または「権利を行使することができる時から10年(生命・身体の侵害は20年)」という時効期間が適用されます(民法166条)。

「労災の慰謝料の相場」「労災はあとから申請可能?」の解説


退職後の労災について注意を要するケース

最後に、退職後の労災について注意を要するケースを解説します。適切な補償を受けるためにも、問題になりやすい事例ごとの対応を理解しておいてください。
労災の治療中に退職する場合
前述の通り、退職によって保険給付を受ける権利が変更されることはありません。
そのため、業務災害や通勤災害による病気・ケガについて治療中に退職する場合でも、その間に受給していた給付が打ち切られることはありません。ただし、療養のために労働できず、賃金を受けていない状態であるという要件は満たし続けることが必要です。
治療を継続している限り、療養(補償)給付を受給し続けることが可能です。また、労務不能であり、賃金を支給されていなければ、休業補償給付も継続されます。
なお、休業(補償)給付の金額は、給付基礎日額の80%が基準とされ、この金額は退職前と後で変わることはなく、退職しても減額されません。
労災の申請中に退職する場合
労災保険給付の請求手続き中に退職した場合でも、受給権は保護されます。
退職しても、申請手続きは続行でき、退職を理由に不支給決定とはなりません。ただし、退職後は資料開示を拒否されたり、申請手続きへの協力を拒まれたりといったトラブルが発生しやすいため、勤怠の記録やメール、診断書など、必要な証拠は退職前に確保すべきです。
転職後に傷病が再発した場合の給付
傷病が治癒した後に症状が悪化した場合でも、労災保険給付を受けられる場合があります。
症状が安定し、これ以上治療しても改善されない状態のことを「症状固定」と言い、その後に再び療養を要する状態になり、当初の傷病との間に相当因果関係が認められる場合、「再発」とされます。この場合、当初の業務災害と連続して、労災保険給付を受給することができます。
転職先においても通常の請求と同じく、請求書を労働基準監督署に提出しますが、再発かどうか(当初の傷病と相当因果関係があるか)は慎重に調査されます。
「うつ病は転職で不利?」の解説

退職後に後遺症が判明した場合
労災で長期間療養が必要なケースでは、退職後になって後遺症が発覚することがあります。
退職後であっても、後遺症が残った場合には障害(補償)給付の請求が可能です。障害(補償)給付は、障害等級(1級〜14級)に該当する場合に、年金または一時金で支給されます。症状が固定した日の翌日から5年の時効があるため、期限内に請求する必要があります。
また、会社との間で慰謝料や損害賠償について和解していても、後遺症の発覚によって新たな損害が生じれば、改めて請求が可能です。
「退職後にやること」の解説

【まとめ】退職後の労災について

今回は、退職後でも労災保険給付が受け取れることと、その注意点を解説しました。
労災保険給付は、退職しても受けられなくなるわけではありません。業務中や通勤中のケガ・病気であれば、退職後であっても療養補償給付や休業補償給付などを受け取れます。在職中から支給を継続する場合だけでなく、退職前に労災申請をしていなくても、退職後に申請することが可能です。
ただし、退職後は会社との連絡が取りづらくなったり、必要な証拠が入手できなくなったり、最悪の場合は、退職したことを理由に協力を断られたりするトラブルも起こり得ます。特に、申請中や治療中に退職する場合の休業(補償)給付の扱いをめぐる争いは少なくありません。
会社が労災申請に協力しない場合や、退職後の補償について不安がある場合は、早い段階で弁護士に相談しておいてください。
- 在職中の業務災害・通勤災害であれば、労災保険給付は退職後も受給できる
- 治療中の退職でも継続受給でき、申請中の退職でも労災認定を受けられる
- 会社には労災申請協力義務があり、退職後も協力する必要がある
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/



