「養育費」とは、離婚をするときに、親権をもたない親が、親権をもっている元配偶者に対して、子育てにかかる費用の負担として、支払っていく費用のことをいいます。
離婚をして、お子さんがいらっしゃるときには、離婚後の養育費についてあらかじめ合意をして、離婚した後も養育費を支払い続けているという労働者の方も多いことでしょう。
そして、離婚をするとき、養育費を決定するときの判断基準として、働いている会社からもらえる給料(賃金)が、重要な考慮要素となります。
しかし、雇用関係は、ずっと継続することができるとは限らず、自主的に退職する場合があることはもちろん、会社の一方的な都合で「不当解雇」され、収入が激減してしまうケースも少なくありません。
今回は、離婚後に会社から解雇されてしまい、離婚時よりも給与が激減した場合に、養育費の変更(増額・減額)を求めることができるのかについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
目次
1. 養育費を変更するための基礎知識
離婚をするときに、夫婦の間に子供がいる場合には、「親権者」を定めなければ離婚をすることができません。
そして、子供が健康に育つためにも、親権をもたなかった配偶者から払われる「養育費」は非常に重要です。そこで、本解説のテーマである「解雇と養育費」の解説に移る前に、まずは「養育費」の基礎知識について、弁護士が解説します。
1.1. なぜ養育費が必要?
離婚をするときには、どちらが子供を育てるかを決める必要があります。これを「親権・監護権」の問題といいます。
離婚をすると、夫婦間では相手方を扶助する義務、すなわち「扶養義務」がなくなるのですが、これに対して、子供を育てない(親権をもたない)配偶者であっても、親でなくなるわけではありません。
そのため、離婚をしたときに親権を持たなかった配偶者であっても、子供を扶養する義務は引続き継続しており、これを実現するのが、養育費の支払いなのです。
具体的には、夫婦が婚姻関係を続け、お互いに助け合って子育てをした場合に比べて、子供の生活が苦しくならないよう、収入の高い方が、収入の低い方に対して、一定額の養育費を支払うのが通例です。
1.2. 養育費の変更(増額・減額)が必要なケース
「養育費」は、一般的に、夫婦間の話し合い、もしくは、調停・審判で決まりますが、この際に参考とされるのが、家庭裁判所で活用されている「養育費算定表」であり、この算定表で特に考慮要素とされているのが、夫婦双方の「収入」です。
そのため、次のような具体例の通り、元夫婦の片方に、収入の大幅な変更があった場合、養育費の支払いを継続することが事実上困難な場合があります。この際、労働問題が関係することがあります。
- 夫(養育費支払者)が、リストラを口実とする「不当解雇」で、収入を失ってしまった。
- 夫(養育費支払者)が、違法な長時間労働によって精神疾患となり、働くことができなくなってしまった。
※ 逆に、離婚時には専業主婦であった妻(養育費受領者)が、仕事を始めたことによって、収入が大幅に増加することもあります。
1.3. 「前年度の収入」が基準
養育費を定めるにあたって話し合いが成立しない場合には、家庭裁判所の判断は「養育費算定表」によることとなると解説しました。
この「養育費算定表」を読み取る際に、その「収入」とは、「前年度の年収」のことを意味するものとされていることに、注意が必要です。
つまり、今年の収入の増額、減額が予想できる場合であっても、それがかなりの程度確実なものでない限り、裁判所では考慮されずに養育費が決まる可能性があるということです。
- 今年は仕事が暇になるため、残業代が少なくなるため年収が減額する予定である。
- 去年会社への貢献が高く評価されていることから、今年は出世して給与が上がる予定である。
- 不景気で会社の業績が低迷しているため、賞与(ボーナス)が出ない可能性がある。
年収の増減額が考慮されず、この原則のとおり「前年度の年収」を基準として養育費を決定する場合には、前年度の源泉徴収票が、重要な証拠となります。
2. 養育費の変更が認められる条件は?
養育費は収入を基準として決められるものの、「会社の事情」、「雇用関係の不安定さ」など、収入の高い側の事情は、なかなか考慮されづらいことをご理解いただけたのではないでしょうか。
しかし、年収が増減する場合などに養育費の変更が認められないわけではなく、実際、民法にも次のとおり、「事情の変更」によって養育費の変更(増額・減額)が可能であることが定められています。
民法880条(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。
この事情の変更には、元配偶者の結婚、養子縁組による新たな扶養者の出現、子供の病気、進学などの重要な「事情の変更」とともに、元配偶者の収入の増加、減少が当てはまるものと考えられています。
ただし、「事情の変更」は、継続的につづくものである必要があるとされており、一時的な変化であれば、養育費の変更(増額・減額)までは認められない可能性が高いといえます。
そのため、一時的な転職、失業による収入の低下は、養育費の金額には影響しないと、家庭裁判所では判断される可能性があります。
3. 解雇された夫のケース
「事情の変更」による養育費の変更のケースの1つ目として、仕事を解雇された(クビになった)というケースでの、夫側(養育費支払者)による養育費の減額請求ができるのかどうかについて、解説します。
例えば、部長まで出世したことによって1000万円の年収を得ていた元夫が、突然の不景気によるリストラで職を失い、同程度の高額の年収をもらえる仕事を探すことが難しそうだ、というケースを想定してみてください。
3.1. 「解雇」を理由に養育費の減額請求できる?
