一定時間の残業代をあらかじめ支払う「固定残業代」は、多くの企業で導入されました。しかし、固定残業時間を超えて残業すれば、超過分の残業代は必要なのに、制度の悪用が続き「それ以上の残業代は不要」という誤解が蔓延していました。固定残業代は、未払い残業代トラブルを加速させており、裁判所も厳しい態度を示しています。
平成29年(2017年)7月7日に下された最高裁判決は、その転機となり、この最高裁判決を受け、固定残業代に関して、厚生労働省が重要な通達を発出しました(正式名称:「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について」)。
今回は、固定残業代についての理解が進むものと期待される、この通達のポイントについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
固定残業代についての厚生労働省の通達の概要
今回解説する、2017年7月に発出された通達は、ごく簡単なものではありますが、非常に重要な内容を含んでいます。これまでも裁判で再三問題とされてきた「固定残業代」の問題点について指摘するもので、違法な固定残業代の制度に対する注意喚起となっています。
固定残業代は、それ自体が違法なわけではありません。労働基準法を理解し、裁判例に沿って正しく運用すれば、まったく問題ない制度であり、企業にとっても労働者にとっても、メリットがあります。しかし、ブラック企業のなかには固定残業代を悪用する会社があります。「固定残業代なので、いくら残業しても残業代は不要」という間違った解釈がその典型例です。
固定残業代を理由として残業代を支払わず、違法なサービス残業を強要する会社が多くありました。そのため、制度の運用に注意が必要ということで、厚生労働省から2017年7月に出された通達が、「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について」です。
以下では、この通達について、前文、「1」「2」「3」に分けて解説します。
「固定残業代の基本」の解説
残業代を固定払いすること自体は適法(「前文」)
まず、2017年7月に発出された通達の「前文」を引用します。
前文
平成29年7月31日付け基発0731第27号「時間外労働等に対する割増賃金の解釈について」が発出され、平成29年7月7日付けの最高裁判所第二小法廷判決を踏まえて、名称によらず、一定時間分までの時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金として定額で支払われる賃金についての解釈が示された。
これ自体は直ちに労働基準法に違反するものではないが、不適切な運用により、労働基準法上の時間外労働等の割増賃金の支払義務等に違反する事例も発生していることから、時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのために留意すべき事項を下記に示すため、監督指導等の実施にあたっては遺憾なきを期されたい。
「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について」(厚生労働省)
ここで記載されていることは、冒頭の通り、割増賃金の支払い自体、労働基準法にしたがって適切に行えば何ら問題のないことなのに、固定残業代について不適切な運用が増えているため通達を出す、という通達の「目的」が示されています。
「不適切な運用」とは、平成29年7月7日付の最高裁判決が例に挙げられている通り、残業代の固定払い制度のうち、労働基準法にしたがった計算どおりの残業代(割増賃金)を支払わない例のことをいいます。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
最高裁判決(平成29年7月7日)の概要(「1」)
前文に続いて、次に、通達の「1」は、平成29年7月7日に下された最高裁判決の概要を列挙します。
平成29年7月7日に下された最高裁判決は、固定残業代制度を導入していた会社で働いていた労働者が、時間外割増賃金と深夜労働割増賃金(残業代)を請求した事件です。この中で、「残業代を年俸の中に含める」という内容の合意があったと会社が主張し、残業代が、年俸に含まれて既に支払済みであるかどうかが争点となりました。
最高裁判決では、類似の判例を引用し、年俸のうちの残業代として支払われた金額を確定することができず、その他の部分と区別できないことを理由にして、残業代が支払われたとはいえないと判断しました。従前の裁判例でも同じく、固定残業代が有効となる要件として「固定残業代の明確区分性」「超過分の支払い義務」が必要とされていました(最高裁平成6年6月13日判決、最高裁平成24年3月8日判決、最高裁平成29年2月28日判決など)。
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説
固定残業代、固定残業手当の注意点(「2」)