まず、通常は会社による解雇によって労働者の収入が減るとしても、それは「一時的」なものに過ぎないと考えられます。
というのも、健康体である限り、たとえ「不当解雇」であったとしても、転職、再就職をして、再度給与を得ることができるからです。
そのため、リストラ、解雇などによって失業状態となり、一時的に年収が低下したとしても、「事情変更」による養育費の減額は、少なくとも家庭裁判所では認められづらい傾向にあります。
3.2. 失業保険がもらえる
会社から解雇された場合であっても、雇用保険法における要件を満たす場合には、失業手当を受給することができます。
この場合には、全額とはいかないまでも、失業状態となったあとも、勤務していたときの年収の一部について保証されることになりますから、「事情の変更」による養育費の減額を請求しなくても、再就職するまでの間、養育費を支払い続けることができます。
3.3. 懲戒解雇の場合は?
業務上横領罪、強制わいせつ罪など、刑事事件になるほどの問題行為を行ってしまった労働者は、会社から懲戒解雇という厳しい処分を下されることがあります。
懲戒解雇は、会社が労働者に下す制裁(ペナルティ)の中でも、もっとも重い懲戒処分であって、一般的に、退職金が支払われなかったり、失業保険がもらえなかったりといった不都合があります。
そのため、養育費の支払者(夫など)が、会社で懲戒解雇となってしまい、再就職が困難な場合には、事情の変更による養育費の減額請求を検討すべきケースもあります。
4. 夫が失業した妻のケース
次は、さきほどの解説とは逆に、養育費の受取側(妻など)の立場に立って、「不当解雇」によって年収が減ってしまった場合の対応策について、弁護士が解説していきます。
例えば、夫が十分な年収があったため、離婚時に、養育費を「月8万円」と定めたものの、その後に夫が解雇されたことから、養育費の支払いが遅延し、ついに支払がストップしてしまった、というケースを想定してみてください。
4.1. 解雇されたら養育費を請求できない?
養育費の支払者(夫など)が、離婚後に解雇、リストラなどによって職を失ってしまい、収入が減少した場合には、はたして養育費を請求することができないのかというと、そうではありません。
さきほどの解説でも述べたとおり、「年収なし」であったとしても、働くことができる年齢、健康状態である限り、養育費がなくなることはないからです。
したがって、妻側としても、夫側の失業が、会社による理不尽な「不当解雇」による、一時的なものである場合には、養育費の減額請求がされたとしても、ただちに応じる必要はないといえます。
4.2. 養育費が支払われないときの対応
養育費の支払者(夫など)が、解雇されて収入を失ったとしても、ただちに養育費の減額に応じる必要はないと解説しました。
しかし現実的には、解雇をされて生活に苦しんでいたり、残業代が払われずにお金がなくなってしまったりと、労働問題のトラブルが、養育費の未払いにつながることが多々あります。
養育費が未払いとなってしまったとき、「給与の差押え」という手段が、非常に強い効果をもつとされていますが、会社を解雇されてしまったというケースでは、給与を差し押さえることができません。
このとき、養育費の受領者(妻など)の側で大切なのは、相手の苦しい状況を理解し、現実的な解決を提案することでしょう。
例えば、不当解雇、残業代未払い、労災事故などの労働問題によって養育費が滞ってしまうケースの解決策として、「再就職、転職をするまで」という条件付きで養育費の減額を合意する、という方法があります。
不当解雇という不幸な目にあってしまった養育費支払者としても、転職をするまで養育費を待ってもらえるという思いやりを感じ、養育費の支払いが再開する可能性があるからです。
5. 離婚後も妻が働かないケース
結婚をしていたときには「専業主婦」であったとしても、家事の必要がなくなったり、子供が大きくなって育児の必要がなくなったりすれば、労働することも可能なケースが多いといえます。
離婚後も妻がずっと働かない場合、自分だけ労働して、養育費を支払い続けることに納得のいかないという労働者の方もいるのではないでしょうか。
このような場合、まず、妻が少しでも収入を得ている場合には、これを基準に判断することもできます。
更には、収入が低すぎる場合や、専業主婦を続けて無収入の場合であっても、健康体である場合には、アルバイト程度の年収を基礎として養育費を算出したり、変更(増額・減額)したりできるケースもあります。
6. 出世したら養育費の増額を請求できる?
離婚後に、配偶者の片方が、出世をしたり、転職に成功したり、独立して事業に成功したりと、年収が大幅に増額することもあります。
このような雇用関係の変化によっても、他方の配偶者は、養育費の増額を請求したいと考えるケースも少なくないことでしょう。
出世や転職による年収の増額の場合には、一時的なものではなく、この先も続く可能性が比較的高いものと考えられますから、雇用関係の変化を知った場合には、養育費の増額請求をすることを検討してよいでしょう。
更には、年収の大幅アップに成功したというケースでは、就職先の会社(職場)を知っていれば、給与の差押えが検討できます。
7. まとめ
今回は、「労働」と「離婚」という、人生に大きく関わる2つのイベントがまじわる、「解雇と養育費」をテーマに、弁護士が解説しました。
養育費をもらう側であっても、養育費を支払う側であっても、雇用関係がずっと同じ状態で継続することのほうがむしろ少ないわけですから、事情の変更があった場合の養育費の変更(増額・減額)について、よく理解しておく必要があります。