次に、通達「2」は、残業代の一部を、基本給や手当として支払う場合の、会社側の注意点を記載しています。
残業代は、長時間労働を抑制するための制度です。なので、固定残業代、固定残業手当などの制度が悪用されると困ってしまいます。未払い残業代が増え、ひいては違法な長時間労働につながることを抑止するのが主な目的となります。
- 固定残業代
残業代のうち一定額を、基本給の一部に含んで支払う制度 - 固定残業手当
残業代のうち一定額を、手当として支払う制度
固定残業代、固定残業手当の注意点は次の通りです。平成29年7月31日付通達に記載されているポイントは2つです。
(1)基本賃金等の金額が労働者に明示されていることを前提に、例えぱ、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金に当たる部分について、相当する時間外労働等の時間数又は金額を書面等で明示するなどして、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを明確に区別できるようにしているか確認すること。
「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について」(厚生労働省)
固定残業代、固定残業手当が、裁判所でも「有効な残業代支払」と評価されるためには、残業代として支払われている部分が明確に区別されていなければなりません。「明確に区別されている。」といえるには、労働者から見て、わかりやすく明示されていなければなりません。区別はされていても労働者から見てわかりづらいのでは意味がないからです。明確に区別されていないと、未払い残業代が生じても、労働者が残業代請求することは事実上困難となってしまいます。
(2)割増賃金に当たる部分の金額が、実際の時間外労働等の時間に応じた割増賃金の額を下回る場合には、その差額を追加して所定の賃金支払日に支払わなければならない。そのため、使用者が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日付け基発0120第3号)を遵守し、労働時間を適正に把握しているか確認すること。
「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について」(厚生労働省)
固定残業代、固定残業手当の制度によって、残業代として支払われた金額を超える場合、その差額を支払わなければならないわけですが、その前提として、残業時間を把握しておくことが必須となります。固定残業代の制度が導入されたのを理由に、労働時間の把握を全く行わずに放置する会社に勤務している労働者は、残業代請求を検討する場合には、証拠収集が重要となります。
「残業の証拠」の解説
適切な対応とは?(「3」)
以上の通達の解説を踏まえ、固定残業代、固定残業手当の制度を導入している会社に対して、行政が行うべき適切な対応が、通達の最後(「2」)に記載されています。その対応とは、次の2つです。
(1)窓口での相談や集団指導等のあらゆる機会を捉えて、上記2で確認すべきとした内容について積極的に周知すること。併せて、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」の内容についてもリーフレット等に基づき説明し、周知すること。
(2)監督指導を実施した事業場に対しては、時間外労働等に対する割増賃金を基本給や諸手当にあらかじめ含めて支払っているか否かを確実に確認し、上記2に関する問題が認められた場合には、是正勧告を行うなど必要な指導を徹底すること。
「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について」(厚生労働省)
ここまでに解説した、固定残業代制度を有効なものにするための2つの要件、すなわち「明確区別性」と「超過分の支払い義務」について、労働者に、より広く啓発し、指導を徹底することが書かれています。
本解説をお読みになっていただければ、労働者(あなた)の会社で導入されている残業代固定払いの制度が、有効なものであるのか、それとも違法無効なものであるのかは、判断できるのではないでしょうか。
「残業代を取り戻す方法」の解説
まとめ
今回は、固定残業代の通達について解説しました。平成29年(2017年)7月31日に厚生労働省の出した通達は、とても重要性の高いため、よく理解して、残業代で損しないようにしましょう。
労働基準法に従い、適切な残業代を受け取るには、固定残業代の理解は不可欠です。本解説の通達に引用される「労働時間を適正に把握するためのガイドライン」も重要です。
固定残業代のある会社に勤務する方は、その制度の有効性を検討してください。制度そのものが無効ならば、残業代が未払いになっています。通達に法的拘束力はないが、裁判例を参考にしているので、今後もこの方向で進むと予想されます。
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